【映画感想】人体を外側から見続けた人間の内面|人体の構造について(De Humani Corporis Fabrica)
お品書き
今回は、つい最近観た映画「人体の構造について」(原題:De Humani Corporis Fabrica)について、あれこれ考えてみたいと思います。
ちなみに、TBS DOCS が初めて買い付けた洋画作品とのことです↓
公式サイトはこちらになります↓
まず
この映画の表題をみて、
の解説を期待したり、想像したいのであれば、NHKスペシャルとか、ナショナルジオグラフィックとかをご覧いただいた方がいいと思います。
最初から、
の話であれば、普通にCGを使うとか、権威の先生に講釈をいただく教養番組がすでに制作されてるんで、そっちを観ればいいですし、
擬人化したものがよいなら、映画「はたらく細胞」をご覧になったほうが、よっぽど有意義な時間を過ごせると思います↓
まー、あとで映画のパンフを読んで、私の中でよくわかりましたが↓
今回の話は医師や医療従事者からの人体をみるというよりは、
だと思うと、入りやすいかもしれません。
言葉が美しくないからこそ
まず、この映画に登場する医療従事者が吐く言葉は、日本の患者さま中心の医療という習慣にいる患者サイドからすると、かなり違和感を覚えるでしょう。
ただ、医療従事者も人間ですから、当然、患者と同じ感情とか、疲労であるとかがあるわけです。
本作では、
という面が強調されていると思います。
このため、医療従事者の愚痴であったり、医師と看護師間の口論の場面であったり、手術の助手があまりにトロくて激怒されたり、後輩へのダメだしもそのまま表現されています。
同時に、
を感じることができます。
そこには、
が彩を添えてくれます。
確かに、映像で見れば、鏡視下でみる体内、摘出された臓器や赤ん坊、そして死体は、私自身そんなに気になりませんが、綺麗な世界しかみていないと、よりグロく映ると思います。
神秘的ではない"モノ"としての人体
本作では、帝王切開と遺体安置所の2つで、人間の生と死を直接扱います。
冒頭の集中治療室に勤務する看護師の愚痴も頷ける点もありますが、実際の"モノ"の映像の迫力には劣ります。
まずは、帝王切開のシーンから。
帝王切開で生まれる女の子は、普通であれば、確かにかわいらしく見えます。
しかし、中にいる看護師たちからすると、新生児がいわゆる先天性心疾患なども見落とすとシャレにならんので、手順に沿って、異常の有無を確認します。
扱いとしては、赤ん坊をあやしながらではありますが、"モノ"として検品しているようにも映ります。
あとは、遺体安置所でのエンゼルケアのシーン。
さすがにドキュメント映画とはいえ、比較的映写に耐えうる遺体でした。
しかし、過度にご遺体を尊重するのではなく、感染症対策を施しながらの"作業"としてエンゼルケアをしてるシーンは、私は「死」が日常にある場所で「生」をイキイキ感じるエリアに映りました。
警備員と患者が映し出す医療のカオス
本作では、ほぼ説明なしにカットが切り替わりますが、私が印象的に映ったのは、警備員と徘徊する患者です。
警備員に関しては、日本国の病院では見ることがないでしょう。
ただ、2019年にパリの救急病院でストライキが起きちゃう国ですから↓
病院内で暴力沙汰が起こる前提で、配備されているとのこと。
そこには、ヒポクラテスの誓いとか、ナイチンゲールの誓詞が通用しない"現実"を現していると思います。
加えて、時折でてくる徘徊する患者(認知症とのこと)と対応している介護士をみていると、人体は"現実"は綺麗事ではないカオスな歪さの中にいることを痛感させられます。
乱痴気騒ぎにみる医師という仕事
本作では、手術、摘出された臓器、丸見えの性器、遺体からのグロさが目に映るかもしれません。
しかし、一番のグロシーンは、クライマックスのサル・ド・ギャルドの乱痴気騒ぎかと思います。
サル・ド・ギャルドは、医師しか立ち入りができない病院内の食堂です。
医師だけというヒエラルキーの中に保たれた空間で、
の境界がない(白人のみ?の)ヒトが描かれているエログロなフレスコ画の元で、医師たちがバカ騒ぎをする…
少なくとも、この場面は、
という医師特有の日常を描いているんだろうとは、思いました
もし、本当のドキュメント映画というなら、フレスコ画の前で乱痴気騒ぎしている実際の医師たちのエログロな姿を、警備員や認知症患者と同じように"情報公開"してもよかったと思います。
ただ、最後のシーンは確か、New OrderのBlue Mondayが流れてはじめ、医師がタバコに火をつけてから宴が始まり…あとは、ひたすらフレスコ画だったと思います。
この作品では、カテーテルが刺さったままの男性器、硬直した死体なんかははモロ見えです。
しかささ、宴のシーンに関しては、宴に馴染めていない黒人医師以外は、忖度が働いてるかのごとく、よくわからないまま、延々とBlue Mondayとエログロのフレスコ画が映し出されます。
フレスコ画のシーンだけを切り取って、あれこれいうのは本質からハズレそうです。
そんな中で、敢えて私が文字にするなら、ラストシーンは、
という病院内の最上位にいる者だけに許された、一瞬の解放の儀式かなとも思えてきます。
清濁併せ呑む
人体の構造についての映画は、フランスの病院が舞台です。
これを日本に当てはめてみると…。
医療従事者のホンネとしては、映画に出てくる医療従事者たちと、さほど変わらないかと思います。
ただ、国民が要求する日本の医療従事者像が、あまりにも清過ぎて、高望みされ過ぎのため、100%のホンネは公言できないと思われます。
そんな状況下の日本では、本作のようなドキュメント映画は、仮に医療従事者のホンネを語る記録映画…にしても、多分批判が殺到して、作れないと思います。
フランスだから制作できたにしても、
が交わって存在する本来の人間の姿を改めて見つめ直すには、ちょうど良い作品だと思います。
本作はPG12なんで、おこさまがじっくり楽しむ映画ではありません。しかし、自分の教養や常識を確かめる試験紙にはなるかもしれません。
(了)