島の書店が紡ぐあたたかな物語。『書店主フィクリーのものがたり』ガブリエル・ゼヴィン
アリス島にたった一つの書店アイランドブックス。夏の観光客を相手に本を売るお店。店主は偏屈なA・J・フィクリー。美人の妻を事故でなくした後も、奥さんのふるさとアリス島で書店を経営しています。この物語は、実はアイランドブックスという書店の物語でもあります。
冒頭、この書店にやってくるのはナイトリー・プレスの営業アメリア。てっきり、本を愛する知的な女性と偏屈な書店の店主が恋に落ちる話かと思ったら、アメリアは前任者が亡くなったことをうかつに伝えて、フィクリーにけんもほろろな対応をされて退場。
知人を亡くしたことを知り、悪酔いしたフィクリーの店からエドガー・アラン・ポーの稀覯本が盗まれます。あれ? これってミステリーの本だったのかな?と思って読み進めると、やけになったフィクリーが書店のドアに鍵をかけないことにしたので、今度は見知らぬ2歳児のマヤが店に置き去りにされる展開。もう目が離せません。一気読み確定です。
稀覯本の窃盗と、2歳児の置き去りに困ったフィクリー。偏屈な彼を助けて、相談役になってくれたのは警察のランビアーズ署長。しかも、フィクリーがまさかのマヤの里親宣言したことで、心配をしてマヤのゴッドファザー(名付親)になってくれます。
本を全くよまなかったランビアーズ署長は、足繁くアイランドブックスに通ううち、本を読むようになり、読書会を開くようになり、これが書店の人気企画になっていきます。
夫の浮気と流産に悩んでいたフィクリーの妻の姉イズメイ。マヤの食事を心配してくれたり、ダンス教室を勧めたり。他にも、アリス島の住人たちは、好奇心いっぱいにマヤの様子を見に来て、なにかと世話をやいてくれます。おかげでマヤはすくすく本好きに育っていきました。
マヤのおかげで人間的に丸くなったフィクリーは、ナイトリープレス営業のアメリアとの関係も進展していきます。読んだ本の感想をメールで送るラブコールの結果、フィクリーとアメリア、マヤという血のつながりのない3人が、アイランドブックスを中心に、愛情たっぷりの生活を送るようになっていく様子は、心にじんわりあたたかいものをプラスしてくれます。
この物語は、ストーリー展開もさることながら、文章が本当にステキです。翻訳者の小尾さんによれば、ほぼ全文に動詞の現在形が使われているとのこと。おおよその流れはフィクリー主役で、あとはアメリアだったり、マヤだったり、ランビアーズ署長だったり、イズメイだったりします。なにより、彼ら登場人物はみんなどこかしら欠点だらけで、でも彼らの会話はとてもやさしいんです。映画を見ているみたいな彼らのコミュニケーションは、できれば英語で読んでみたいです。
小説の各章の扉には、フィクリーがマヤに向けた読書メモがあって、この本も1冊1冊読んでみたら、きっと小説全体の雰囲気をもっとわかるんじゃないかと思います。
物語は、マヤが有名な小説家になってフィクリーが自慢いっぱいで終わるのかと思ったら、これまた予想外の展開。でも、電子書籍が売り出されて、書店の経営がいままでのようにいかなくなったとき、引き継いでくれた人たちがこんなふうに地元に唯一の本屋を続けてくれたらステキだなと思います。超おすすめの良書です。
『書店主フィクリーのものがたり』は、ふと思い出したときにまた読みたくなる本です。同じように読みたくなる本に、『そしてバトンは渡された』があります。なんでですかね?