女性の自立と着物
「成人式、どうする?」
「スーツで行く~」
「だよね。私も~」
「ぜってー振袖なんて着ねーし」
「うんうん」
20年ほど前だったろうか。
電車に乗っていた時に、隣に座っていた女子学生くらいの女の子2人の会話である。
私は、七五三で着物が気に入って、帰っても脱がないと言っていたが、着物の振りを引っかけたら破けると諭され、「また明日」と言われた。
翌日、今日も着物を着ると言ったら、着付けに来てくれた伯母がいないから無理と言われ、騙された!と思うような子供だった。
そのせいか、電車で乗り合わせた2人が、ここまで毛嫌いするのは、少し不思議にも思えた。
当時の成人式って、和装とスーツは半々か、スーツの方が多かった印象がある。
ニュース映像を見て、黒とかグレーが目立っていたような記憶があるのだ(もし違っていたり、年代が違うようでしたらすみません)。
そしてもう一つ。
「着物なんて、嫌いだわ」
これは母の言葉。
恐らく、一人では何もできないとか、男に媚びる?ようなイメージがあったのだと思う。決してそんなことはないのだけれど、戦後生まれの世代だし、スーツを着てハイヒールで颯爽と歩くOLと比較したらそう思うのも仕方がないとも思う。
以前書いた、修理した帯。
結んでみたら自分で結べなくて、夫の手を借りた。
決して体格の良い方ではなく、むしろ細身なのだが、男性というだけでしっかりと締まった。
芸舞妓さんの着付けを担う男衆さんが必要な理由がよく解った。
絶対緩まなさそうな、女性の力では感じられない安心感があるのだ。
逆の見方をすると、男性の力があった方が良いのは帯だけである。
じゃあ、この帯って、いつから発生したのかと言うと、せいぜい江戸時代くらいからなのだ。
一方、身体を包む着物の方は、裾に綿が入っていたりおはしょりを作る・作らないの変化はあるが、基本的な形はほぼほぼ変わっていない。
じゃあ、帯は無くしちゃえばいいじゃないか、とも思う。
そして、実際そうした傾向にあると思う。
前がはだけちゃうから一応巻くけど結ばずにベルトで留めたりとか、着物に兵児帯合わせちゃうとか。
個人のおしゃれなんだから、それでいいよね、と思う。
実際おしゃれだし。
では、帯ってそんなに悪者?
いえいえ、そんなこともないと(私は)思いますよ。
人間は、姿勢を良くしないと、内臓が正しい位置に収まりません。
そのためにはムキムキである必要はありませんが、筋肉量が必要なわけです。
猫背だったりするとその筋肉量もなくなっているわけです。
現代のメジャーな、帯枕を使ったお太鼓結びは、無理にでもいい姿勢に固定してくれます。
良い姿勢なら、落ち着くところに落ち着くので、自力でキープする負担が少し減るんです。
良い姿勢を心がけるだけで下腹が少しへこんだりといった効果もありますので、礼装をする日くらいはプランクやダイエットと思うことにしよう、と考えてくれたら嬉しいですね。
振袖は帯も重いし、移動中袖を踏んだり引っかけたりしないように気を付けなければならないしで神経を使いますが、ぜひその分美しさを楽しんでほしいと思います。
そもそも、
和装≠女性の自立
ではありません。
昔、袴は運動するためだったというのはご存じですか?
そもそも、袴はすり足で歩く日本の習慣では邪魔な形ではなく、武士にとって戦いの場においては左右どちらの脚が前なのかで生死を分けたため、足元が見えないというのは重要だったんです。
つまり、
袴≠動きにくい
ではないんです。
で、明治に入って、動きやすい衣服として女学校で制服として袴が取り入れられたわけです。
卒業式のスタイルで想像がつくと思います。
帯も半幅帯で、軽いし結ぶのも楽です。
で、さらに時代が下って、そもそも和装は動きにくく支度に時間がかかるということで、愛知県の女学校の制服としてセーラー服が制服となったわけです。
これは海軍から抗議されたそうですが、女性の外国人校長が突っぱねたとか。
それでももちろん、その外国人の校長もクリスチャンなわけで、時代的にもコルセットを付けるのが当たり前なわけなので、スカートの長さはめちゃ長い。
確か、踝くらいまであったと思います。
ガチガチなクリスチャン的な考え方も、スカートの丈も、
「全然女性の自立に繋がってないじゃん!」
と思われるかもしれませんが、それって、顕微鏡のない時代の加持祈祷を馬鹿にしているのと同じだと思うんです。
ディズニーだって、王子様が迎えに来てくれるのが時代にそぐわないのか、リメイクや実写版のプリンセスたちはややキャリアウーマン的な要素がありますよね。
でも、ウォルトディズニーが生きてた時代において、実母が他界し、ひたむきにつらい日々に耐え、勇気をもった言動をするって、結構大きな一歩を踏み出していると思いませんか?
ウォルトディズニー自身も、キャラクター設定の段階で、主人公の自立を意識し、あえて実母のいない設定にしていたとも言われています。
コルセットも帯も(そしてプリンスとの幸せな結婚に憧れることも)、女性の自立とは無関係。
そういう発見をこの記事でしてもらえたら嬉しいです。
今時の成人式は、和装がメジャーですよね。
個性もすごい。
小物も、着付け師が「何にどう使うの?!」と思ってしまう小物も沢山あって困ることもある一方、
楽しめる時代が来たね!
とも思うのです。
着物警察という言葉があったり、個人の好みはもちろんあるけれど、所詮は被服文化の大きな流れの一つの波です。
楽しんだもの勝ちですよ!
そして、一人で着られないのが自立できてない、とも思わないのです。
たまにありません?法事の日の朝、おばあちゃんや母親に、
「一人だとワンピースの背中のファスナー、届かなくって。ちょっとやってくれない?」
なんてこと。
堅い帯だって同じ。
「ちょっとー。締めるところだけやって」
で良いんです。
これからの男女平等は、プライドをバチバチさせないで済む段階に差し掛かってきているのかなと思ったりもしています(もちろん、社会規模でいったら問題はまだまだ山積みではありますけども。私個人の肌体感での印象です。)。
これからは訪問着が変化するのかな?
いずれにせよ、
楽しみで仕方がありません!