トラウマ治療/トラウマセラピー:センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の本紹介

パット・オグデン, ケクニ・ミントン, クレア・ペイン著『トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際

べッセル・ヴァン・デア・コーク(『身体はトラウマを記録する』著者)による「はしがき」より以下抜粋

生きるということは、この世界にかかわる自分自身の方法を作っていくことであり、生得的な脳神経回路にかかわりがあります。

人間は、情動に基づいて意思決定をしたり、また特別なジレンマを解決しており、「身体的感覚(physical, bodily feelings)」がこの情動の基礎になっている。

動物界の中で人間が他の動物と異なっている点は、その柔軟性です。環境に対して反応するときの選択肢が多いということです。(中略)したがって、犬や他の動物の条件づけよりも、はるかに複雑な方法で環境に対処できるようになっています。

少なくとも1889年(Janet)以来、トラウマを受けた人は、それを想起させるようなものに出会うと自動的に身体がそれに反応してしまい、その反応は過去には適切なものであったが、今は不適切で見当違いな反応であるということが注目されています。トラウマを受けた患者は、それが発生したときの行動をくり返したり、あるいはくり返しそうになったりします。そして、いつまでも続く同じことのくり返しに疲れ果てています。

トラウマに関連して、自動的にホルモン分泌や身体反応が活性化しやすいと理解すると、なぜトラウマを受けた人が何かの引き金となる出来事によって、不合理で、今の自分には害となるような反応をするかということが明らかとなります。少しの出来事で怒りが爆発したり、失敗したときに動けなくなったり、無力感に陥ってしまうなどのことがおきています。身体や身体運動における過去の経歴を理解しなければ、彼らの情動は不適切で、行動は異様にみえます。未完了の過去はそれを抱える人にとって、恥や困惑の原因になる傾向があります。

脳画像研究はトラウマを受けた人々に関して、大きな成果をあげています。最も有力な成果の一つは、「高度な機能である」未来を計画したり、行動の結果を予測したり、不適切な反応を抑制する脳の部分は、トラウマを受けると十分に活性化しないという発見です。小さな子どもが思い通りにならないことがあると癇癪をぶつけるのと同じく、トラウマを受けた大人は脅威となる刺激を受けたとき、初期の自己防衛反応に戻ってしまいます。

トラウマの本質は、保護し、介護してくれるはずの人からの見捨てられ感と、まったくの無力感の合わさったものです。おそらく、この現象で一番わかりやすい動物モデルは「避けがたいショック」という実験です。その実験では、生き物は自分からは何もできない状況で苦痛を与えられます。こうすると、最後には、うずくまり、脱出を試みるのをあきらめてしまいます。トラウマ(心的外傷)を生じさせるであろうと思われるのは、人が脱出をもはや想像することができない状況であるようです。戦うことも逃げることも、もはや選択できない、そして、自分が抑圧されて、無力であると感じるときがそうです。(中略)捕食者は後退しないし、やめないし、保護もしてくれない。そして、トラウマを与えられた人がとるどんな行動も安全な感覚を取り戻すことができないのです。

内部でおきている感覚、情動、そして身体の状態を認識することができないと、人は自分に必要なことを自覚したり、それを充足したりすることができなくなります。さらにそれは情動状態とそれにともなう欲求を認識できなくなるという困難を生じます。自身の内部の状態を認知し、調整することができないので、脅威に直面すると打ちのめされるか、逆にほんの少しの苛立ちで激しく非難したりします。そうなると日常生活を空虚に感じます。

現在教えられている主要な心理療法である認知行動療法(CBT)精神力動療法(精神分析療法)では、理解と洞察が中心となります。(中略)認知行動療法(CBT)と精神力動療法(精神分析療法)のどちらも身体感覚とその意味や、あらかじめプログラムされた身体的な行動パターンについてあまり注意を向けていません

トラウマを受けた人は最初のトラウマを受けたときの感情や行動をプログラムのようにくり返してしまいます。これを止めるには洞察と理解だけでは不十分だということを治療者は認識しました。そして自動的な身体的反応を引き起こす、このプログラムを書き換える技術を探し始めました。

さまざまな文化にそれぞれ体の動きや呼吸を用いる伝統的な癒しの技法があります。ヨガ、気功、太極拳、その他のアジア的、アフリカ的な伝統技法などがあります。

センサリーモーター・サイコセラピーは、大部分のトラウマが対人関係により生じるという事実を重視しています。すなわちトラウマによって心理的、身体的境界線の侵害、状況に対する主体性の欠如、自分自身をコントロールする能力の欠如などがおきています。虐待された子どもたちやパートナーからの暴力にさらされている女性たち、投獄された男たちなどのように人々からの協力がなかったり、人が自主的に生きるために最低限必要な生活条件を欠いている人は、虐待と脅しに迎合したり、あきらめて服従する傾向があります。

特に残虐行為が反復的で容赦ない場合は、生理的な自己コントロール不全(過覚醒と低覚醒)や身体が緊張し動けなくなるなどの問題があります。このように問題のある反応が習慣的なものとなっています。本来は主体性をもって理性的に「ものごとに対処する」状況においてさえ、ふさわしくない行動を引きおこし、症状が慢性化します。

トラウマを受けた人の多くは解離や、人格の不統合を体験するようになります。通常は有能で集中力もある人が過去のトラウマ体験を感じたり、それと似ている状況に置かれると突然に虚脱してしまい動けなくなったり、柔軟性がなくなり無力感におそわれたりします。

センサリーモーター・サイコセラピーは、トラウマ的であった過去が、自分についての見方や世界との関わり方にどのような影響を与え続けているのか、ということに直接的に取り組みます。人が過去の自分の物語にどのような意味を見出すかということよりも、クライエントの現在の身体感覚と気づきに焦点を合わせます。

身体指向のセラピーは、過去の体験は現在の生理的な状態や行動傾向に内在化しているという考えを、その基礎にしています。トラウマは、呼吸、ジェスチャー、身体感覚、動き、情動や思考において再現されています。センサリーモーター・サイコセラピーのセラピストは、トラウマ体験の想起に立ち会ったり、それを解釈したりするよりも、自分自身への気づきを促進し、自己調整能力がよくなるように援助しようとします。セラピーは世界に適応し、そこで生きていく新しい方法をみつけるために、感覚や行動傾向にはたらきかけるものとなるのです。

トラウマを受けた人とのワークでは、克服すべきいくつかの課題があります。人が人と接触し調和するのは、生理的な自己調整にとって基本的な要素です。しかしトラウマがある場合は、しばしば人との親密さに恐れが生じます。そして人に近づくことを考えるだけで、傷つき裏切られそして見捨てられた過去の記憶がよみがえります。その結果、人から見られたり、人と親しくしようとすると、平静でいられなくなります。したがって信頼感を生むためには、クライエントがコントロールできる身体感覚の習得を援助することが重要です。そのために生理的興奮を調整する方法を求めたり、身体的境界線を確立したりします(呼吸法や体の動きを練習して)。そして自分自身を守り、防衛できるという感覚を取り戻すことに焦点を当てます。

パット・オグデン(Pat Ogden)が本書の中で強調しているように、「トラウマを受けたときには有効に使えなくて、それ以来、捨ておかれている有用な防衛手段をみつけ、使えるようにする」のです。

PTSDを受けた人の脳の前頭前皮質の血流が減り、活性低下がおこることを示しています。すなわちトラウマを受けた人は、概して自分自身の内面の感覚と認知に十分にかかわることができないという問題が生じます。だから内部感覚に注意を向けるように要請すると混乱したり、何も感じないと言ったりします。最終的に内面への注意が向けられるようになったとき、それはトラウマに関係した認知や感覚、そして情動などの埋まった地雷原に足を踏み入れることを意味しているのです。

トラウマを受けた人は、しばしば自分自身を嫌悪し、自分の体についても否定的なイメージをもっています。そして体に注意を払わない方が、より楽なのです。しかし人間は自分をいたわるためには自分の身体の要求や必要に耳を傾けなければなりません。それゆえに、セラピーとは、思考、感情、身体感覚、湧いてくる衝動など、内的体験の浮き沈みを注意深く観察できるよう学習することであると、パット・オグデン(Pat Ogden)は提起しています。トラウマを受けた人は、何よりもまず、感覚や感情とともにいても安全であると学ぶ必要があります。

いったん自分の内部で感覚がたえず動き、変化していると理解するならば、かなりの程度まで自分自身の生理的状態を制御できます。そして過去を想起しても情動に圧倒されなくなり、主体的に有機体の内部状況にかかわる方法をみつけようとします。患者が自己の身体経験への気づきに耐えられるようになると、生き残りのために捨てた、身体的な衝動と選択できる自由を発見します。

トラウマを受けた人は、脅威を感じると、戦う、あるいは逃げるという適切な対応ができなくて、しばしばその場で動けなくなってしまいます。センサリーモーター・サイコセラピーは、トラウマ的ではない刺激に気づく学習をし、現在に再統合するのを助けます。これにより新しい体験から学ぶことができるようになり、くり返される過去のトラウマ体験の影響を、トラウマ体験以降の情報により修正できるようになります。

パット・オグデン, ケクニ・ミントン, クレア・ペイン著『トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際』べッセル・ヴァン・デア・コークによる「はしがき」より抜粋

べッセル・ヴァン・デア・コーク(『身体はトラウマを記録する』著者)による「はしがき」に、とても重要なことが書かれていると感じたので、長くなりましたが、ご紹介しました。