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乳がん手術直前、発熱した娘の手を握って思ったこと♯143

いよいよ乳がんの手術まであと4日。
なんと、昨日から5歳の娘が発熱。
「のどが痛い」「頭が痛い」と言うので熱をはかると、38度の熱だった。

がんがわかり、努めて冷静に日々を送っていたつもりであったが、ある日、胸に痛みが襲い、恐怖心で、涙が止まらない夜があった。
その時、娘がずっと手を握り、背中をさすりながら「大丈夫だよ」と言い続けてくれる日があった。
その姿が、今まで娘の発熱のたびに、看病してきた私の姿そのものだった。きっと、娘も安心感を覚えていてくれたのだろう。だから同じことを私にやってくれたのだと思う。
そうと思うと、いつもよりも思いを込めて、娘の手を握り、背中をさすり、「大丈夫、治るからね」と娘が寝付くまでずっと言い聞かせた。

その隣では、パパに叱られた息子がしょんぼりしながら、ベッドに横たわっていた。
「入院中、○○(息子の名前)の話は、いつものように聞いてあげられないかもしれないけど、ちゃんとママは帰ってくるから。でも、いつまでもママがいるかわからないんだから、○○は、ちゃんとこれから、自分の居場所を自分でつくっていくんだよ。」と伝えた。

この2カ月半、「死」というものを自分のなかで受け入れられるよう、理解しようと努めた。それで、ある程度、死ぬ恐怖は和らいだ気がした。

でも、目の前で、発熱でしんどそうにしている娘の熱い手を握っていると、やはり、まだ生きたい気持ちが沸き上がってくる。
まだ子供は5歳と9歳。そりゃ、子育てもしんどいけれど、でも、まだこの子たちと一緒にいたい。
簡単に、死を受け入れるなんてやっぱりできない。

今回、乳がんになり、自分の精神的な支えになってくれたのは、
友人と、本、そして家族だった。
自分のためにわざわざ会う時間をつくってくれた友人、
気遣って贈り物をくれた友人、遠方から会いに来てくれた友人
そして絶えずメッセージで励まし続けてくれた友人が、私の悲しみを癒し、治療に立ち向かう勇気をくれた。
また、本を読むことで、死や老い、病気に対して、これまでと異なる視点を獲得できた。
そして夫も、常に冷静さを持って、向き合ってくれた。

きっと、もっと若いときに大病を患っていたら、親しか精神的な拠り所は見つけられなかっただろう。
今回、ほとんど、親には自分の胸の内を話していない。高齢の親に言ったら、心配して、逆に身体を壊すのではないだろうかと心配だからだ。
18歳で親元を離れ、20年以上、自分は、いろんなところに居場所ができていたんだな、と今回実感できた。

ただ、もし、私が今あの世に逝ってしまったら、息子も娘も、まだまだ心許ないだろう。
パパの前で弱音は吐けないかもしれない。おじいちゃん、おばあちゃんは優しいけれど、いつまで長生きしてくれるかわからない。

昨日、少し元気がなかった息子には、「ママの入院中、もししんどいことがあったら、担任の○○先生がきっと話を聞いてくれる。こないだの面談で、相談したら、力になってくれるって言ってたよ。」と伝えたが、小学校3年生の息子には、まだ、親に甘えたいし、愚痴のはけ口にもなってほしい、何か挑戦するとき、背中をおしてほしい、そんなことだって思っているだろう。5歳の娘も同様だ。友達と一緒にいると、気がまぎれることはあるかもしれないけれど、さすがに息子、娘の気持ちを共感、受け止め、何か行動を起こしてくれるとまではいかないだろう。

病気も死も完全に自分でコントロールなんてできないかもしれない。でも、自分の意思や、気持ちの持ち様で少しでも、病気を快方に向かわすことができるのであれば、子供たちが、自分たちの居場所を家族以外にもつくれるようになるまでは、そばにいたい。もう少し、子供たちの自立の手伝いをさせてほしい。

子供がいることで、色々心配ごとが増える。
ただ、「生きたい」源にもなってくれている。
死を受け入れることと、生きたいという執念を行き来させながら、もう少し、この揺らぎに「生きている実感」を感じたい。

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