ビリビリの愛をくしゃくしゃに込めて【#秋ピリカ応募作品】
私が3秒、目を離した隙に。
くしゃくしゃに丸まったソレを、翔が飲み込んだ。
「あ、だめ!」
私は叫び、翔の小さな口から、なんとかソレを吐き出させた。
オエッ!
翔が吐き出したのは、美しい虹色の紙だった。本来はもっと美しかっただろうソレは、涎と、さっき食べたバナナが入り混じって、薄黒く汚れていた。
「華!」
私は彼女をすぐさま呼びつけた。
「コレ!華でしょ!?」
華はリビングの隅で、また折り紙を引き裂いていた。さまざまな紙を引き裂き、おもちゃ箱にため込むのが彼女の習慣だ。
これをやめさせることはどうにも叶わないことをわかっていても、私は抑えられない。
「翔に紙はダメ。何回言ったらわかるの?また食べてたのよ!」
私は翔を指さして訴えた。当の本人はすっかりそんなことを忘れて、ケロッとした顔で華に「キャハ!」と抱きついた。
「う、う、ん…」
「……ああ、もう。いい。」
私は彼女を諭すことを諦め、吐き出しされた紙とその周辺を掃除する。
ティッシュで拭いてもだめだ、涎が取り切れない。ここはお尻拭きを使って………
「フワフワ、ね?」
「グニグニ、は?」
怒られたことも忘れ、華が無邪気に声をかけてくる。
ああ。
私はそれを笑って許せる余裕がすっかりなくなっている。
ティッシュの「フワフワ」。
引っ張ってもなかなかちぎれない「グニグニ」の、お尻拭き。
華だけの紙言葉。
私の、5歳の娘。
もっと笑いあえると思っていた。
一緒に絵を描いたり、パパママ大好き!と書かれたお手紙を楽しみにしていた。
5歳を迎えてもなお。
華は会話はできない。
フワフワビリビリ言って、紙をいつも引きちぎるだけだ。
華の紙を引き裂く音から離れたくて。
仕事から帰った夫に任せ、部屋でひとり過ごす。
華の「愛の手帳」を取り出し、ぼう、と眺めた。
華の白黒の笑顔。愛しくて、こんなにも可愛い。
可愛いのに。
「愛」がつくその手帳に私は、ぐ、と力をこめる。
破り捨てて、しまおうか。
「ねえ」
ふと、夫に呼ばれた。
「見てごらん」
案内されたリビングで、華がありったけの紙を広げている。
「『フワフワ』よ。はい。フワフワ。ね」
「あい。『グニグニ』。ウンチの。見て。ぐんに~~」
「これ、『ビリビリ』」
華は折り紙を思いきりビリビリと破る。そして自分の箱にかき集め、翔の頭に降らせる。
きゃー!
翔の甲高い声が、紙で荒れたリビングを満たす。
ビリビリ
くしゃっ
ガサガサッ
華の小さな手が、私たちがあらゆる場所でかき集めてきたいくつもの折り紙を引き裂き集める音が、こだまする。
翔に降り注ぐ色とりどりの紙。
話せない華。小さな翔。
ふたりが同じ目線で遊ぶ、紙の世界。
いつもゴミだらけのリビングが愛に溢れていることを私は、思い出す。
「かわい…」
ビリビリにまぎれ、思わず言葉が漏れていた。
愛の手帳がもし引きちぎれても。
かまわない。
「ビリビリ」に込められた愛は、丸くくしゃっと、私たちをいつも包み、守り続けてくれるから。
(1199文字)
参加させていただきました。
ちょっと諦めかけつつも、みなさんの記事を読んでいるとやっぱり参加側にもまわりたくなる。
すべりこみですいません……!
たのしかったです、ありがとうございます。