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パンとオカンとSDGs

昔テレビで、「大阪のおかん達は常に明日のパンを気にしている」という話が取り上げられていた。

「明日のパン」とはつまり、翌日の朝食に食べるパンのこと。

大阪のお母さん達はいつも、パンの買い置きが切れていないか気にしているのだという。

関西圏はパン食文化が強いと聞くので、そのためもあるかもしれない。

何を隠そう私も、「明日のパン」がいつも頭の片隅にある。

大阪のおかん達と同じく、「明日のパン」が買ってあることに安心感をおぼえる。また買い置きがないと、鍵を置き忘れたかのような不安を感じる。

私達家族が住んでいた福岡県北九州市は、炭鉱や製鉄所があったため他県からの人の流入が多く、関西圏からの移住者も多かったそうだから、それも影響しているのかもしれない。
母は生粋のパン党だし、祖母も昼食にトーストを好んだ。

彼女たちと、

「明日のパンある?」

という言葉を毎日のように交わして私も育ってきた。

さて今私が住むのはイギリス、もちろんパンが主食の文化圏である。

さすがにそのバリエーションは豊富だ。スーパーのパンコーナーは日本の三倍ほどの広さがある。

最も多いのは薄くスライスされたトースト用のパンで、白いパンはもちろんライ麦や全粒粉のパンなど、使われる小麦の種類も様々だ。

またユダヤ系のパンであるベーグルがあり、日曜日にはハッラーという三つ編み状の大きくて柔らかいパンも焼かれる。

さらに近年人気を得ているのがサワードウブレッドと呼ばれる、酸味のある硬いパン。
柔らかくて甘い日本の食パンとは対極の味である。はじめは好きになれなかったが、美味しいパン屋を選んで買えば噛むほどに滋味深くなかなか悪くない。

スーパーのものより専門店のパンの方が美味しいのは日本と同じ。もちろん、できれば美味しいパンが食べたい。

だが世は物価高である。

こちらでも人気のクロワッサンはうちの近所では2,5〜3ポンドが相場で、日本円にすると5~600円もする。
家族の人数分買えば、朝食からなかなかの出費だ。

そんな中普及してきているのが、「Too good to go」というアプリだ。

平たくいえばお店の残り物を安く買うことができるサービスで、事前に予約と支払いを済ませておき、指定された時間にお店へ受け取りにゆく。3~5ポンド程度の支払価格で、最低でもその3倍ほどの定価分の商品が提供される。

SNSで「Too good to go」を知った私は、近所のカフェやパン屋を中心に活用し始めた。

菓子パンやサンドイッチ、あるいは大きなハード系のパンなどが入っているから、それが翌日の朝食となる。

そう、「Too good to go」は「明日のパン」をお得に手に入れるための素晴らしいツールなのだ。

手頃な値段でクロワッサンなどを確保しておけば、翌朝は安心である。
時間が無ければそのまま家族に手渡してもいいし、余裕があればオーブンで温め、卵でも添えれば満足感のあるモーニングとなる。

今年、日本から続けていた仕事を一旦やめた。家族単位でいえばありがたいことに家計に困ってはいないが、私自身の感覚としてはむやみに浪費はしたくない。
少しの対価で手に入る「明日のパン」は懐にも、そして気持ちにも優しい。

「Too good too go 」を日本語にするなら、
「捨てるにゃ惜しい」と古風に言ってみたい。
あるいは日本が誇るエコロジー精神の表現、
「もったいない」でも良いかもしれない。

いずれにしても、「明日のパン」に心を砕く大阪のお母さんや私のような市井の人間が、明日の地球が間違いなく回るよう支えているんではないだろうか……というのは驕りだろうか?

しかし、こんな空想も案外的外れでもないかもしれない。

なぜなら「Too good to go 」というアプリは、「世界の食品ロスを無くすこと」をミッションとして掲げているからだ。

食品ロスは、SDGs(持続可能な開発目標)の「目標12:つくる責任つかう責任」で、解決目標の一つとして掲げられている世界共通の課題でもある。

家族に美味しい朝食を食べさせ、同時に社会問題の解決に役立っているとしたら、私たちはなかなかエライんじゃないか?

「Too good to go」に弊害があるとすれば、パンやケーキを定価で買いたくなくなること。
イギリスでは普通のカフェでちょっとお茶するだけですぐに2,000円ほどはかかってしまう。
また家に安く手に入れたケーキがあると思うと、余計に出し惜しみしたくなる。

だが晴れ間の貴重なロンドンで、5月の爽やかな風と太陽を感じながら楽しむコーヒータイムだけは、節約によって失いたくはない。

特に私のような主たる家事労働者は、洗濯物やシンクの食器が待ち受けている家で寛げない時もある。家でも職場でもないサードプレイスは、主婦にこそ必要なのである。

そんなわけで、今もカフェでこれを書いている。

ラテの牛乳をオーツミルクに変えたらプラス料金がかかったことにモヤっとしながらも、今日も「捨てるにゃ惜しい明日のパン」がアプリに出ていないかチェックするのだ。


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