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【とむらい家族旅行】 だからって、そこまでやれとは言ってない 【ミステリー読書感想文】

 コンテンツに触れる時、人の心境は大きく分けると二つに分かれる。一つ目は「期待通りのものが見たい」そしてもう一つは、「予想を裏切るものが見たい」。

 例えば、マンガ/アニメの『少女終末旅行』なんかは前者の極みだろう。女の子のゆるっとした交流、そこに世界観をふわっと垣間見る……。
 もし、食料を巡る泥沼な駆け引きや、生存を賭けた血で血を洗う戦闘シーンを盛り込まれたら、ファンは「違うんだよ……」と距離を置いてしまうだろう。

 では、もしあなたが今、「予想を裏切るものが見たい」と願っているとしたら。私から是非にとおすすめしたいミステリー小説がある。


『とむらい家族旅行』 概要

サマンサ・ダウニング著
ハヤカワ・ミステリ文庫(2022/5/10)

あらすじ
ずっと疎遠でいた兄妹、エディーとベス、ポーシャは、亡くなった祖父の莫大な遺産を受け取るため遺言にしたがっていっしょに旅に出ることになる。20年前に祖父が彼らを連れていったアメリカ横断ドライブ旅行を、祖父の遺灰を車に乗せて完全再現するのだ。彼らの過去の旅は、奇妙で危険な秘密を孕んだものだった。そして現在の旅も、はじまりから狭い車内には不穏な空気が……。

ハヤカワ・オンライン 「とむらい家族旅行」より


 このあらすじだけを読んで、私は「3人兄妹がおじいちゃんとの昔の思い出を巡りながら旅をして、過去を蒸し返して喧嘩したり笑ったりしつつ、なんやかんやで旅を終えるんだろうな!」と思った。
 更には、「とは言えハヤカワ・ミステリ文庫だから、予想を超える何かが見られるはず!」と心を躍らせつつ、無邪気にページを開いた次第だ。
 そう。何の覚悟もなく、ただ無邪気に。

読み終えた時の率直な感想

 そして長い(574ページの)旅路を一気読みし終えた時、私は思った。

「あわわ……」

 こんな気持ちは初めてだ。今まで、アニメやマンガで「あわわ」という台詞を見聞きするたび、そんな言葉を実際に使う人なんて居るか? と思っていた。
 居たよ、ここに。「あわわ」は言うんじゃない、心から溢れる言葉なんだよ。
 最後の一行を読んだ時の私の気持ちは、本当にこれだった。

「あわわ……」

 頭の中をあらゆる感情が駆け巡ったのは、物語の結末に圧倒されてしばらく経ってからだ。
 ハッと我に帰った瞬間、思考は一気に回転を始める。

「きょうだいが居る人はどんな気持ちで読んだの?」
「ていうか割と最初から“それ聞いてない”ってこと多かったよね?」
「そういうことは先に言っておいてもらえませんか?」
「これから先、どんな気持ちでその曲聴けばいいんですか?」
「えっ……(もう一度読む)えっ……?」

 確かに、予想を超えてほしいと思って読みましたよ。ええ。でもさ。

「だからって、そこまでやれとは言ってない……」

 本当に、これに尽きる。
 私、そこまでやれとは言ってないんだよ……。
 こりゃ、とんでもない旅に同行してしまったな……。

魅力的な要素だらけ、何もかもが不穏

 本作の魅力は、物語がロードムービーの形式であること。アメリカというあまりに広い国を横切る旅でありながら、車やモーテルという密室空間(に近い環境)で物語が進むこと。そして旅の性質上、道筋も行き先も決まっていること。
 その、どこへでも行けるはずなのにどこへも行けない閉塞感が、たまらなく不穏でゾクゾクする。

 もちろん、旅行気分を味わえるほどに道中の描写が鮮やかなのは言うまでもない。気付けば自分も一緒になって、車に乗っている心地になる。
 ただ、一緒に旅を続けたいかどうかは、割と悩ましい。
 モーテルのくたびれた寝台、チープな味のファーストフード、“行かねばならない”観光スポット、手放しに居心地が良いとは言えない兄妹……。
 そんな、決して快適とは言えない空気の中に、知らず知らずのうちに自分も身を置いている。この臨場感。

 更に、メインの登場人物も限られているのもいい。こんなに少人数の旅路なんだから、すぐに誰が誰かは把握出来る。人間関係がわかりやすいし、旅が進むにつれそれぞれの人となりも把握しやすい。
 ……そう思うでしょ?
 そう思っていたんですよ、私も。
 だからこそ、メインの登場人物の人数が限られているという仕掛けが生きる。
 いや、だからって、そこまでやれとは言ってないんですけどね……!

旅に出る覚悟は出来ましたか?

 ここまで書いておいて言うのもなんだけど。この「とむらい家族旅行」は、事前情報を仕入れずに読むべきタイプの小説だ。(ここまでの表記が具体性を欠くのはそのため。)
 もし少しでも気になったなら、私の読書感想文なんて放り投げて、今すぐ本屋さんへ向かい、急いで読み始めた方がいい。

 そして、一度ページを開いたら。あなたはもう、この旅路の同行者の一人だ。それを覚悟した上で、ぜひ最後まで読み切ってほしい。
 多分あなたもどこかしらのタイミングで、「そこまでやれとは言ってないんだよな……」と思う時が来るだろう。

 最後の最後まで、油断してはいけない。
 この、旅人たちの前では。


※追記

 note×「WEB別冊文藝春秋」#ミステリー小説が好き 結果発表会にて、イチオシレビューとして感想文をご紹介頂きました。ありがとうございます。



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© 2022 Aki Yamukai

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矢向 亜紀 / やむかい あき
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