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宵々小灯~2000字以下の掌編小説~

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「宵々小灯」(よいよいこあかり)と称した、自作の2000字以下小説のまとめです。ツイッターでは「#宵々小灯」で公開しています。フリー朗読台本として公開している作品もありますので、…
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記事一覧

花子さんは知りたい【短編小説】

 三階の女子トイレに入っちゃいけないよ。  入ったら最後。出られなくなっちゃうよ。  見た目は普通のトイレなんだ。朝やお昼は、普通に使って大丈夫だよ。四年生が掃除当番だから、綺麗にされているよ。  でも気を付けて、放課後に入っちゃったのなら。  どこの個室、なんて決まってないよ。とにかく個室に鍵をかけたら最後。もう扉は開かないよ。  放課後の女子トイレは、花子さんのものなんだ。  扉が開かなくなったら、聞こえてくるはずだよ。  女の子の声が。あの子はくすくすって、笑うんだ。

虚無猫【短編小説・フリー朗読台本】

 夜は虚無のもやもやがたくさん生まれる時間です。  日が沈んで静かになった世界で「何故こんなことをしているのだろう」と虚無感に苛まれる人間が多いためです。彼らはかわいそうに、虚無に悶々と悩まされ、眠ることができず、そのまま朝を迎えてしまうのでした。  それをどうにかしたいと思った神様が、世界に一つ、ルールを作りました。朝が来たら、夜が来る。いいことをしたら、いいことが巡ってくる。信じる者は救われる。そういったルールに、新しいものを作ったのです。  それこそが「虚無猫」でした

星の万華鏡【短編小説・フリー朗読台本】

「好きなものを『覗いて見て』あなただけの万華鏡を作ろう!」  そんな売り文句の書かれた、不思議な万華鏡を、僕は買った。  その夜、僕は万華鏡を使って、お気に入りの星を『覗いて見た』。  きらきら輝く、青色の星。僕のお気に入り。覗いた万華鏡では、僕のお気に入りの星が何個にも増えて輝いた。くるくる回せば、星は金平糖みたいに転がった。  万華鏡から目を離して夜空を見れば、そこに、僕のお気に入りの星はなくなっていた。  でも気にしなかった。僕のお気に入りの星は、いま僕の手の中、

ラピスラズロゥ星空保護区【短編小説・フリー朗読台本】

 ラピスラズロゥ星空保護区は、その名の通り、星空が保護された草原地域です。まさに宝石のラピスラズリのようなので、それを元に名付けられた保護区です。  人の技術と文明が栄え、夜でも街が明るくなったことにより、多くの星が、その真上で生きることができなくなり、消えてしまいました。  星が減っていることに気付いた人々は、残っている美しい星空を守るべく、いくつかの保護区を設けました。この夜空の下では、星が参ってしまうような明るく大きな光は禁止されています。もし大きな光を持ち出す人が

杯持ちの音楽家【短編小説・フリー朗読台本】

 ありふれた国、ありふれた街。  ありふれた人々の中に、常に杯を持ち歩く、奇妙な男が一人いました。  彼の身なりはよくもなく、悪くもなく。  ただ手にした杯だけは、彼が持っているにしては、綺麗に見えるのでした。  一人が言います。 「彼はきっと、聖人なんだよ。だってほら、いつも杯を持っているじゃないか。あれは多分、神聖なものなんだよ」  一人が言います。 「あいつかい? ただの酒飲みだよ。いつも杯持ってるだろ? あれは酒をねだって注いでもらうのに使ってるんだ、俺は見た

幸福の国のアリス【短編小説】

 孔雀緑の森、紅茶の香りに誘われて進めば、開けた場所が見えてきました。テーブルがあり、お茶会の準備はすっかり済まされています。 「やあアリス! お茶会の準備はすっかりできているよ!」  へんてこな帽子を被った男が一人。 「……あなた、一体誰?」  少女は警戒心を隠しません。 「それに私、アリスじゃないわ」 「いいや君はアリス。そして私は帽子屋」  帽子屋はアリスの背を押し、テーブルへ。アリスはされるがまま、椅子に座ってしまいました。帽子屋なんて、とっても怪しい、見

金曜日のメロンクリームソーダ【短編小説】

 きらきらしたものを摂取しなくちゃ。  とっても綺麗で、最高中の最高のきらきらを。  「身につける」んじゃ、だめなんだ。  可愛いネイル、透き通るアクセ、眩しい服。  それでもいいけど、今日は違う。  「身につける」のと「取り込む」のじゃ、話が違うから。  いま、私はきらきらに溺れたい。  きらきらを内にいれて、きらきらに染まりたい。  他人には見えないけど、それがいい。  心や魂は見えないからね。  メロンクリームソーダを浴びよう。  心と魂にメロンクリームソーダを浴びる

ししゃも【短編小説】

 ししゃも。それは人類が発明した奇跡の食べ物。  キュウリウオ目キュウリウオ科の小さな魚を改良したものである。  ししゃもはただおいしいだけではない。その真の力は食べ方による効果にある。  頭から食べると頭が良くなり。  尻尾から食べると足が速くなるのである。  多くの人々がししゃもを頭から食べた。ししゃもにより叡知を授かった人々は、文明を進化させ、世界を進めていく。人類が抱えていたあらゆる問題は、ししゃもよって解決されたと言っても過言ではなかった。一触即発だった国々の関

コインインコロッカー【短編小説】

 魔法少女でも変身ヒーローでもないから、私は駅の汚いトイレで着替える。  魔法少女でも変身ヒーローでもないから、私が身に纏うのは煌びやかなドレスでも鮮やかなヒーロースーツでもなく、就職活動用に作られた真っ黒なスーツだった。髪の毛も一つに結えば、量産された就活生の出来上がり。  そして私は、それまでに着ていた「本当の私」を駅のコインロッカーに預けるのだ。本当の私は、ここに置き去りにされる。  空いていた一つを開けた時だった。 「『シボウドウキ』ヲ教エテクダサ! 『シボウドウキ

隕石ラジオ【短編小説】

 『鉱石』ラジオ、というものがある。  鉱石の記憶の囁きを、ラジオのように聴く道具だ。僕達は時に自分を重ねたり、新たな気付きを得たりしながら、鉱石の記憶の一幕に耳を澄ませる。 『僕は「水晶」になるんだ。透明で、曇り一つない……』  『鉱石』ラジオカフェでは、コーヒーや紅茶、それから軽食と共に『鉱石』ラジオを楽しむことができる。店にある鉱石標本箱から好きなものを選んで、ラジオにセットするのだ。  ヘッドホンを装着し、チューナーで記憶を探れば、いつかの過去の、鉱石の囁きが聞

真夜中インク【短編小説・フリー朗読台本】

 深夜の二時に、明かりを消してベッドに入る。  すると暗闇がまるで呼び水のようになって、胸の奥で何かが疼く。  それを具体的に何と言ったらいいか、わからないけれど、一言で言えば「もやもや」だった。音はしないがひどくうるさくて、本当に気持ちが悪いわけではないものの吐き出したくて、とにかく何か悪いもので、熱にうなされるように、私は何度も寝返りを打つ。  ついに息が詰まりそうになって、起き上がる。  こういう時は注射器がいい。  注射器を手にとって、胸に刺す。ちくりとした痛み

R.I.P. Star【短編小説】

 紺碧の帳に、一筋の光が流れる。  緩く弧を描くように駆けていくそれを見て、僕は目を瞑り、手を握り合わせて祈る。 「ひどいよなぁ、こんな俺に、願いをかけようなんて」  聞こえたのは、流れ星の声だった。 「どうして俺達に願い事をするんだ? 俺達に願いを叶える力なんてない。俺達は死にゆく不幸な光なのに」  考えて、僕は星に答える。 「幸せって、不幸の上に成り立つじゃないか。それなら、君に願うのは正しいよ。君の不幸が、僕の幸せになるよう、願うんだ」  次の瞬間、流れ星が