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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#創作

【ショートショート】 ワタシたちが生きるように

「何でも言って」と彼女が笑って、 「じゃあ、金木犀の匂いを包んで」 と、彼がリクエストを出しました。 白紙のワタシを一枚剥がして、彼女がこっそり何かを塗り付けます。そして、折りたたまれたワタシは彼女のポケットに入りました。 こんばんは。ワタシは原稿用紙です。 表紙に目があって、十二ぺージ目に心があります。 天のりから剥がされても、一枚一枚、意識を共有できます。なんだかプラナリアみたいでしょう? もう何年も、彼女のクローゼットに住んでいました。 「誰にも共感されない小説を書く

【秋ピリカ】わたしを束ねないでください。

ちいさな紙の束をたばねる。 ちいさな会社のちいさな資料だ。 失くしてしまったとして誰も困らないような そんなささやかな紙の束だ。 はじっこを出来るだけあわせて、ばらばらにならないようにカキンとやる。 紙がすこし分厚い時。 あの指にかかる微かなステープラーの圧力の中には、みえないぐらいの罪悪感が潜んでいる気がする。 紙を束ねているのにいつからかじぶんを束ねているように思ってしまう。 紙谷栞は、名の如くもはや紙なのだ。 名も知れぬ紙だから平気で誰かに束ねられてしまう。 佐伯

ビリビリの愛をくしゃくしゃに込めて【#秋ピリカ応募作品】

私が3秒、目を離した隙に。 くしゃくしゃに丸まったソレを、翔が飲み込んだ。 「あ、だめ!」 私は叫び、翔の小さな口から、なんとかソレを吐き出させた。 オエッ! 翔が吐き出したのは、美しい虹色の紙だった。本来はもっと美しかっただろうソレは、涎と、さっき食べたバナナが入り混じって、薄黒く汚れていた。 「華!」 私は彼女をすぐさま呼びつけた。 「コレ!華でしょ!?」 華はリビングの隅で、また折り紙を引き裂いていた。さまざまな紙を引き裂き、おもちゃ箱にため込むのが彼女

罪なる紙 秋ピリカ応募作

はるか昔の時代、免罪符と呼ばれるものが存在したらしい。人々は何も記されていない純白の紙に意味を見出し、自らの罪をそれと同じ状態にするためにそれを求めた。 そんな免罪符と、今手元にある紙はある意味対極に位置すると言える。何故ならこの紙は存在そのものが罪なのだから。 俺は手のひらサイズの小さな紙を、自分の指で撫でる。直に伝わってくるザラザラとした感触はどう考えても粗悪品のそれだ。しかし、バーチャルではなく確かに実在するこの紙は俺にとって何より大切だった。 今の時代、富裕層以外の人

我ら紙の子団 【秋ピリカ】

ある日曜日の公園。 今日もまたおじいさんの紙芝居が始まりました。 観客はいつもほんの数人だけ。 それでもおじいさんは毎週必ずやってきては楽しそうに紙芝居をします。 紙芝居を終え家に帰ると、おいじさんは決まってこう言います。 「みんな、お疲れさま」 すると突然、紙芝居から小さな影がわらわらと出てきました。 彼らはおじいさんを陰で支えている紙芝居劇団「紙の子団」です。 周囲を驚かせないよう外ではいつもこうして紙の中に隠れています。 「みんな今日も最高だったよ、ありがとう。

こころを漉くもの 【秋ピリカ応募】

「なぁ、石塚さんとこの孫娘が帰って来ちょるの、知っとる?」  背後から不意に自分の苗字が聞こえてきて、倫子は思わず体に力が入った。 「そりゃみんな知っとるいね。じい様の紙漉きを手伝うんじゃろ?」  初老の女性が二人、買った物をエコバッグに詰めながら話している。その「みんな知っとる紙漉きを手伝っている孫娘」がすぐ近くにいるとも知らずに。  レジの近くにいた倫子は、二人に気づかれないようそっとスーパーマーケットを出た。祖父の軽トラに乗り込み、エンジンをかける。  この町に来てから

創作|ラブレター

実に冴えない学生生活だった。 学校からの帰り道、聡太は両手をポケットに突っ込んだまま、秋の風に吹かれながら家路を急いでいた。 「さぶっ」 夕暮れ時の秋風は、昼間のそれとは違い、もの悲しく、痩せた聡太の身には冷たかった。 やがて冬が来て、春になり、3月には卒業だ。 大学には行かない。 特にやりたいこともない。 卒業したら、とりあえず爺ちゃんの手伝いでもしようと思っている。 爺ちゃんちは農家だ。 郊外の小さな畑で野菜や花を育て、道の駅なんかに卸している。 小さい頃から

紙一重〜左手にはペーパーナイフ〜【掌編小説】

幾度となく見返した。 3冊のスクラップブック。 波打つ紙の端。 2年分の思い出がぎっしり詰まっている。 1冊目の最初のページは銀杏並木を見上げる君の写真。 肩の上で揃えた柔らかな髪が風になびいている。 タイトルは『告白』。 僕たちが恋人同士になった日。 君専用のスクラップブックを作ろうと決めた日でもある。 次のページはクリスマス。 ツリーの飾り付けをする君の後ろ姿を写したもの。 タイトルは『誓約書』。 ツリーは私有地である裏山のモミの木で作った。 その裏山は今、紅葉のシ

創作 紙屑が入れば

くしゃくしゃに丸めた紙をゴミ箱に投げ入れようとして、私は思いとどまった。 ただの四角い箱のような狭いワンルーム。散らかった部屋の中で私はデスクチェアに座っていた。机には仕事で必要な書類が置いてある。在宅でする仕事も疲れるものは疲れるし、さっきは上司に嫌味を言われた。 私はストレスに任せて不要な紙をくしゃくしゃに丸め、そして今。ゴミ箱に投げ入れようと振りかぶった腕を一旦下ろしていた。 なんとなく願掛けをする。 この紙屑がうまくゴミ箱に入れば、何かとてつもなく良いことが起

掃除当番の企み 【創作】 #秋ピリカ応募

厳しかった寒さが緩んで、凍てつく受験の緊張感から解放され、残されたイベントは卒業式だけになった。あと数日、授業とはいえ宙ぶらりんな日々。 中学3年、2月下旬。 僕は、推薦合格をもらったから、受験勉強らしいことをしなかった。入試を乗り越え合格を決めた友人たちが、褒め合っているのを目の当たりにすると羨ましかった。 「あのさ、卒業までに面白いことやろうよ!」同じ班のマキが振り返って、目をくりくりさせながら提案したのは、午前の休み時間に入ったときだった。 「いいね、何やる?」

昔語 | 「紙女」

 むかしむかし。奥州の雪深い寒村に太助という木こりの若者がいた。  ある秋の夕刻、山仕事を終えた太助は下山時に足を怪我し、帰りの峠道で動けなくなった。そこに色白で顔容美しい人形のような女が現れた。峠道から少し森に入った女の小屋で手当を受けた太助は無事に村に帰ることができた。  足が回復した太助は礼を言うため女の家を再び訪ねた。女は名はハルといった。それから太助は山仕事の帰りには必ずハルの小屋を訪ねた。はじめは無口だったハルも次第に打ち解け、あるとき太助にこう言った。 「燃え

紙ひこうき、飛ばない

世の中の人の多くは大学教員の仕事を誤解している。授業や研究は、それほど大変ではない。 一番つらい仕事は何かと問われたら、十中八九、テストの採点というだろう。例えば、400人教室いっぱいに学生が授業をとっていたとする。その400人の採点を、多くの教員は一人で行わなければならないのだ。 AIが発達したせいで、レポートを課すと、似たり寄ったり、当たらずとも遠からずのつまらない答案ばかりを400人分読まされる。苦行。テストを意図的に欠席し、俺の手間を減らしてくれた学生こそ、合格!

琥珀の紙面に想いを綴り閉じ込めて#秋ピリカ応募

近く遠く教会の鐘の音を聞きながら、ふわりと私は意識を取り戻す。 目の前には、淡い光を灯す『琥珀堂』の看板がある。 裏路地にひっそりと佇むこの店を、そういえばあの人は古書店や私設図書館のようだと言っていた。 「あの」 重い扉を開いて足を踏み入れると、月光硝子のカンテラの中で星のカケラがシェリートパーズの色を帯びて燃えている。 それは壁という壁を埋め尽くす本たちに優しい影をゆらめかせ、ひどく幻想的だった。 「ようこそ。お待ちしておりましたよ、さあ、どうぞこちらへ」 店主は

【小説】指切り

「あたし、秋津となら一緒に暮らせそう」  あーちゃんは俯いてノートに文字を書き連ねながら言った。心臓が跳ねる。 「どうしてまた急に」 「だって秋津、あたしなんかと仲良くしてくれるし、かわいいし、ノート写させてくれるじゃん」  にやりと笑ったあーちゃんの手元には、全く同じ内容が書かれたノートが二冊並んでいる。 「ルームシェアってさ、憧れるんだよね。でも花江とか明里とか、あいつらガサツだしうるさいし、男とか連れてきそうだし。絶対無理」  あーちゃんがいつもつるんでいる女の子た