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ショートストーリー

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記事一覧

男子大学生の話(ショートストーリー)

男子大学生の話(ショートストーリー)

「さっきはごめん」

僕が読みかけの本を開くと、挟んでいたしおりに、そう書いてあった。美咲の書き慣れた綺麗な文字だった。その文字が目に入るやいなや、僕は本を閉じて、部屋を飛び出していた。些細なことで、なんとなく気まずくなっていた。しかし、そんなことは、一瞬にして吹き飛んでいた。

常日頃、言葉の足りない僕を、美咲はいつも許してくれた。今回もそうだ。つい、男のプライドってやつが頭をもたげてくる。さっ

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仔猫のバニラ(ショートストーリー)

仔猫のバニラ(ショートストーリー)

高校へ入学して半年ほどが過ぎ、いつの間にかケンジの成績はまた中の中になっていた。

 これは、今に始まったことではなく、物心ついたときからケンジは、存在感の薄い子どもだった。

 ケンジは、校内ではひっそりとした生活をしていた。

 しかし、この学校で唯一気に入っているところがあった。それは、川原が近いこと。

 この学校には、下校するまで校外に出てはいけないという校則があるらしいが、ケンジは、昼

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54字の物語(1)『紫陽花』(ショートストーリー付き)

僕は東京で仕事に追われる日々を送っていた。思いがけず君から届いた紫陽花の絵はがき。かつて、君と訪れた鎌倉を思い出す。「鎌倉にて。」と締めくくった君の意図は何だろう。短い花の季節を惜しむかのように、今すぐ君に会いに行かなければと僕は心が急いていた。今度こそ、君への想いを伝えよう。そう決心した僕は、その絵はがきを鞄にしまい、雨の中、鎌倉へと急いだ。とにかく、ただ会いたかった。そして、君と離れていた時間

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54字の物語(17)『心残り』(ショートストーリー付き)

54字の物語(17)『心残り』(ショートストーリー付き)

その日は、昼から小雨が降っていた。昼夜を問わず、人で溢れ返っているこの街。その中で一人、私が辿ってきた道のり。誰の記憶にも残らない、小さな蝋燭の灯火のような私の生涯。父の顔を知らずに育ち、男出入りの激しい母は、中学の卒業を待たずに家を出て行った。年をごまかし、夜の街で働いた。寂しくて、SNSで知り合った男の家を転々とした。暴力と虚構の中で生きるしかなかった。でも、これでやっと終わる。密かに心を寄せ

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tomoshibi《灯》

tomoshibi《灯》

小さな飲み屋が軒を連ねる路地裏で、薄汚れたやや急な階段を降りると、古びたドアがあり、少し傾いた小さな札には、消えかかる文字で「灯」と書かれていた。店内は、カウンター6席とボックス席が1つ。薄暗い店内は、天井の数個のダウンライトだけで照らされていた。

開店も閉店も、店主の気分次第…。この店では、店主が出すウイスキーを、ただ味わうというのが暗黙の了解だった。様子を察して出されるウイスキーは、不思議と

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54字の物語(7)『本心』(ショートストーリー付き)

54字の物語(7)『本心』(ショートストーリー付き)



☆『本心』/Roco☆

「ご自愛下さい。」と遠回りの言葉。
こんな季節の便りなど何の意味も無い。
本心は「君に会いたい。」ただそれだけ。

季節の挨拶は、毎年、決まった数人に送るようにしていた。定型文に近況を書き添える、よくある文章。そして最後は、「ご自愛ください。」と締めくくる。そんなやり取りを、数人と交わして何年になるだろうか?お互い、相変わらずな様子がわかるものばかりだ。だが、その中で

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54字の物語(38)『お弁当』(ショートストーリー付き)

54字の物語(38)『お弁当』(ショートストーリー付き)



☆『お弁当』/Roco☆

「あのさぁ、
お弁当作ってきてあげようか?」
きのう唐突に君はそう言った。
僕は君を見つめたまま何も言えなかった。

「おなかすいたー。」
お弁当の蓋を開ける君と目が合った。

コンビニの袋から取り出す菓子パンの袋。

「あのさぁ、
お弁当作ってきてあげようか?」

きのう、唐突に君はそう言った。

僕は君を見つめたまま何も言えなかった。というのも、話らしい話をした

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54字の物語(18)『予期せぬ別れ』(ショートストーリー付き)

54字の物語(18)『予期せぬ別れ』(ショートストーリー付き)



☆『予期せぬ別れ』/Roco☆

いつでも会えると 高を括っていた。 
「そのうち帰るよ。」を口癖にしていた私。
誰よりも大切な母が もういないなんて。

納涼の候、暑い日が続きますが、
お変わりなくお過ごしでしょうか?
そんな便りを出したくなるような、
京都の晩夏。

賀茂川、夕涼み、かき氷。
「おかえり。おむすび作ったろか。」
母の声が聞こえる。

「秋になったら、トロッコ列車でも
乗り

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