隕石ラジオ【短編小説】
『鉱石』ラジオ、というものがある。
鉱石の記憶の囁きを、ラジオのように聴く道具だ。僕達は時に自分を重ねたり、新たな気付きを得たりしながら、鉱石の記憶の一幕に耳を澄ませる。
『僕は「水晶」になるんだ。透明で、曇り一つない……』
『鉱石』ラジオカフェでは、コーヒーや紅茶、それから軽食と共に『鉱石』ラジオを楽しむことができる。店にある鉱石標本箱から好きなものを選んで、ラジオにセットするのだ。
ヘッドホンを装着し、チューナーで記憶を探れば、いつかの過去の、鉱石の囁きが聞こえてくる。
僕はいま、チョコレートケーキをつつきながら「水晶」のいつかの記憶に耳を澄ませている。
『でも、透明で曇り一つもないのなら、僕の個性は何なのだろう。きっとみんな、綺麗な透明を目指すはずで、けれどもみんながみんな同じになったのなら、僕はどこに行ってしまうんだろう……僕は何をもって僕としたらいいの?』
その無色透明の不安に、少し、己が重なる。
「水晶」はそれ以上何も言わなかった。いつの日にか、彼の心が晴れた記憶に出会えるのだろうか。それともそもそも存在しないのか。しばらくチューナーを回しても、別の囁きを見つけられなかった。
『私の赤色は、もっとも美しいのよ! 何故なら「柘榴」なのだから!』
僕は次のラジオを聴く。今度は「柘榴石」が語る。
『血よりも赤く、林檎よりも瑞々しく、燃える空よりも眩しい赤色よ……いつか私は、ペンダントになるわ! もしくは指輪ね! 私は美しいのだから、きっと誰もが欲しがるに違いないわ……』
しかしラジオにセットされた彼女には、少しの濁りがあった。そろそろと声は続く。
『……でもね、難しいかもしれないわね。だって私……ううん、でもそう思っていたいの! だって私はそう信じているのだから! それでもだめなら……そうね、おしゃべりなラジオになろうかしら。もしこの記憶を聴いている誰かがいたのなら、思い浮かべてちょうだい、私より赤い何かを! ……思い浮かばないでしょう? 当たり前ね!』
僕は紅茶を頼んだ。おいしい紅茶だったが、その色は、彼女の赤色に及ばなかった。
紅茶が冷めない内に、僕は次の石の言葉を聴く。青白い光を放つ「月長石」。
『月って、何だろうね』
『何だろうね』
ほかの石の声も聞こえた。彼の記憶に、刻まれているのだろう。
『似ているらしいよ、僕達』
『月なんて知らないのに』
『もしかして、月が僕達に似ているんじゃ?』
『もしかして、月って大きな僕達なんじゃ?』
『じゃあ僕達は、月?』
けらけらと笑う。石の輝きは無邪気そのものだった。
『いつか、月に会ってみたいねぇ』
『いつか、月に行ってみたいねぇ』
『でも月が僕達とおんなじなら』
『もう月に会ったね?』
『もう月に行ったね?』
あと一つ、ラジオを聴けそうだった。「月長石」を標本箱に戻す、次の石を探す。
その時僕は、標本箱の隅に目を留めた。奥の方で影も落ちている、誰も気付けないような隅。石一つが、薄く埃を纏って佇んでいる。
「隕石」だった。流れ星。
僕は早速その石を持ち出し、ラジオにセットした。流れ星。宇宙を旅した石。一体どんな話をしてくれるのだろう。
石をセットしても、ヘッドホンからは何の声も聞こえてこなかった。チューナーを回して「隕石」の記憶を辿る。
そうしていると、僕が何をしているのか気付いた店主が、あっ、と声を漏らす。お客さん、その石は、と。
けれども僕は、聴いてしまった。隕石の記憶の囁きを、見つけてしまった。
『いやだ、いやだいやだいやだいやだ』
それは囁きではなくて、もはや悲鳴だった。
『誰か止めてよ! 止めて! 助けて! ああ燃えてる……!』
まるでヘッドホンの向こう側で、いまにも殺されようとしているかのような、そんな声だった。
『誰か! 地面が……もう――』
次の瞬間、耳をつんざくような音が響いて、僕はヘッドホンを投げるように外してしまった。
流れ星は地上に落ちてしまった。
僕が聴いたのは、彼の断末魔だった。
【終】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?