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シニア本はいいぞ【読書感想文詰め合わせ】

 4/28はシニアの日なんだとか。そして私は昔から、「自分の人生を生きているシニアが題材の物語」が大好きだ。自分の人生に希望が持てるので。
 そこで今回は、そんな私がおすすめする、「自分の人生を生きているシニアが題材の本」=「シニア本」をご紹介しようと思う。いよいよ始まる大型連休のお供にもぴったりの本を選りすぐった次第だ。


シニア×ミステリーという至高
『木曜殺人クラブ』

リチャード・オスマン著、羽田詩津子訳
(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2021年)

 高齢者たちの入居施設に暮らす、一癖も二癖もあるメンバーで構成された「木曜殺人クラブ」。暇つぶしに未解決の殺人事件の謎を解くのが趣味という集まりで、物騒な話も気軽な食事のお供にするのが彼らの流儀。そんな彼らの住まいで殺人事件が起きる。
 元看護師、元精神科医、元活動家、そして経歴不詳のリーダー格・エリザベス。更にそこ警察官チームも巻き込んで、事件は思わぬ方向へ……?

 シニアが主役の作品あるある、一人一人の経歴の活用健康面の不安若人との小気味良い絡みそして高齢者であることを逆手に取った作戦なんかもありつつ、ミステリーとしてビシッと決める。そのくせ、とにかくそこらじゅうをアクティブに駆け回るシニアたちの姿が眩しい。事件の真相に、シニアたちの物語である意味と深みが湧いて出るのはさすが。

 すでに映画化や続編『The Man Who Died Twice』の話題も出ている本作、著者はイギリスのテレビ業界で活躍する人とあって、そのエンタメ性は小説の時点でかなり高いなと感じる物語。扱うのは殺人事件ではありながら、作品全体のトーンは明るいので、ミステリー入門、シニア本入門としてもおすすめ。

 また、装丁がとてもいいので、ぜひ手元に置きたい一品でもある。

登場人物表、黄色い紙、後になって見るとグッとくる表紙。

シニア本にしか出せない「静」を聴く
『ベケット氏の最期の時間』

マイリス・ベスリー著、堀切克洋訳
(早川書房、2021年)

 『木曜殺人クラブ』が“動のシニア本”なら、こちらは“静のシニア本”。映画『ドライブ・マイ・カー』で取り上げられたことで話題の『ゴトーを待ちながら』の著書、サミュエル・ベケット氏の最期を描いた小説。彼が晩年を過ごした、パリにある引退者の入居施設、ティエル=タンが舞台だ。
 小説なので当然、「この物語はフィクションです」なのだけど、まるで著書が彼の人生の末期に立ち会っていたかのようなリアルな表現。いや、実際に私はサミュエル・ベケットがどんな人だったのかは知らないけど、きっとこんな風に気難しく、しかし確かに「生きてきた」人なんだろうな、と。

 本作を読みながら、映画『ファーザー』を思い出した。アンソニー・ホプキンスが認知症の父親を演じた、大変興味深い作品だ。

 一見すると、『ファーザー』はお涙頂戴な感動作のように見えるが、実際は認知症の人の脳みそでは世界がどう見えているのかを(若干エキセントリックに)描いた映画。今と昔、あれとそれとが混在する世界がそこにある。
 『ベケット氏の最期の時間』は、『ファーザー』ほどファンタジー的でもエキセントリックでもない。だけど、意識が目の前のことから唐突に過去の記憶にひっぱられ、思考が自然とあちこちに行く様子はとても良く似ていた。読み手として覚える混乱が、ベケット氏自身が感じる感情に繋がっているような気がした。

 ティエル=タンのひんやり冷たい空気と共に。彼の最期の時間を、ぜひ堪能して欲しい。
 読み終わると、確かにこの人なら『ゴトーを待ちながら』を書きそうだと納得出来るし、舞台にする際のセリフの変更を認めないくらいのこだわりは見せるだろうな、とすんなり思える。小説が本人を補完している、面白い例。

結局のところ、遊び心は衰えない
『ブルックリン・フォリーズ』

ポール・オースター著、柴田元幸訳
(新潮文庫、2012年)

 主人公・ネイサンは60代、「シニア本の主人公」としてははっきり言って若過ぎる。だけど彼は癌を患っており、仕事も退職し、離婚もしている。そんな状態でニューヨークはブルックリンに戻ってきたのだから、「シニア本の主人公」として取り上げてもいいだろう。

 ネイサン、こんなやぶれかぶれな状態なのに、今までの人生を振り返って「人間愚行(フォリーズ)の書」を書こうかな〜なんて思っている。元が優秀なビジネスパーソンだったこともあるのか、悲壮感よりもゆるっとしたごく自然な価値観に「残りの人生で出来ることをやるぞ」という前向きな姿勢があるのも面白い。

 シニアがメインになるコンテンツには大きく分けて4つある。

  1. 最初は静かだったシニアが、何らかのきっかけで精力的になるパターン
    例:映画『最高の人生の見つけ方』/映画『ジーサンズはじめての強盗』/映画『マルタの優しい刺繍』/映画『ロンドン、人生はじめます』

  2. 割と最初から元気で、ある出来事を機にさらに盛り上がっていくパターン
    例:木曜殺人クラブ/ブルックリン・フォーリーズ

  3. 最初から最後まで主人公は静かだが、回想や過去関連の描写が多いパターン
    例:ベケット氏の最期の時間/映画『ファーザー』

  4. 最初から最後まで静かで、本当に何も起きないけどしみじみ「いい……」パターン
    例:映画『ラッキー』

 当然、物語としては1が主流。本作『ブルックリン・フォーリーズ』も1の仮面をつけてはいるが、ネイサンは冒頭で本を書こうとしていたり、甥っ子と再会して彼の恋路に首を突っ込んだり、割と精力的だ。そこが頼もしく、吸い込まれるように(またはネイサン自身が飛び込んで)彼の周りに人が集まる構図が生まれるのにも納得が行く。

 はっきり言って、これ、みんなの理想の姿なのでは? なんて思う。ネイサン自身は、「もう自分の人生は終わってる、孤独な男だ」と思っている。離婚したことで会いにくくなった娘とのことも、モヤっとしたまま宙に浮いている。だけど彼は結局、持ち前の遊び心やおせっかい(面倒見の良さとも言う)を手放さず、残りの人生で活かし続ける。
 その気持ちが導いた結末と向き合った時、心があったかくなることは間違いない。その時きっと読者は、「自分もまた、ネイサンに吸い寄せられた人間の一人なんだな」と強く強く思うだろう。

清々しく晴れやか、等身大なのにかっこいい
『老いの身じたく』

幸田文著、青木奈緒編(平凡社、2022年)

 私が彼女の作品を初めて読んだのは、一緒にスペイン旅行をしていた先輩から、道中に「読み終わったから矢向さんどう?」と手渡された『台所のおと』だった。
 遠い異国で読む、純和風の小料理屋を舞台にした静かで清々しい物語。台所で青菜を切るさくさくした音が聞こえてくるような居住まいに、心がときめき旅の疲れも癒やされたのを覚えている。

 そんな彼女は随筆家としての才能にも優れ、数々のエッセイも残している。本作は、その中でも、特に“老い”について扱った作品をまとめたアンソロジー形式のエッセイ集だ。そのため、書かれた時期や文体、内容はまちまち。だけど一貫しているのは、幸田文という人がいかにあっけらかんと晴れやかに、そして軽やかに清々しく老いていたかということだ。
 誰しもが大人になると、若い頃の自分を羨むと同時に、どこか、生きやすくなったと感じることがあるだろう。幸田文はそれを、自分の掃除へのこだわりが緩くなったことで実感している。少し埃が床を走る程度では気にしない、と。捉えようによっては、執着を手放すのは己を捨てるような虚しさがよぎる行為ではあるが。彼女からすれば、それは肩の荷が降りた軽やかさの象徴なのだ。

 もちろん、幸田露伴の娘である彼女は、一般の人よりも文化的に恵まれた土壌にある人だったと言えるかもしれない。しかし、彼女自身の素養があっけらかんとして強くなければ、老いてこの思考に至るのは難しいだろうなという明るさがある。
 そして、ただ能天気な明るさではなく、日頃切々と感じる虚しさも含め彼女はあっさり書いてみせる。やれ映えだコスパだなんだと振り回される現代人からしてみれば、極めて等身大なのに美しく気高く、かっこいい。

 えっ、こんなにかっこいいシニアがいるの? 無理なく軽やかに、悩みもあれば穏やかさもある、そんなシニアが。
 この本を読んでいると、自分の未来にそんな夢を抱いてもいいかもしれないと思えてくる。


 まだまだ大好きなシニア本はたくさんあるけれど、キリがないので今日はこの辺りで。
 この記事を機に、大型連休のお供に、日々の生活の隣に。あなたの人生を彩るもののひとつとして、シニア本が増えればいいなと思う。



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© 2022 Aki Yamukai

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矢向 亜紀 / やむかい あき
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