#018.呼吸1(吸気のしくみ)
今回はトランペットに限らず管楽器を演奏する上で非常に大切な「呼吸」について解説します。正しい仕組みをこの記事でぜひ理解してください。
呼吸とは
そもそも呼吸とは何でしょうか。
それは「生き続けるため」の行為です。
私たち人間は呼吸をすることで大気中にある酸素などのを体内に取り込み、そして二酸化炭素などを排出しています。その呼吸をするために働いている部分を呼吸器と呼びます。今回からの一連の記事では呼吸器の役割や運動をひとつひとつ理解し、呼吸の仕組みを学びます。
吸気
空気を体内に取り込むことを「吸気」と呼びます。ちなみに空気が体外に排出されることを「呼気」と呼び、ふたつあわせて「呼吸」です。
そして吸気を理解するために最も重要な点は、
「空気は入れるのではなく入ってくるもの」
これがポイントです。ではその仕組みを解説する前に、吸気と関係が深いからだの器官についていくつか学びましょう。
呼吸器に関係する器官
鼻と口
管楽器の間でよく「鼻から吸うか口から吸うか」議論を展開することがありますが、そもそもどちらかに決めなければならないことが間違いです。結論を言えば「両方使っている」なのです。
例えば口から吸っていると思っていても鼻からも空気は流れているわけです。試しに鼻を塞いだ状態とそうでない状態の吸気を体験してみればすぐにわかります。要するにこれは「どちらに意識を向けているか」でしかなく、論争自体が時間の無駄です。
また、口を塞いで鼻から吸う意識は非常に非効率的で、口の中のむやみに狭くしすぎてしまうので(鼻が出そうになってすすった時の動作を思い浮かべればわかると思います)、管楽器の演奏には最も適していません。
あと、個人的に興味があるのが、鼻で呼吸をすると言い切る人は、風邪ひいたりして鼻詰まりになったらどうしているでしょうか。
それはともかくとして、鼻や口から外の空気に含まれた成分が入ってくると、口の奥の咽頭から「のど」の部分、喉頭に流れ、そしてさらに奥へと入っていきます。ちなみに食べ物や飲み物はこの咽頭まで同じルートを辿り、ここから先は食道へと分岐します。
気管、気管支
喉からその先へ進むためのパイプを気管と呼び、さらに進むと気管支という2つに分かれたところへ達します。これらの部分のほとんどが軟骨でできています。
肺、胸膜
肺の仕事を理解することが、管楽器における正しい呼吸に大変重要です。言い換えれば、かなりの人が間違った解釈もしくは正しく理解をしていないのです。例えば、肺は空気を溜めるタンクのようなものであるとか、水を注ぎ込むボトルのようなイメージを持っていることが多い印象です。
実際は気管が肺の中でどんどん枝分かれをし、空気の流れる管が無数に存在する部分で、その末端である肺胞に達すると、酸素等を血液内に取り込み、そして不要になった二酸化炭素を血液内から取り出す「ガス交換」を行います。
また、肺の外側は二重構造になっていて、胸膜という膜があります。ゆるく膨らませたゴム風船が肺を覆って張り付いているようなイメージです。この風船のゴム部分を「胸膜」と呼び、風船内部の空間を「胸膜腔」と呼びます。これが吸気に重要な役割を持っています。
横隔膜
「おうかくまく」。呼吸の話題になると必ず出てくるこのワード。名前はよく聞くけど、どこにあって何をしているのか理解していない方も多いかもしれません。
横隔膜は先ほど風船の例えで出てきました胸膜の外側とくっついていて、形状としては料理につかうボウルをひっくり返したドーム状になっていて、肋骨の一番下の部分にカポっとはめ込んだようなイメージです。
横隔膜は筋肉でできていて、収縮する(働いているとき)はドームの天井が少し凹むような(下にさがる)運動をします。
肋骨、肋間筋
肋骨(いわゆるアバラ骨)は胸の周りにたくさんある骨で、肺や心臓を囲うように守っています。そしてその肋骨の間は肋間筋という筋肉で塞がっていて、肋間筋も横隔膜同様に胸膜とくっついています。
肋骨は胸の中央にある胸骨と、背中の脊椎(いわゆる背骨)とくっついていますが、軟骨で接続されているために肋骨はある程度自由に動くことができます。
さて、呼吸に関係する重要な器官はこのあたりで十分かと思います。ではそれぞれがどのようにはたらき、関連しあって吸気が起きるのか確認していきましょう。
吸気の仕組み(陰圧)
卒業証書を入れる筒、って今もあるんでしょうか。わからなかったらごめんなさい。あの筒のフタを抜くと少し抵抗感があって抜きずらく、それでもなお力で引き抜くと「ポンッ!」と音がしますね。
あのとき、筒に何が起きているのでしょうか。
筒には空気が出入りする場所がありません。したがって、フタを抜こうとすると少しずつ筒の中の容積が広くなります。しかし、筒内部の空気は一定量なので空気が少ない低圧の状態になりました。
このような大気圧よりも低圧になっている状態を「 陰圧」と呼びます。
地球上のあらゆる場所は常に一定の空気圧でいようとするので、フタを引き抜いた際、空気が勢いよく筒の中へ入った摩擦音が「ポンッ!」という音なのです。
ドラえもんで、どこでもドアで宇宙に行こうとしてこんなことが起こるシーンを何度が見たことがあります。
宇宙には空気がないので、地球の空気が勢いよく宇宙に流れ込んでいる状態です。ガンダムでもコロニーの外壁が壊れて空気がどんどん宇宙に流れ出ているシーンがありました。わからなかったらごめんなさい。
ということで、「陰圧になるとそこに空気が入り込んでくる」ことがわかりました。
では次にいきます。
胸膜と横隔膜、肋間筋
肺を包んでいる胸膜は、ゆるい風船のようであり、肺を包み込んでいるような状態と説明しました。そして胸膜腔は風船の中の空洞(空気が入っているところ)です。
胸膜は横隔膜や肋間筋とくっついているので、それらが動けば一緒に引っ張られるわけです。横隔膜は弛緩(ゆるんでいる状態)から収縮すると(働いている状態)ドーム状だった横隔膜が凹むので、それに合わせて胸膜も下へ連れて行かれます。また、肋間筋が収縮すると、前へ上へと向かうので、横隔膜と同じように胸膜を引っ張ります。
すると、胸膜腔の容積が広がります。しかし胸膜腔は風船のように空気の出入りがありませんから、中に入っている空気の量に変化はありません。したがってこのとき、胸膜腔内部は陰圧になります。陰圧になると、大気圧と同じになろうとして空気が流れ込むわけですから、鼻や口、を伝って肺の中へと空気が自然と入ってきます。これが吸気の仕組みです。
以下の動画は自作の陰圧模型を使った呼吸の仕組みを動画にしたものです。ペットボトルを半分のサイズに切り、キャップに穴を開けてストローを差し込みました(空気の出入りを防ぐために接着剤で固めています)。
ストローの先には風船をつけて、ここも空気漏れしないように接着しています。
ペットボトルの底には風船の口を切り取ったものを被せています。
と置き換えてください。では、動画をご覧ください。何か起こるでしょうか。
指導者には正しい理解が必要です
いかがでしょうか。記事の最初にポイントとして「空気は入ってくるもの」と書きましたが、その仕組みはわかりましたか?空気をたくさん入れなければ、と一生懸命「吸い込む」ことが呼吸ではないことも理解できたかと思います。
しばしば呼吸について説明する際「(肺から空気を)全部出して〜」と言う人がいます。もちろん理解しやすいように比喩として言っているのかもしれませんが、本気でそう思って指導をしている人がいたら、もっと勉強してください。地球上にいる限り特殊な環境以外はどこにでも空気は存在しているのです。全部出す、なんてことできませんし、管楽器を演奏する上でそれは良くない体の使い方になる恐れがあります。
呼吸は空気中の成分を手に入れるための運動であり、管楽器を演奏するために必要なのは体内の空気圧をコントロールすることです。空気を吸わなければ喋れない、なんてことがないのと同じで、管楽器も別に空気を吸わなくても音を出すことはできます。
吸気量は長く出し続けられるか、短い時間になってしまうかだけなのです。
こうした正しい知識を持っていないで、安易に全部出せとか沢山吸えとか、お腹に息入れろとか楽器に沢山息入れろとか言うからどんどん間違った吹き方が蔓延してしまうのです。指導者がまず正しい理解を得るために学ぶ必要があります。
呼吸に関する珍妙なトレーニングをする吹奏楽部が多いのも、都市伝説みたいなおかしな知識を信じている人が多いのも全部責任は指導者にあります。
ということで今回はここまでです。最後ちょっと厳しいことを書きましたが、本当に大切なことなので、みんなで学びましょう。
次回は実際に吸気をどのように行うか「実践編」をお送りします!
荻原明(おぎわらあきら)