54字の物語(17)『心残り』(ショートストーリー付き)
その日は、昼から小雨が降っていた。昼夜を問わず、人で溢れ返っているこの街。その中で一人、私が辿ってきた道のり。誰の記憶にも残らない、小さな蝋燭の灯火のような私の生涯。父の顔を知らずに育ち、男出入りの激しい母は、中学の卒業を待たずに家を出て行った。年をごまかし、夜の街で働いた。寂しくて、SNSで知り合った男の家を転々とした。暴力と虚構の中で生きるしかなかった。でも、これでやっと終わる。密かに心を寄せていたあの人のことを想った…。「私、今が一番幸せ。」そっと目を閉じた…。時化ていた心は静まり、凪が訪れていた。波間に揺蕩う海月のように、キラキラと、そして穏やかに、美しく。
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