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短編 第二集

37
日常の隙間に入り込む、切なくも儚い存在
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#創作

受傷告知

 紅葉唐門からひとりの僧がかすかに香を漂わせながら衣擦れの音だけをさせて出て行った、きび…

吉穂みらい
3週間前
78

本日は晴天なり #シロクマ文芸部

 「秋」と「本日は晴天なり」、どちらを選びますかと男は言った。  その男に会ったのは去年…

吉穂みらい
4週間前
70

紙一重

 厄介な感情を持て余したまま右手を吊革にぶら下げていた。とっぷりと更けた夜の中を行く電車…

吉穂みらい
1か月前
107

ふたつの国宝 #シロクマ文芸部

752年 奈良 東大寺 廬舎那仏   金色に輝く廬舎那仏が私を見下ろしている。見下ろされた…

吉穂みらい
1か月前
60

童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。  これ、ことわざなんだってと、万葉は言った。  へえ。じゃあ明…

吉穂みらい
1か月前
79

遠ざかる星

 電話の声は、確かに遠ざかっているのだ。  毎日話していたら気が付かないくらいの速度で。 …

吉穂みらい
2か月前
72

風の色鉛筆

 「風の色鉛筆」というフォークグループとして、三人で活動していたことがある。当時はフォーク全盛期で、吉田トクローや赤い直角定規、親指姫などの有名グループに紛れて、ひっそりとデビューしたのだが、全く売れなかった。  メンバーとバイトをして食いつなぎ、1980年が来るまで粘ったが、次第によだまさしやオブコース、中山みゆきなどがポップムードに移り変わり、テレビ出演やステージにはトークの才能なども求められ、結局解散した。  メンバーは、まっちゃんこと益子英二(ギター)、タキこと滝

のうぜんかつら #シロクマ文芸部

 懐かしい痛みだわずっと前に忘れていた  頭の中で松田聖子の声で再生された『SWEET MEMORI…

吉穂みらい
2か月前
95

アジール #シロクマ文芸部

 レモンから揚げ、と私は言った。  レモンから揚げ?と、夫がリピートし、語尾を上げる。 「…

吉穂みらい
2か月前
72

うどん記念日【#白4企画応募】

 うどんが食べたいときみが言ったから今日はうどん記念日、というわけではないけれど、突如う…

吉穂みらい
3か月前
95

紫陽花をんな無限ループ #シロクマ文芸部

 紫陽花女がいる、という噂が、どこからともなく広がった。  昭和の口裂け女のことは、子供…

吉穂みらい
5か月前
68

タケナワモールワラシ【ピリカ文庫】

 北川屋グループ「タケナワモールKITAGAWAYA」は今年、オープンして20周年を迎える。   山…

吉穂みらい
6か月前
92

金魚鉢宮 #シロクマ文芸部

 金魚鉢宮、次はきんぎょはちぐう、というアナウンスが車内に響いた。 「キンギョハチグウな…

吉穂みらい
6か月前
72

アディクト #シロクマ文芸部

 白い靴が、足首だけを連れて目の前を歩いて行った。靴底に特徴のある真っ白なスポーツタイプのスニーカーは、闇の中で蛍光色に光る。まるで踊っているような足取りで、スキップするように軽やかな歩行。  少女の切り落とされた足が赤い靴を履いて踊り続けるのはアンデルセンの『赤い靴』だった。その靴は足と共に踊り狂いながら暗い森へ消えたはずだ。  今目の前に現れた、あの白い靴と足は、いったいなんだろう。  つられるようにその足首と白い靴を追った。  少女がなぜ赤い靴に囚われたか。赤い靴が最