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親魏倭王の小話集(小説編)

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本、主に小説についての小話集。Twitterに投稿した中でツリーを形成する長文ツイートを転載。
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記事一覧

親魏倭王、本を語る 特別編その02

アレクサンドル・デュマ(父)の代表作『三銃士』は、ガスコン男児ダルタニャンを主人公とする大河小説で、『三銃士』として広く流布しているのはそのいわばプロローグに当たる部分だという。昔、全巻の翻訳が出ていたようだが、今は見当たらない。 この「ダルタニャン物語」とでも言うべきシリーズの掉尾を飾るのが『仮面の男』で、角川文庫から邦訳が出ているが、抄訳らしい。 これはルイ14世の時代、バスティーユ牢獄に顔を隠して収監されていた、いわゆる「鉄仮面」の物語で、作中ではルイ14世の双子の弟

親魏倭王、本を語る その14

【ジョン・ポリドリの吸血鬼小説】 近代小説で吸血鬼を取り上げた最古のものは、どうもジョン・ポリドリの『吸血鬼』のような気がする。 この作品は、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』と同じ1816年に執筆された。この時、詩人のバイロンはシェリー夫妻らと怪談の競作を試み、その提案によって書かれたものである。 著者のポリドリはバイロンの侍医であった。この作品は1819年に『ニュー・マンスリー・マガジン』に無断で掲載され、しかも「バイロン作」と誤ってクレジットされてしまった。バイ

親魏倭王、本を語る その13

【『ボウ町の怪事件』】 イズレイル・ザングウィルの『ボウ町の怪事件』は、ハヤカワミステリ文庫版は『ビッグ・ボウの殺人』と訳されているが、これでは内容がよくわからないので、個人的には東京創元社の世界推理小説全集に収録された際の『ボウ町の怪事件』のほうがタイトルとしてしっくりくると思っている(確かに「ビッグ・ボウ」と表記されているが、これは「ボウ町の大事件」と訳すべき気がする)。 これは世界最古の密室ものなのだが、なぜかよく存在を忘れられ、ガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』では

親魏倭王、本を語る 特別編その01

モーリス・ルブランの『ルパン対ホームズ』は「金髪の婦人」「ユダヤのランプ」の2編からなる作品集であるが、「金髪の婦人」はほぼ長編といっていい分量があり、「ユダヤのランプ」は便宜上2章に分割されているが、分量的には短編である。 本書では、『怪盗紳士ルパン』所収の「遅かりしシャーロック・ホームズ」にチラッと登場したシャーロック・ホームズが本格的に登場し、ルパンと対決する。ただ、これはコナン・ドイルの了解を得ず勝手にルブランがホームズのキャラを使ったもので、先の「遅かりしシャーロ

親魏倭王、本を語る その12

【江戸川乱歩の傑作集について】 江戸川乱歩の短編のうち、狭義のミステリーの代表作は「二銭銅貨」「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」の4編だと思うが、乱歩の作品集で最も纏まっていると思われる東京創元社『日本探偵小説全集』は「D坂の殺人事件」が欠けている。 乱歩の傑作集は多く出ているが、狭義のミステリー作品が纏められているものは意外と少なく、僕が目を通した中では新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』が上記4編を纏めて収録していてよかった。併録されている「二癈人」もミステリーと

親魏倭王、本を語る その11

【『赤い右手』】 国書刊行会からJ・T・ロジャーズの新刊が出るということで今話題になっているが、日本でロジャーズの名を一躍高めたのはたぶん『赤い右手』(創元推理文庫)である。パルプ・マガジンの常連作家で、通俗サスペンスを量産していたロジャーズが、唯一本格ミステリーとして成功したとされるのが本作である。 読んでみると通俗サスペンスには変わりないのだが、トリックがうまく決まっており、本格ミステリーとして成立している。一方で、通俗サスペンスらしいスピード感があって、通常の本格ミステ

親魏倭王、本を語る その10

【泡坂妻夫】 泡坂妻夫は本名を厚川昌男といい、紋章上絵師を生業としながらマジシャンとしても活躍した。それにミステリー作家という顔が加わり、実に三足の草鞋を履いた人だったが、作風はトリックを重視し、それゆえに舞台設定などにはやや無理があった気がする。 短編が多く、亜愛一郎シリーズや曾我佳城シリーズ、宝引の辰シリーズが知られる。 長編で読んだことがあるのは『乱れからくり』だけだが、社会派ミステリーの洗礼を受け、リアリズム寄りの作品が多かった1970年代では珍しく外連味のある舞台設

親魏倭王、本を語る その09

【ウールリッチ=アイリッシュについて】 コーネル・ウールリッチはアメリカのミステリー作家で、追われる者の寂寥感や焦燥感を描かせると右に出るものはいないとされる。詩情あふれる文体で知られ、「サスペンスの詩人」と呼ばれる。日本ではウィリアム・アイリッシュの名で知られるが、コーネル・ウールリッチが本名で、ウィリアム・アイリッシュはペンネームである。この名義で書かれたのが有名な『幻の女』である。他にジョージ・ホプリーというペンネームも用いていて、この名義で『夜は千の目を持つ』を書いて

親魏倭王、本を語る その08

【吉原御免状】 隆慶一郎『吉原御免状』(新潮文庫)は吉原成立の背景に傀儡(くぐつ:人形まわしなどを生業とする漂泊の芸人集団)を置いた伝奇小説で、吉原を根城とする傀儡たちと裏柳生(忍び)の暗闘を描く。徳川家康影武者説が絡められていて、これが後に独立して『影武者徳川家康』になったらしい。 物語は剣豪・宮本武蔵に育てられた剣客・松永誠一郎が、花街・吉原を根城とする傀儡たちととともに、彼らの排除を目論む忍者衆・裏柳生と戦うというもの。もっとも、柳生でも幕閣に仕える表柳生の長・宗冬はど

親魏倭王、本を語る その07

【ホームズもののパスティーシュについて】 アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズは、『ストランド・マガジン』への短編の連載を契機に人気を博し、ドイルの生前からパロディやパスティーシュが多く書かれた。ホームズもののパスティーシュを初めて書いたのはロバート・バーと言われているが、彼もミステリー作家で、『ヴァルモンの勝利』という短編集がある(うち、「健忘症連盟」が別題で江戸川乱歩の『世界短編傑作集』に収録されている)。 パスティーシュではジョン・ディクスン・

親魏倭王、本を語る その06

【ケストナーの大人向けユーモア小説】 ドイツのエーリヒ・ケストナーは『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』などの児童文学で知られるが、大人向けの小説もいくつか書いている。その中で有名なのが、ユーモア三部作と呼ばれる『雪の中の三人男』『消え失せた密画』『一杯の珈琲から』で、創元推理文庫に収録され、前者2冊は入手可能である。 このうち『消え失せた密画』だけ読んだことがあるが、これは古い細密画を巡る保険会社社員と盗賊団の攻防を描いた犯罪小説で、全編をユーモアで彩ったことで独特の味わいを醸し

親魏倭王、本を語る その05

【将棋差し人形とエドガー・アラン・ポー】 エドガー・アラン・ポーの作品の一つに「メルツェルの将棋差し」というものがある。取り上げられているのは18世紀に作られたチェスをする自動人形で、19世紀半ばに焼失した。人形は「トルコ人」と呼ばれ、ハンガリーの発明家ケンペレンによって制作され、死後、ドイツの発明家・技術者メルツェルが譲り受けた。 この人形のからくりを推理したのが「メルツェルの将棋差し」で、創元推理文庫の『ポオ小説全集』に収録されているが、短編小説ではなく評論あるいはエッセ

親魏倭王、本を語る その04

【鮎川哲也の後継者】 鮎川哲也は日本においてクロフツ流のアリバイ崩しを完成させた立役者だが、その後継者と言えるのが津村秀介。津村は一貫して時刻表トリックにこだわった人で、『影の複合』など初期のノンシリーズものはけっこう読みごたえがあるのだが、ルポライター・浦上伸介を主人公とするシリーズものを書き始めるとだんだん展開がパターン化してきた。 鮎川哲也風のアリバイ崩しと言えば、鮎川哲也賞を受賞した石川真介も外せない。鮎川哲也賞受賞作『不連続線』は原稿の枚数規定のため結末部分が不完全

親魏倭王、本を語る その03

【黒死館殺人事件】 ミステリー=推理小説に三大奇書と呼ばれる作品群がある。小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』である。 このうち、小栗の『黒死館殺人事件』だけ読んだことがあるが、たいがい奇抜なミステリーを読んできた自分でも太刀打ちできなかった。その理由はふたつある。ひとつはストーリーがよくわからないこと。確かに殺人があって最後に犯人が明らかになるが、謎解きのプロセスが明らかでない。もうひとつはストーリーとペダントリーの主客逆転で、