
親魏倭王、本を語る その19
【南條範夫「華麗なる割腹」をめぐって】
『駿河城御前試合』で有名な南條範夫は主に時代小説で活躍したが、今挙げた『駿河城御前試合』をはじめ、不条理さや居心地の悪さが横行する作品も多く、それらを総称して「残酷もの」と呼んだりする。
母の蔵書に、光文社カッパノベルス編集のアンソロジーがあり、ホラーを含む広義のミステリーがまとめられていた。3巻本だったが、なぜか第1巻だけが無かった。この一つに南條範夫の「華麗なる割腹」という短編が収録されていて、これは三代将軍・家光の死に伴って殉死した幕府重臣の、その家臣の殉死を描いたものである。主人公・山岡主馬の異常な切腹が読みどころで、そもそも殉死する必要がない山岡が、自らの死に花のために方便を用いて殉死を志願するという異常な筋書きなのである。これを読んだのは中学生の時だったが、同じアンソロジーに収録されていた高木彬光の「首切り志願」とともに強烈なインパクトがあった。
この中で知ったのが、殉死=切腹にも種類があることで、本来の忠心から切腹することを「本腹」、立場上、殉死しなければならなくなって切腹することを「論腹」、殉死に伴う報奨を目当てにして切腹することを「商い腹」と言ったらしい。
南條には小説のほか「歴史読み物」と言うべき作品もあり、『暴力の日本史』がよく知られる。読んでみたが、おもしろかったものの、著者の思想が色濃く出ているような感じがして、ちょっと居心地が悪かった。南條の歴史読み物では、他に『古城秘話』が知られる。
先に挙げたアンソロジーの収録作も大部分は忘れてしまったが、松本清張の「家紋」が最も印象深かった。
【アントニー・バウチャーのこと】
アントニー・バウチャー(別名H・H・ホームズ)はアメリカのミステリー・SF作家だが、文芸評論家としてよく知られている。
彼の代表作はおそらく『ゴルゴタの七』になるだろうが、これは東京創元社の『世界推理小説全集』に収録されたのち、創元推理文庫に再録されず、現在は入手困難である。
実作者としては寡作であるため、邦訳が進んでいなかったが、最近『九人の偽聖者の密室』が国書刊行会から邦訳されたのは喜ばしい。実は同書は『密室の魔術師』の邦題で別冊宝石に訳出されたが、単行本化されていなかった。扶桑社文庫から出た『密室の魔術師』はこの別冊宝石に掲載されたものを単行本化したものであるという。国書刊行会と扶桑社文庫、どちらも同じ作品なのだが、タイトル・訳者が異なるため非常にややこしい。自分は扶桑社文庫版を買ったが、まだ未読である。
他には現代教養文庫から『シャーロッキアン殺人事件』が出ていたが、版元倒産のため絶版になっている。