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親魏倭王の小話集(小説編)

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本、主に小説についての小話集。Twitterに投稿した中でツリーを形成する長文ツイートを転載。
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記事一覧

親魏倭王、本を語る:特別編(お気に入り短編ミステリー紹介)

最近、と言ってもかれこれ7年くらい小説から離れているのだが(読書自体は続けている)、学生時代から正職採用されるまでの約10年間に読んだ中で、割と気に入っている短編ミステリーを少し挙げてみる。 共通の主人公が登場するシリーズ短編が好きなので、ちょっと偏りがあるのは承知している。 「5つのプレゼント」乾くるみ 『六つの手掛り』所収。チャップリンそっくりな探偵役・林茶父(サブ)が活躍する連作の一編で、プレゼントの小箱による爆殺事件が探偵役の回想として語られる。収録作すべてがロジッ

親魏倭王、本を語る:特別編(デュマの『三銃士』とその周辺)

アレクサンドル・デュマ(父)の代表作『三銃士』は、ガスコン男児ダルタニャンを主人公とする大河小説で、『三銃士』として広く流布しているのはそのいわばプロローグに当たる部分だという。昔、全巻の翻訳が出ていたようだが、今は見当たらない。 この「ダルタニャン物語」とでも言うべきシリーズの掉尾を飾るのが『仮面の男』で、角川文庫から邦訳が出ているが、抄訳らしい。 これはルイ14世の時代、バスティーユ牢獄に顔を隠して収監されていた、いわゆる「鉄仮面」の物語で、作中ではルイ14世の双子の弟

親魏倭王、本を語る:特別編(『ルパン対ホームズ』について)

モーリス・ルブランの『ルパン対ホームズ』は「金髪の婦人」「ユダヤのランプ」の2編からなる作品集であるが、「金髪の婦人」はほぼ長編といっていい分量があり、「ユダヤのランプ」は便宜上2章に分割されているが、分量的には短編である。 本書では、『怪盗紳士ルパン』所収の「遅かりしシャーロック・ホームズ」にチラッと登場したシャーロック・ホームズが本格的に登場し、ルパンと対決する。ただ、これはコナン・ドイルの了解を得ず勝手にルブランがホームズのキャラを使ったもので、先の「遅かりしシャーロ

親魏倭王、本を語る その29

【三毛猫ホームズの先輩】 赤川次郎氏が『三毛猫ホームズの推理』を刊行するのに約10年先行して、アメリカでリリアン・J・ブラウン氏が猫を探偵役にした『猫は手がかりを読む』を刊行している。僕の記憶が正しければ1966年の刊行だったと思うが、売れ行きが良くなかったらしく、10年以上続編が出せなかったという。 『三毛猫ホームズの推理』に先行する作品だが、日本で訳出されたのは1988年で、赤川氏はこれを参考にすることはできず、全くのオリジナルとして猫探偵ホームズを生み出したことになる。

親魏倭王、本を語る その28

【ポンペイ夜話】 『死霊の恋・ポンペイ夜話』はテオフィル・ゴーティエの代表的な怪奇幻想小説5篇を収録した作品集である。「死霊の恋」は吸血鬼ものの古典として広く知られているが、「ポンペイ夜話」もなかなかおもしろくて好きな作品。ポンペイの廃墟で見つかった「女性の胸の押し型」を見て心惹かれる男の前に夢か幻想か、古代ローマの麗人が現れ逢瀬を楽しむ。ファンタジーの傑作である。 同時期にプロスペル・メリメが「ヴィーナスの殺人」を書いているが、この時期のフランスに一種の骨董ブームがあったよ

親魏倭王、本を語る その27

【スペイン岬の謎】 『スペイン岬の謎』は、エラリー・クイーンの国名シリーズの掉尾を飾る1冊である。一般に、この後『二ホンかしどりの謎』が書かれているとされるが、これは『境界の扉』というタイトルで刊行されていて、雑誌連載時は“The Japanese Fan Mystery”というタイトルだったと言われているが、どうも誤りらしい。 この『スペイン岬の謎』が国名シリーズで最初に読んだ1冊なのだが、代表作である『オランダ靴の謎』『ギリシア棺の謎』『エジプト十字架の謎』などと比較する

親魏倭王、本を語る その26

【すべてはポーから始まった?】 コナン・ドイルやH・G・ウェルズ、スティーヴンソンらが活躍した19世紀後半~末は大衆小説がミステリー・SF・ホラー・ファンタジーなどに分化してくる時代で、この時期にそのジャンルの開祖となる作家が大勢生まれている。ミステリーはドイル、SFはウェルズ、ファンタジーはジョージ・マクドナルドといった具合である。 ところが、そうした個々のジャンルが分化する以前に、それぞれのジャンルのほとんどをエドガー・アラン・ポーが小説化しているのである。これは何度読み

親魏倭王、本を語る その25

【ミス・マープルについて】 アガサ・クリスティーは何人かのシリーズ探偵を持っていたが、メインはやはりエルキュール・ポアロである。その彼に準ずる地位を獲得したといえるのはやはりミス・マープルであろう。 『予告殺人』旧版の田村隆一氏の解説だったと思うが、当時、クリスティーには多くのファンレターが届いていたが、「ポアロをもっと活躍させてほしい」という要望とともに、「ミス・マープルものをもっと書いてくれ」という要望もあったという。 ミス・マープルはクリスティーの祖母がモデルになってい

親魏倭王、本を語る その24

【本格vs.社会派という不自然な対立】 「社会派推理小説」の先駆となった松本清張は、推理小説に社会小説の要素を取り入れたが、『点と線』で時刻表トリックを使っていることからわかる通り、比較的トリックを多用する作家だった。 よく「本格vs社会派」という対立構図を目にするが、これは変な対置のしかたで、本格は推理小説の形式、社会派は推理小説の内容に基づく呼び方だ(と自分は認識している)から、対立関係にはなり得ないと思うのである。松本清張の推理小説(特に『点と線』)を形式で分類するなら

親魏倭王、本を語る その23

【ゴシック小説と推理小説】 ゴシック小説が推理小説に与えた影響は「秘密が暴かれる」というゴシック小説のストーリー展開(のひとつ)だけでなく、その舞台設定にもあると思う。それが舞台設定で、いかにも何か秘密がありそうという城館が舞台になるのもその一つだと思う。また、上流家庭内の軋轢から事件が発生する展開もゴシック小説的だと思う。 ゴシック小説的な要素を色濃く受け継いでいるのが、たぶんディクスン・カーだと思う。彼の『髑髏城』『魔女の隠れ家』『曲った蝶番』などはそうしたゴシック趣味が

親魏倭王、本を語る その22

【スペース・オペラとヒロイック・ファンタジー】 1920~40年代のアメリカではスペース・オペラの全盛期で、パルプマガジンに連載された後、単行本化されずに消えていった作品も多いと聞いているが、E・E・スミスの『レンズマン』シリーズや、エドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』シリーズは今でも人気がある。このルーツはおそらく、エドガー・ライス・バローズの『火星』シリーズではないかと思う。 おもしろいのは、同じ時期にヒロイック・ファンタジーが勃興していることで、代表例は

親魏倭王、本を語る その21

【江戸川乱歩賞受賞作についての雑感】 今までに読んだ江戸川乱歩賞受賞作でおもしろかったのが、 『13階段』高野和明 『脳男』首藤瓜於 『連鎖』真保裕一 『放課後』東野圭吾 『写楽殺人事件』高橋克彦 『プリズン・トリック』遠藤武文 『翳りゆく夏』赤井三尋 あたりである。 1990年代以降は社会性の強い作品が多くなり、格段に読み応えがあるものが増えたが、反面、テーマや内容が重くなり、読んでいて疲れることも増えた。2000年以降の受賞作で最高傑作だと思っているのが『13階

親魏倭王、本を語る その20

【アンリ・バンコランについて】 アンリ・バンコランはジョン・ディクスン・カーが創造したシリーズ探偵で、パリの予審判事である。プロデビュー作の『夜歩く』をはじめとする5つの長編と5つの中短編に登場する。 犯罪者に対して容赦ないことから、悪魔メフィストフェレスに例えられるが、引退後は「かかし」に例えられるほど温厚になっている(『四つの兇器』)。ギデオン・フェル博士のシリーズの1冊『死時計』で彼が言及されており、世界観が繋がっていることがわかる。 ただ、ちょっとソースが思い出せない

親魏倭王、本を語る その19

【南條範夫「華麗なる割腹」をめぐって】 『駿河城御前試合』で有名な南條範夫は主に時代小説で活躍したが、今挙げた『駿河城御前試合』をはじめ、不条理さや居心地の悪さが横行する作品も多く、それらを総称して「残酷もの」と呼んだりする。 母の蔵書に、光文社カッパノベルス編集のアンソロジーがあり、ホラーを含む広義のミステリーがまとめられていた。3巻本だったが、なぜか第1巻だけが無かった。この一つに南條範夫の「華麗なる割腹」という短編が収録されていて、これは三代将軍・家光の死に伴って殉死し