レポート:[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)出版記念セミナー〜ホラクラシーの本質と人間性
今回は、フレデリック・ラルー『ティール組織』にも紹介された組織運営法『ホラクラシー(Holacracy)』の新訳版出版記念企画のレポートです。
今回のウェビナーにはホラクラシー(Holacracy)開発者ブライアン・J・ロバートソンを迎えて行われ、モデレーターは本書の監訳者である吉原史郎さん、逐次通訳を桑原香苗さんが務めてくださりました。
2018年に出版されたフレデリック・ラルー『ティール組織(原題:Reinventing Organizations)』は、2018年に出版されると10万部を超えるベストセラーとなり、日本の人事部「HRアワード2018」では経営者賞を受賞しました。
また、2019年9月には、著者となるフレデリック・ラルー氏を日本にお招きした『Teal Journey Campus』というプログラムも開催されました。
このように、国内の新しい働き方、組織運営のあり方について探求するムーブメントが高まる中、ホラクラシーに関する情報は手に入りにくい状況が続いていました。
2016年に出版されていた旧約版ホラクラシーは、2018年の時点で一般に流通しておらず、ホラクラシーに関心を持った人々はオンラインストア上で高額になった中古本を購入するなどの状況が続いていたのです。
私自身、2019年にはオランダで開催されたホラクラシーのトレーニング・プログラムに参加し、ブライアンと直接コミュニケーションする等してその知見を学んできましたが、国内で学べる機会や探求を深める機会がないことにもったいなさを感じていました。
しかし、2023年6月、英治出版から新訳版として『HOLACRACY(ホラクラシー)人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』が出版されたことで、これまで情報に手が届きにくかった方が触れられるようになりました。
また、ウェビナー冒頭に編集者である下田理さんは、新訳版出版に際して以下の3つの新しくなったポイントについて紹介してくださいました。
2017年に初めてホラクラシー(Holacracy)を知った私にとって、大幅に情報が更新された新訳版書籍や、それをきっかけに開催された今回の企画は嬉しい限りです。
以下、そもそもホラクラシー(Holacracy)とはどのようなものか?ウェビナーでブライアンは何を語ったのか?についてまとめていきたいと思います。
ホラクラシー(Holacracy)とは?
ホラクラシー(Holacracy) とは、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキー(Hierarchy:階層構造)から権力を分散し、組織の目的(Purpose)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする組織運営法です。
2007年、Holacracy One(ホラクラシー・ワン社)のブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)とトム・トミソン(Tom Thomison)によって開発されたホラクラシーは、フレデリック・ラルー『ティール組織』にて事例に取り上げられたことで、国内においても実践事例が増えつつあります。
ホラクラシーを導入した組織では、組織の全員がホラクラシー憲章(Holacracy Constitution)にサインして批准することで、現実に行なわれている仕事を役割(Role)と、役割として優先的に使用するドメイン(Domain)、継続的に行なわれている活動(Accountability)として整理し、 仕事上の課題と人の課題を分けて考えることを可能にします。
ホラクラシーにおける組織構造は『Glass Frog』という独自開発された可視化ウェブツールを用いて、以下の記事にもあるような入れ子状になった円によって表されています。(可視化ツールは他にもHolaspiritというサービスも国内外問わず、多く活用されています)
ホラクラシーを実践する組織において仕事上、何らかの不具合が生じた場合・より良くなるための気づきや閃きがあった場合は、それをテンション(tension)として扱います。テンション(tension)は、日々の仕事の中で各ロールが感じる「現状と望ましい状態とのギャップ、歪み」です。
このテンションを、ホラクラシーにおいてはガバナンス・ミーティング(Governance Meeting)、タクティカル・ミーティング(Tactical Meeting)という、主に2種類のミーティング・プロセスを通じて、および日々の不断の活動の中で随時、不具合を解消していきます。
さらに詳しくは、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版書籍の監訳者である吉原史郎さんの記事や、新訳版出版に際してホラクラシーのエッセンスについて語られた動画、全文公開されている新訳版書籍のまえがきもご覧ください。
私自身のホラクラシー実践について
私自身が、この新しい組織運営のあり方について関心を持ったのは、2016年の秋から冬にかけての頃でした。
2016年9月19日~23日に開催された『NEXT-STAGE WORLD: AN INTERNATIONAL GATHERING OF ORGANIZATION RE-INVENTORS』。
ギリシャのロードス島で開催されたこの国際カンファレンスは、フレデリックラルー著『Reinventing Organizations(邦訳名:ティール組織)』にインスピレーションを受け、新しいパラダイムの働き方、社会へ向かうために世界中の実践者が学びを共有し、組織の旅路をサポートしあい、ネットワーク構築を促進することができる場として催されました。
いち早く日本人として参加していた嘉村賢州、吉原史郎といった実践者たちは、この海外カンファレンスの報告会を開催することとなります。
2016年9月19日~23日に開催された『NEXT-STAGE WORLD』の報告会は、2016年10月19日に京都、10月24日、25日に東京にて開催され、嘉村賢州、吉原史郎の両名は組織運営に関する新たな世界観である『Teal組織』について紹介しました。
※日本におけるフレデリック・ラルー『ティール組織』出版は2018年1月24日。
これ以降、当時私が参加していた特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viは『ティール組織』探求を始め、同年2016年11月以降、『Reinventing Organizations』の英語原著を読み解く会も始まりました。
また、2017年6月以降はhome's vi自体をティール・パラダイム的な運営へシフトするため、『ティール組織』で事例に挙げられていた組織運営法であるホラクラシーの導入を行う運びとなりました。
当初は、NEXT-STAGE WORLD以降、嘉村らとコミュニケーションしてきたメンター、ジョージ・ポー氏(George Pór)にご協力いただき、またミーティング・プロセスの伴走はホラクラシーの実践を深めていた吉原史郎さんに参加してもらうことで進めていきました。
私自身は2017年7月以降、ホラクラシー(Holacracy)のファシリテーターとして実践を積み始め、これ以降、私にとっての新しいパラダイムの組織づくりの探求は、ホラクラシーを軸に進んでいきます。
2017年11月、2018年8月には、ホラクラシーワン創設者トム・トミソン氏(Tom Thomison)、ヨーロッパでのホラクラシーの実践者であるクリスティアーネ・ソイス=シェッラー氏(Christiane Seuhs-Schoeller)らを招聘したワークショップのスタッフとして参加し、いち早く関心を持たれた国内の実践者の皆さんと海外の知見を分かち合う機会を持つことができました。
2019年9月には、ホラクラシーの開発者ブライアン・ロバートソン(Brian Robertson)が講師を務める5日間のプログラムにジョインし、そのエッセンスや源泉に触れることを大切にしてきました。
この間、さまざまなラーニング・コミュニティやプロジェクトチームが立ち上がり、それらのプロジェクトメンバーの一員として参加する過程で、ホラクラシー実践におけるファシリテーションや組織の仕組みづくりについての実践を積み重ねてくることができました。
今回、新訳版書籍の出版をきっかけに、再びブライアンと会えたことは本当に嬉しく思います。
以下、今回のウェビナーで語られた内容で特に気になったポイントについてまとめてみたいと思います。
何が、パーパス実現に役に立つのか?
ブライアンが今回、語っていた中で一貫していたメッセージは『何が、組織のパーパス実現に役に立つのか?』という観点でした。
ブライアンはホラクラシーについて以下のように述べています。
ここでまず、ブライアンの言うパーパスとはどういったものなのかを新訳版著書からも引きながら、ブライアンの真意に迫ってみようと思います。
ホラクラシーにおけるパーパスとは?
新訳版書籍において、パーパスに関して吉原史郎さんは以下のように解説をされています。
『ティール組織(原題:Reinventing Organizations)』では、人類がこれまで辿ってきた進化の道筋とその過程で生まれてきた組織形態の説明と、現在、世界で現れつつある新しい組織形態『ティール組織』のエッセンスが3つのブレイクスルーとして紹介されています。
フレデリック・ラルー氏の調査によって浮かび上がってきた先進的な企業のあり方を基に3つのブレイクスルーが発見されており、
以上の3つが、『ティール組織』と見ることができる組織の特徴として紹介されました。
では、ティール組織にも取り上げられるパーパスという言葉を考案したブライアンは、パーパスをどのようなものとして捉えているのでしょうか?
そして、パーパスとホラクラシーの関連については、ブライアンは以下のように述べています。
このように捉えてみると、組織のパーパスがなぜEvolutionaryなのか、その変化していくものである、という質感もより具体的に捉えることができます。
組織体の変化の中で、共同創業者のうちの1人が去る、あるいは新入社員を迎えるといった、所属する人材の変化によっても表現できるパーパスに変化が現れます。
また、その組織が置かれている産業や市場空間の変化によってもまた、表現できるパーパスに変化が現れることが予想できます。
ホラクラシーへのよくある誤解:マネジメントと階層型ヒエラルキー
ブライアンはウェビナーの中で、ホラクラシーによくある誤解としてマネジメントと役職による階層型ヒエラルキーの存在について言及していました。
よくある誤解の1つは、『ホラクラシーを実践するとは、マネジメントを手放すものである』という誤解です。
マネジメントをブレイクダウンしていくと、意思決定の方法をはじめとしてさまざまな要素がありますが、ホラクラシーは指示命令を行うことなくそれらを実現していくもの。
「マネジャーを必要としないマネジメント」という表現もブライアンは使っていました。
よくある誤解の2つ目は、『階層型ヒエラルキー』に関する誤解です。
ブライアンは、『もし、最も組織運営に最適だと考えられるなら、従来型のマネージャーをロールとして作ることができる』と発言しています。
ただし、それに続けて『そうすることが本当に、一番効果的なのか?を検討することが大切』と話していました。
これを組織として明確化しておくことは、どのような組織形態を取ったとしても、その組織のパーパス実現に効果的である、というのです。
ホラクラシー実践の旅路で何が起こるのか?
いざ、ホラクラシーを実践するとなった際には、組織の上司部下の関係性や文化を変えることになる難しさがある、ということもブライアンは話しています。
この言葉は、新訳版書籍内では以下のような表現で語られています。
ホラクラシーの実践が世界にもたらすものとは?
また、ウェビナー中、ブライアンは組織とパーパスの関係についてさらに以下のように述べていました。
ここから、ブライアン自身の現在の探求および、彼の人間性に迫る問いがモデレーターの吉原史郎さんから投げかけられました。
組織・会社は、自然とどう調和していけるのでしょうか?
ブライアン自身の人間性、現在の探求に迫る問いとして史郎さんから初めに投げかけられたのは、『組織・会社は、自然とどう調和していけるのでしょうか?』というものでした。
この問いに対してブライアンは、自分自身の内面に向き合うことを中心に語ってくれていたように思います。
これに続けて、ブライアンは自分の意識を広げていくための3つの実践について語ってくれました。
紹介してくれた実践は、ホラクラシーにどのように統合できるでしょうか?
続いては、ホラクラシーと上記までの実践をどのように繋げるかについて、史郎さんからブライアンに問いが投げかけられました。
まず、前提として『他者に強制しようとせず、自分の情熱を伝えて実践すること』の重要性をブライアンは話してくれました。
実践法については特に、GTD(Getting Things Done)と、ロールとソウルの差異化と統合について紹介してくれました。
GTD(Getting Things Done)とはデビッド・アレン氏が開発した、ホラクラシーのベースとなっているアプローチです。
「実践あるのみ」「まずやってみる」が重要ですが、そのための実践法としてGTDが役立つ、とブライアンは話していました。
もう一つ、ロールとソウルの差異化と統合についてです。
新訳版ホラクラシーの311ページには、インテグラル理論で紹介される四象限に通じる、四象限の図がイラストで紹介されています。
そしてホラクラシーにおいては、感情や人間関係、文化といったソウル(soul)の領域と、組織における仕事上の役割や構造といったロール(role)の領域を明確に区別することについて述べられています。
こういった前提に加え、ウェビナー中ではこのようなエピソードをブライアンは紹介してくれました。
ホラクラシーは、世界に何をもたらそうとしているのでしょうか?
最後に史郎さんからブライアンへ投げかけられた問いは、『ホラクラシーは世界に何をもたらそうとしているのか?』でした。
これについて、ブライアンは以下のようなメッセージを返してくれました。
再び、私とホラクラシーの実践について
2019年から現在までの探求について
2019年のHolacracy Practitioner Trainingに参加して以降、私は新たにフレデリック・ラルー氏が初めて伝えてくれた『ソース原理(Source Principle)』の探求を始めていました。
『ソース原理(Source Principle)』とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威と影響力、創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。
2019年の来日時、フレデリック・ラルー氏によって組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となって初めて知られることとなったソース原理(Source Principle)。
昨年10月には、ピーター・カーニック氏に学んだトム・ニクソン氏による『すべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』が出版された他、
2023年4月にはピーター・カーニック氏の来日企画の実現、
また、『すべては1人から始まる』は日本の人事部「HRアワード2023」に入賞するなど、少しずつ『ソース原理(Source Principle)』の知見は世の中に広まりつつあるように思います。
この、2019年以降続いている一連の探求の中で感じたことは、ビジネスや経営に関する先進的な知見を紹介してくれる海外の実践者たちは、互いに学び合い、切磋琢磨しあうことで世界により良いものをもたらそうとしている、ということです。
フレデリック・ラルー氏もまた、ピーター・カーニック氏との出会い、そして彼からの学びを通じて、書籍においては2016年出版のイラスト解説版『Reinventing Organizations』の注釈部分で記載している他、
『新しい組織におけるリーダーの役割』と題した動画内で、このソース原理(Source Principle)について言及しています。
ピーター・カーニック氏は、ビジネスにおいて愛を創造すること(to craete love in business)が人生の目的だと語り、
今回、登壇してくれたブライアンもまた、愛について語ってくれました。
探求を通じて見えてきたもの
このように、私自身が探求を続ける中で、フレデリック・ラルー氏、ピーター・カーニック氏、ブライアン・ロバートソン氏らといった実践者それぞれが独自の探求を重ねながらも、共通するテーマのようなものが垣間見えるようになってきました。
ここ数年、経営やビジネスの領域で取り上げられてきたさまざまなコンセプトがありました。
『ティール組織』『心理的安全性』『パーパス』『ホラクラシー』『人的資本経営』『成人発達理論』『SDGs』『DAO』など、さまざまなキーワードがここ数年でもてはやされては次のキーワードへ移り変わっていく様子を目の当たりにしてきましたが、
といった問いを十分に吟味し、日々の中に実践として取り入れるには、情報や文脈の複雑性や私たちを取り巻く状況の変化の速度があまりにも高まってしまってしまっているようにも思えます。
だからこそ私は、そういった複雑化しつつある文脈を紐解き、過去から現在、そして未来へと繋がるストーリーとして、微力ながらでも人に伝えていきたいという想いでこのような記録を書き続けているように思えました。
これが、現在の私を動かす原動力であるためです。
そして、もし、それぞれの哲学・手法・コンセプトの根底にある価値観に共通している部分がある場合、自らの正当性を主張して蹴落とそうとするのではなく、互いの違いを認めつつも共存、もしくは棲み分けをしながら、人々や世界に貢献していけるよう促していければ、というのが私の願いです。
ホラクラシーとの出逢い直し
そのような中、今年6月に新訳版ホラクラシーが出版され、いくつもの出版記念イベントが開催されることとなりました。
監訳者・吉原史郎さんが登壇されるイベントに参加してレポートを書き残しているほか、
私自身も登壇者としてホラクラシーの実践について紹介する機会をいただいたり、
自分でも読書会を主催するなどして、2019年以降の探求とホラクラシーの知見が交わる部分や、さまざまな哲学・手法はどのように相互作用を生めるのか?についての探求を仲間たちと進めています。
どのような経営論、組織論、手法、哲学も何らかの必然性や願いを持って生まれてきたものであり、自分たちの現場や文脈、シチュエーションに照らして、それが本当に役立つのか否か?
このような視点を大事にしつつ、今後とも探求を続け、より多くの皆さんと分かち合っていければ幸いです。