七〇八号室

生活のはなし

七〇八号室

生活のはなし

最近の記事

  • 固定された記事

秋の雑記 2023,10,14

自分らしさってなんだろう、とか お金無いって思い続けるのって苦しいな、とか 将来うまくいかない想像とか そんなことばかり考えながら、高辻通を歩く あんまり気に入らない新しいネイルを空にかざして、何度か爪をきらきら光らせた ヘッドホンが、あたたかく感じる季節になった 耳元からは、大好きなバンドの新譜が流れていて、不意に銀木犀の香りが掠った 好きだった先輩の現在とか、連絡が取れなくなったあの人のこととか、そんなどうしようもないことが浮かぶのが、秋だと思う 短いくせ

    • 四畳半タイムマシンブルース あの頃は、何をしても寝れず朝日をうらみ、昼間は眠剤で眠く何をしても眠くて睡魔に勝てなかった どれだけ楽しみにしていた映画も、見切れず、寝た

      • 言語が隔てるものとは

        「歡迎光臨」お店に入るたびに言われる言葉 会員ですか?温めますか?載具ありますか? 次から次へと言葉が飛んでくる 言葉のキャッチボールもままならないわたしは、小さく首を振るだけ わからない顔をする私に、めんどくさい、といった表情の店員 その繰り返しを経て、コンビニに行くことすら嫌になった 何気ない暮らしのすべてで、宙ぶらりんだった 赤ちゃんに戻ったような日々だった 意思はあるのに、通じない、伝わらない もどかしさを感じながら暮らして3ヶ月が経ったある日 自

        • 自分が自分でいること 自分らしくいること 自分の感情に気づいて向き合ってあげること 簡単じゃないけどその繰り返しをして自分を大切にできたら

        • 固定された記事

        秋の雑記 2023,10,14

        • 四畳半タイムマシンブルース あの頃は、何をしても寝れず朝日をうらみ、昼間は眠剤で眠く何をしても眠くて睡魔に勝てなかった どれだけ楽しみにしていた映画も、見切れず、寝た

        • 言語が隔てるものとは

        • 自分が自分でいること 自分らしくいること 自分の感情に気づいて向き合ってあげること 簡単じゃないけどその繰り返しをして自分を大切にできたら

          夏、京の随に

          京都は四条、四条河原町。 大きく深く呼吸をして、心の中で「ただいま、」と呟いた 見慣れた景色たちが、妙に輝いている 毎日通っていたコンビニには、新しい店員が入って来たらしい ここでの暮らしが過去になるなんて、なんだか不思議だった 知ってるのに、知らない どこか懐かしい そんな過去になったらしい 河原町を闊歩すると、どこからか祇園祭の音が聞こえた ああそんな季節か イヤホンの隙間から街の喧騒が入ってくる それがなんだか心地よかった 市バスに乗って、街を眺め

          夏、京の随に

          113年/二〇二四,文月

          5歳上の姉を見て 「お姉ちゃんの年齢になったらこんなこともできる大人になれるんだ」 そう思っていた幼少期の頃 でも、「あの頃の姉」の年齢である10歳や20歳、どれを越してもなお、あの頃の「大人」の理想像とは程遠い、情けない自分がいる 「何がしたい?」「将来何になりたい?」高校のときも、大学の時もその答えは出なかった 答えも出ないまま、自分自身の快不快、得意不得意もわからないまま大学卒業を迎えた 新卒切符、というものを捨てた、というか、拾えなかったわたしは海を越えて

          113年/二〇二四,文月

          これまでとこれからと

          台湾で暮らしはじめて2ヶ月弱経った 梅雨も明けて、毎日これでもか、という陽の光を浴びている 生命力の高い大きな大きな木や、見たことのない鳥がいて、夕方になるとスコールが降る 南国を肌で感じる日々  自然と共に生きている感じがする 18年間の地元での暮らし、4年間の一人暮らし、それらの生活の中で意識すらしてこなかった細やかな動作、生活の過程を、ひとつひとつ噛み締めて、確かめている 何をするにも、簡単にはいかない日々 新しくできた友人たちとの他愛のない穏やかな時間が

          これまでとこれからと

          轟音の中でだけ息が出来た、そんな夜がいくつもあった

          轟音の中でだけ息が出来た、そんな夜がいくつもあった

          ここで暮らすということ

          今朝は、真っ青な空と降り注ぐ日差しが眩しかったのに、夕方になるとスコールが降ってきた ここでの暮らしは、便利さや整った暮らしとは遠いけど、天気に一喜一憂して、ありのままを受けてれて、委ねて過ごそうとするそういう豊かさがあると知った 鉄の扉を開けると、古びた匂いがした 夕方17時 薄暗いコンクリートの階段をひたすらのぼると、自然と「ただいま」と口にしていた 真四角の部屋 ここが居場所になるなんて 深夜0時 数千キロ離れた土地でよく聴いていた歌を聴くと、あの時の気温

          ここで暮らすということ

          22度目の夏は台湾で

          深い青がどこまでもどこまでも続いて、 さまざまな虫の音を聞きながら緑をかき分けて進むと、となりの家に辿り着いた そこには、夏の間だけ、アメリカから帰ってくる同い年の女の子がいた お茶犬のおままごとをしたり、かくれんぼをしたり 時には、一緒にミートソーススパゲッティを食べた 生い茂る緑の隙間から、彼女の家が見えて、そこから窓から顔を覗かせて、午後遊べるー?と声をかけるあの時間が好きだった あの頃は暑いねぇと言いながら、少ないお小遣いを握りしめて駄菓子屋に行ってアイス

          22度目の夏は台湾で

          聞かせて

          出会って1ヶ月も経たないけど、一緒にいろんな「はじめて」経験をしたり、小さな冒険をしたりした友人が部屋に泊まりにきた 彼女と朝まで、政治、国、地元のこと、カラオケの十八番、学生時代にハマっていたもの、中華料理屋のバイトのこと 色んな話をした カーテンの隙間から朝が覗いた夜のことを、わたしはずっと忘れたくない どれだけ今が苦しくても、先の未来が見えなくても 大きく口を開けて笑って、「美味しいご飯が食べれたら幸せ」とこぼす友人が、そばにいてくれた そんな日の積み重ねが、

          寝苦しい夜に洗濯を

          心拍数が上がって、鼓膜がぽわぽわと埋まる感覚がした 父からの連絡 その文章たちを読むと、言葉が棘のように刺さって苦しくなった 家族に支援してもらってのうのうと大学生活を送り、今は台湾で学生生活を続けている 周りが就職活動をしている傍らで、わたしは違う国で学生を続けることを選んだ、選ばせてもらった 意気地なしでいつも情けないわたしは、 親元に自由を提示してもらうだけの不甲斐ない人間だ 23歳になるというのに、自立する気配すらない 故郷を離れて、気づけば海も渡って

          寝苦しい夜に洗濯を

          握りしめた日記と雨季の晩

          灰色の空を見上げると、小粒の雨が頬に触れた Tシャツが張り付いたまま歩を進めると、なんか、大丈夫だって思えた 数日前の晩は、鬱の波に溺れて、久しぶりに長い長い孤独で苦しい夜を過ごしたが、そんな波も落ち着いたらしい 思考が蝕まれてる時は、本当に本当に「最悪」なケースの想定しかできず、呼吸が浅くなって、脳みそ全体からSOSが出て、航空券を未漁る 今も120パー元気です!とまでは行かなくても、この暮らしをそれなりに頑張って保てる、ぐらいまでには復活した ---------

          握りしめた日記と雨季の晩

          大丈夫 あの時感じたときめきをまだ持っている 新鮮なあの頃を 新鮮にあの頃を

          大丈夫 あの時感じたときめきをまだ持っている 新鮮なあの頃を 新鮮にあの頃を

          雨時々曇り

          台湾生活14日目 なんとまあ、かなり、精神的にキテいる どこか遠くに逃げたい、どこかどこかと、と 遠くの地で暮らすことを所望していたけど 当たり前に、簡単じゃなかった 心療内科に通いながら繋いでた日々のことを忘れていたらしい すべては経験、前向きに頑張ろう!の自分と、今すぐ日本に帰りたい、もう無理だ、でも帰る場所がないよう、と嘆く自分 台北は薄暗い いつも曇りか、雨 アパートの階段はいつも暗くて、夜のよう あと少しだけ踏ん張ってみる、を繰り返してそれが日常に

          逃げた先で暮らす

          台湾は現在17時半 光の入りがわるい窓の向こうはまだ明るく、日がのびたなあなんて呑気に思っていた頃を思い出したりする 現在、台湾生活3日目 ベッドでもぞもぞと思考を張り巡らせていた時、久々にnoteを更新しようと思った 台湾に住みたい、そう思ったのは大学3回生の春、周りが着々と就活を進めている中で、私だけ先の未来を想像できなかった頃 旅行じゃなくてここで暮らしたい、そう思った そう思ってしまってからというものの、你好と謝謝しかわからない状態からすべてが始まった

          逃げた先で暮らす