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親魏倭王、本を語る その29
【三毛猫ホームズの先輩】
赤川次郎氏が『三毛猫ホームズの推理』を刊行するのに約10年先行して、アメリカでリリアン・J・ブラウン氏が猫を探偵役にした『猫は手がかりを読む』を刊行している。僕の記憶が正しければ1966年の刊行だったと思うが、売れ行きが良くなかったらしく、10年以上続編が出せなかったという。
『三毛猫ホームズの推理』に先行する作品だが、日本で訳出されたのは1988年で、赤川氏はこれを参考にすることはできず、全くのオリジナルとして猫探偵ホームズを生み出したことになる。こういう、意図しないアイデアの重複が起きるのがどの世界でもおもしろいことである。
【北山猛邦氏の初期作品】
北山猛邦氏はデビュー当時、『「○○城」殺人事件』というタイトルの作品を書かれていて、これらはタイトルが共通することから城シリーズと呼ばれていたが、個々の作品は独立している。どうも5冊目の『「石球城」殺人事件』で止まっているっぽい。
このシリーズは異世界を舞台にした特殊設定ミステリーのように見えるが、読んでみると世界観とトリックその他に関連性がないのが特徴といえる。そうした世界観とストーリーの乖離に違和感があった(なぜわざわざそういう世界観にしたのかという疑問があった)が、ミステリーとしてはよくできていると思う。
【松本清張の隠れた名品】
松本清張に「美の虚像」という短編がある。『憎悪の依頼』という短編集に入っている作品で、短編としてはやや長めの分量だった。松本の作品ではあまり知名度は高くなく、テーマが作品の真贋なので地味なのだが、謎解きのスリルがものすごく、隠れた傑作だと思っている。
物語は、都久井という学芸担当の新聞記者が、あるスケッチ数点が贋作だという噂を耳にしたことから始まる。そのスケッチは遠屋という著名な評論家の鑑定書付きだったため、にわかには信じがたかったが、都久井が調査を進めるうち、一人の画家の存在が背後に浮かび上がるという展開である。
【トマス・フラナガンのこと】
トマス・フラナガンはアメリカの小説家で、本業は英文学の研究者だという。日本ではミステリー作家として知られるが、その作品は短編のみ、単行本1冊分しかない。その作品は『アデスタを吹く冷たい風』に収められている(日本独自編纂)。テナント少佐を主人公とする4篇のほか、全7篇収録。
代表作「玉を抱いて罪あり」(「北イタリア物語」とも)は歴史ミステリーで、フラナガンの代表作とされる。『有栖川有栖の密室大図鑑』で取り上げられていたので、ご存じの方も多いと思う。内容はうろ覚えだが、ルネッサンス期のある古城で発生した宝石盗難事件だったと思う。