貴方の側の大切なひとに、目の覚めるような一言を。
おはようございます、といです。
うつ状態で休職中の私ですが、
定期診察の折、
主治医からこんな言葉をかけられました。
場面は、診察の最後。
「家の中にずっといると、何かしなければ、と無性に手先を動かしたり考えたりしたくなるんです。」
「家から出れないと、引きこもりになったように感じるんです。」
と、私が申告したところだった。
数秒の間ののち、
主治医は、私の目をじっと見てこう言った。
「脚を骨折したら、治らないうちに走りますか?」
「入院という制度がありますが、治療が必要なひとが療養する為にあります。自宅療養出来ない人の為に入院施設は存在するのですよ。」
「そして、あなたは今、安心して休める場所で休むときなのですよ。」
話の途中からヒシヒシと意図が伝わり、
私は段々と下を向かざるを得なかった。
直視できなくなるほどに、
主治医の言葉は厳しく、そして優しかった。
時折、「ああしたら?」「こうしたら?」と提案してくれるひとがある。
その気持ちは凄く有難い。
けれども、医者の言葉の重みとはやはり少し違う。
アレコレ試してみても疲れてしまうだけなことも多い。まして、それが出来ない時には余計に辛いのです。
もし貴方がうつ病やうつ状態、その他の精神的に苦しんでいる大切な人の側にいて、
その方に向き合い、理解し、寄り添うという覚悟があるのなら、その上で伝えてあげてほしい。
ゆっくり休んでいいんだと。
傍目から見える傷や病でなくても、コレは休んで治すものなのだと。
貴方の側の大切な人が安心して療養できますように。
このnoteにほんの少しの優しさと期待をもって。
引っ張り出した記憶の中の1頁。
誰かの心がすこし解ければ幸いです。
とい。