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アンタ、なんてものを書いたんだ……【ミステリー読書感想文】

 ミステリー小説を読み終わった時、そう思うことがある。もちろん、普段ならこんな無礼な言い方はしない。ミステリーに打ちのめされたが故の口振りだと思って頂きたい。
 これは私からの心からの賞賛だ。敗北宣言だ。こんなの普通書けないよ、何食べたら思い付くんだ、どんな教育を受けて来たんだ、シャンプー何使ってます?
 まったく、翻弄されるこちらの身にもなって頂きたい。

 さて。私が特にこの感情を強く感じたミステリーがある。


アンソニー・ホロヴィッツ著
『カササギ殺人事件』と『ヨルガオ殺人事件』

 ああ、この文字面を見ただけで、今でもこの想いが湧き上がる。

 “アンタ”、なんてものを書いたんだ!!

 では、私がここで言う“アンタ”とは、一体誰のことなのか?
 実は今でも、それが私を悩ませている。

『カササギ殺人事件』

1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、あるいは……。その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。余命わずかな名探偵アティカス・ピュントの推理は──。アガサ・クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ!

東京創元社 カササギ殺人事件〈上〉

 確かにこの小説には著者がいる。さっき私は書いたはずだ、“アンソニー・ホロヴィッツ著”と。しかし、そう思って本のページをめくると、「あれ?」と頭を捻ることになる。細かいことは言わない。ただ、とにかく頭を捻ることになる。
 この本、何が起きてるの?
 そうして、自分が何を読んでいるのか幾分居心地の悪い思いをしながら読み進める。だが、じきにそんな居心地の悪さは忘れてしまう。目の前の事件が、あまりに、あまりにーー。

「え?」

 断っておくが、私はどちらかといえばぼんやりした人間で、あまり感情的になることがない。感情が表に出るまで時間がかかるからだ。
 それなのに、『カササギ殺人事件』の上巻を読み終わった時、思わず「え?」と声が出た。そして大慌てで下巻をむんずと掴み読み終え、私は思った。

“アンタ”、なんてものを書いたんだ!!
翻弄される“こちら”の身にもなってくれよ!!

 私の眼前、本の中で何が起きていたのか具体的なことは言いたくない。だからその代わりに、上記の言葉だけを残しておく。

『ヨルガオ殺人事件』

 そして物語は『ヨルガオ殺人事件』に続く(前作のネタバレを含むのであらすじの引用は避ける)。

 当然のことながら、続編である『ヨルガオ殺人事件』を読む頃には、『カササギ殺人事件』で知った面々への印象も変わる。正直、続編は嬉しいけど放っておいてやってくれ……そんな気持ちが湧くほどに。

 この、私たち読み手と登場人物たちの“関係性の変化”でさえも、物語を読み解くスパイスに思えてくる。いや、“思えてくる”なんて生ぬるいものではない。
 頑張って、頼む、頑張って……! とヒヤヒヤしながら見守り、「アンターーーーッッッ!」と天を仰ぐ。Fooooooo!! と声を上げ、「お前お前お前ーーーッッッ!」と心の中で本を壁に投げつける(私はどちらかと言うと物を大事に使う人間だ)。

 とにかく、こんな風に身も心もぐちゃぐちゃになりながらの読書だった。そのおかげで、私はしばらく他の本を読んでも「もしこの人と『カササギ殺人事件』の誰々が出逢えていたらなぁ!」なんてことを考えるようになってしまった。
 後遺症が出たのだ。カササギ後遺症が!


まとめ:スルメ

 二冊に共通して言える素晴らしい点はたくさんあるが、この「情報を知っているが故に面白さが増す」というのは何物にも変え難い。
 勿論、「記憶を消してもう一度読み直し、再びこの衝撃を味わいたい」という想いを抱かないわけではない。しかし『カササギ殺人事件』と『ヨルガオ殺人事件』に関しては、それぞれ単独の本としても、二冊の連続ものの本としても、情報を持っていることで更に楽しめる要素が多い。

 あの時のアレ、この時のコレ、見えなかったもの、ずっと前から見えていたもの……。
 噛めば噛むほど味が出る。まさにスルメ。スルメミステリー。
 私は密かに、この二冊をそう呼んでいる。

 まったく、“アンタ”はなんてものを書いてしまったんだ。“こちら”は感情がぐちゃぐちゃだ。

 では、それって一体、“誰”のことだろう?
 答えを確かめるため、私はもう一度『カササギ殺人事件』の一ページ目を開くのだった。



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© 2022 Aki Yamukai


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矢向 亜紀 / やむかい あき
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