お散歩で物語を知る
「あの人は、いつもこのベンチに座っている」
パンパンになったボストンバッグを傍らに置いて、傘を持ち、破れかけのブランドの紙袋を大切そうに持っている。
ざっくりとした黒いスタジアムジャンパーを羽織り、白髪交じりの長い髪にブルーのキャップを被っている。
昨日は、一人で物憂げに座っていたが、今日は散歩途中の女性たちと話している。
「その髪じゃ重いじゃろう、夏に向けて切ったら、乾くんも早いしね、楽じゃと思うよ、汗疹も出来んわい」
「タオル持ってなかったら、ハンカチで体も拭けんじゃろ、大変じゃねー」
熟年の女性二人が、彼女に話しかけている。
私は背中越しに、その会話を聞いていた。
質問に答える彼女の声は柔らかく甘かった。
「そうですね、切るんがええかな・・・」と答えている。
「何にも食べてないんじゃろ、これで何か食べたらええわい、500円しかないけど・・・」
「ありがとうございます」
私は「やっぱり、そうか・・・」と思った。
彼女にはきっと住む家がないのだろう。
公共の公園だから、水も手に入り、トイレもある。
もしかしたらこの場所は彼女にとって、大切な生活の拠点なのかも知れないと。
私は、彼女の顔をまっすぐには見られなかった。
数日前から、私は散歩を始めた。
緑いっぱいの公園の坂を上って、頂上にある広場まで、毎日一時間足らずの散歩を楽しんでいる。
季節の変化はもちろん、そこで出会う人たちの何気ない日常の営みをまるで物語を読むように感じているのだ。
頂上広場に上がる途中のベンチに腰掛けていた男性が、散歩帰りの仲間に声を掛けた。
「今日は上には、美人はいたかいなー」
「おったよー、まあ見方によるけどな・・・」
「ほうか、居ったか・・・、それは良かった」
私は、散歩の楽しみ方も様々なんだなと思った。
そして少し呆れていた。
頂上まで登ってベンチに腰かけていると、隣では初老の男性二人が、現役時代の職場の話をしている。
会話の様子から、散歩で知り合った人たちだとわかった。
よく知らない同士が意気投合しているようだった。散歩で友と出会う、それもまた楽しいなと思った。
孫だろうか、小さな子どもを連れた家族連れの女性が電話をかけている。
「あんたら、喧嘩しとるんかな、早よおいでや、待ちよるけん」
「お父さん、これから家を出る言よるよ」
いったいどんな喧嘩なんだろうと勝手に想像している私がいた。
三歳くらいの子どもを連れた夫婦が、テントウ虫と遊んでいる子どもに声をかける。
「バイバイ、また遊ぼうってお別れしよう」
子どもは促されて「バイバイ」と可愛く手を振っていた。
何とも言えない可愛い仕草だった。
私はこの子はどんな風に育つんだろうと眺めていた。
草の香りがする心地いい風が私を包んだ。
今日の散歩で、幾つの物語に出会ったのだろう。私はこれからの散歩が楽しみで仕方がない。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
《あんたは感性が豊かなわい》
「世の中にはいろいろな人が居らい、散歩でもそんなことが見えるんじゃねー、あんたは感性が豊かなわい、ほんと人生も色々じゃねー」
「お母さんも、よう行きよったろ」
「私が行きよった頃は、そんなことは考えよらんかった、散歩で人生が見えてくるとはねー」
母は髪の長い女性の話がとても気になったようです。きっとまた同じベンチで会うような気がします。
若葉風ひとそれぞれの散歩道
若葉風は青葉を吹き渡る、におうような爽やかな風の事です。
今の時期はお散歩には最適の季節です。
その人その人の散歩の形があると思いますが、人生も考え方によれば、思い思いの散歩を楽しんでいるのかも知れない、母はそんな気持ちを詠みました。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
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