仏教公伝が邪馬台国卑弥呼を隠す
やまとみずほの国に生まれて 第一話挿話
第一話の「国生みは壮大な王権拡大プロジェクト」において、卑弥呼の時代は神武東征より前と書いた。卑弥呼が記紀に記載されていないのが不可解との意見が多くあるが、万世一系の天皇家の祖先を天照大御神とするなら隠すのは当たり前だ。神武天皇の即位は紀元前660年である。先祖が紀元後の人物では歴史にならず、神功皇后ぐらいにしないと時系列が全く合わない。
戦前まで天皇は現人神ですから、当時は簡単に皇紀延長は信じられました。大唐に対抗して皇統を旧くした説がありますが、中国最初の統一王朝である秦朝でも紀元前221年の建国なので、紀元前660年まで頑張らなくてもいいし、殷周は紀元前10世紀になるので何とも中途半端です。丁度いいのは仏教の誕生、正確な年代は不明も紀元前6世紀頃インドで始まりました。
日本に仏教を導入したい蘇我馬子と従来の神道を推す物部守屋の争いが有名ですね。この時天照大御神が仏になって現れた姿が大日如来しであるとした方が、受け入れやすいとしたのが神仏習合だと覚えていたら、本地垂迹とは仏が神となって仮に現れたのが権現だと言う。神道側からは反本地垂迹説を唱えるが、中世以降は天皇家の奉ずる神道より仏教が主流なのがおかしい。
しかし記紀編纂時まだまだ仏が先では納得いかなかったのではと類推する。天照大御神が大日如来に化身するためには、仏教誕生より早く天照大御神は生まれていなければならない。したがって神武天皇即位を紀元前660年になるまで頑張った。大和王権は卑弥呼とは継っていないから、卑弥呼に関して記載しないとの意見もあるが、継っていても書けない立派な理由でした。
しかし記紀は卑弥呼についてはっきり書けなくても、神話にしてその生い立ちを暗号化した。どこから国の統一を図ったかを国生み神話にし、大和王権の確立までを各々の奉ずる神様に役を振って物語にする。卑弥呼に継らないなら魏志倭人伝通りに物語が展開する理由が分からない。邪馬台国から王権を奪ったなら誇らしげにそれを書いて、自らの出自を明らかに記せばいい。
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