星の万華鏡【短編小説・フリー朗読台本】
「好きなものを『覗いて見て』あなただけの万華鏡を作ろう!」
そんな売り文句の書かれた、不思議な万華鏡を、僕は買った。
その夜、僕は万華鏡を使って、お気に入りの星を『覗いて見た』。
きらきら輝く、青色の星。僕のお気に入り。覗いた万華鏡では、僕のお気に入りの星が何個にも増えて輝いた。くるくる回せば、星は金平糖みたいに転がった。
万華鏡から目を離して夜空を見れば、そこに、僕のお気に入りの星はなくなっていた。
でも気にしなかった。僕のお気に入りの星は、いま僕の手の中、万華鏡の中にある。
それから僕は、毎晩、万華鏡を使って、星を『覗いて見た』。
ある日は白い、粉砂糖のような星を。
ある日は赤い、揺れるような輝きを持つ星を。
またある日は、お気に入りの星とは違う青色の星を。
花をつんで、花束を作るみたいに、僕は万華鏡の中をきらきらでいっぱいにしていく。
夜空の何にもないところを『覗いて見て』、宇宙の黒色も入れたのなら、万華鏡の中には僕だけの小さな宇宙が完成する。
たくさんの綺麗な星が輝く、僕だけの夜空。くるくる回せば、宇宙も回る。
僕だけの宇宙は、いつも違う顔をしている。たまにこつんと星と星がぶつかれば、小さな光が火花のように飛び散って、それもとても綺麗だった。
だから僕は、何度もくるくる回して、この色が欲しいな、と思えば、その色の星を見つけて『覗いて見た』。
昼間でも万華鏡を覗けば、僕だけの宇宙で、僕の捕まえた星がスパンコールみたいに輝く。回せばぶつかって、お喋りするみたいに光を弾けさせる。
星だけでなく、僕は雲も入れて見た。くるくる回せば、星が時々雲の後ろに隠れて、かくれんぼしているみたいだった。
思いついて、黒猫も万華鏡に入れて見た。でもその後「猫は宇宙で息ができないんじゃないか」と思って、慌てて絵に描いた宇宙飛行士ヘルメットと酸素ボンベを『覗いて見た』。万華鏡の宇宙では、宇宙飛行士猫がふわふわ泳いでいた。くるくる回せば「にゃん」と聞こえて、たまにこつんと星にぶつかっていた。
僕だけの小さな宇宙を、僕好みに豊かにし続けた果ての日。
僕は、最初に入れた一番のお気に入りの星が、見つけられなくなった。
きらきら輝いていた、青色の星。あの輝きはどこにいったのだろうか。くるくる回しても、なかなか見つからない。星がきゃあきゃあ言いながらぶつかり合って、宇宙飛行士猫も目を回し始めて、それでもあの青色の星は見つからない。
やっと見つけた青色の星は、でも、万華鏡の鏡の世界で、たくさんに増えていたから、どれが本物か僕にはわからなかった。青色の光は万華鏡の中で反射して、いくつもに分裂している。どれも幻のような輝きを秘めていた。
本物はどんな輝きだったっけ。僕は思わず、夜空を見上げた。
だって星は、いつもそこにあったから。
お気に入りの青い星は、もう夜空になかった。
僕が万華鏡の中にいれてしまったから。
僕はトンカチを持ってきた。それで万華鏡を叩いてやった。
万華鏡の筒に亀裂がはいって、眩しい光が溢れた。たくさんの星の輝き。弾けて、びっくり箱みたいにいくつもの星が飛び出した。その中には雲もあって、宇宙飛行士猫も、ただの猫に戻りながら地面に着地する。
残ったのは壊れた万華鏡。僕だけの小さな宇宙はなくなった。
でも空を見上げれば、僕のお気に入りの青い星が、昔みたいに輝いていた。
【終】
この作品は、朗読台本としてフリーで使用可能な小説作品です。
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