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読書感想 ルポ・食が壊れる/ 堤 未果

 今回は「怖い話」である。

 かつてMicrosoftを創業し、引退してからは慈善活動家となったビル・ゲイツは2021年に出版した『地球の未来のために僕が決断したこと』という本の中で、増え続ける人口問題、化石燃料の枯渇、森林破壊などの諸問題を解決するために、人間は「肉食」をやめて、AIが制御するデジタル農業をすべきだ……と語った。
 2019年、インポッシブル・フーズ社は100%植物性挽肉から作られた《インポッシブル・バーガー》を発表。牛を殺すことなく作れる植物性バーガーでベジタリアンもヴィーガンも納得の食品であった。同じ年、ライバル企業であるビヨンド・ミート社も大豆から作った人工肉を発表。こちらの肉も、見た目も味も牛肉の食感にそっくりであるという。
 このインポッシブル・フーズ社、ビヨンド・ミート社両方に100億ドル(約1兆5000億円)の巨額投資をしているのがビル・ゲイツだ。人工肉を普及させれば、世界の気候変動問題、食糧不足問題が解決できる。
「先進国の人間は最貧国に配慮し、全員が肉食をやめて人工肉に切り替えるべきです」――ビル・ゲイツはそう語る。

アメリカで売られているビヨンド・ミート社の人工肉。

 ところがそんな“うまい話”はない。食べ物を得るということは、必ず自然とトレードオフしなければならず、人工肉を製造するにもやはり自然を破壊しなければならない。
 人工肉をリアルな肉に見せかけるために、マメ科植物の根の中にあるヘムこと「大豆レグヘモグロビン」が必要になるわけだが、このヘムは自然の根からごくわずかしか獲ることができない。
 そこでインポッシブル・フーズ社の研究チームが考えたのが遺伝子組み換え酵母だ。人工培養によって、ヘムだけを大量に作り出そう……というのだ。さらに肉自体を構成する大豆も遺伝子組み換えのものを使用している。
 この遺伝子組み換え作物を利用して作られた人工バーガーを第三者機関による検査にかけると、通常の11倍のグリホサート系残留物が検出された(最近ではビックモーターが街路樹を枯らせるために使われたことでお馴染みのグリホサートだ)。グリホサートはわずか0.1ppdで腎臓や肝臓の中にある4000以上の遺伝子機能を変質させる。ラットにグリホサートを投与すると、少量でも臓器障害を起こすほどだ。このグリホサートが、インポッシブル・バーガーの中から11ppdも検出したのだという。
 FDA(米国食品医薬品局)はインポッシブル・フーズ社、ビヨンド・ミート社両方に安全性を証明するよう命じたが、現時点で同社から回答はない。
 人工肉は確かに牛を殺すことはないが、食べると瞬く間に臓器異常を引き起こす。それを食べますか?

 話はこれだけでは終わらない。こうした遺伝子組み換え作物は、毒性の強い除草剤に耐性を持つように遺伝子操作されている。この技術のおかげで毒性の強い除草剤を畑に撒いても、作物だけは育つようになる。
 しかし「土」はそんな毒性に耐えられるようにできていない。強力すぎる除草剤で土壌が汚染され、その土で受け止めきれない毒は周囲の自然に染み出していき、周辺の森や生物を破壊していく。こうやって作られた大豆が、人工肉の原料となる。
 確かに牛は殺さないが、周囲の自然を破壊していく。これが「自然と環境に優しい人工肉」の正体であった。

 インポッシブル・フーズ社は貧困層の健康問題を目標に掲げている。どこの国でもそうだが、貧困層ほど食生活は安価な動物性タンパク質や添加物の多い加工品に偏りがちだ。インポッシブル・フーズ社は積極的に大手ファストフードチェーンであるマクドナルドやホワイトキャッスル、ケンタッキーフライドチキンに人工肉を売り込んでいる。牛から作られた赤身のパティにはコレステロール量が100グラムあたり80ミリグラムであるのに対し、人工肉バーガーはゼロ。しかも大豆由来なので亜鉛や鉄分も含まれる。人工肉は健康面に配慮している……という。
 ところが医師達はインポッシブル・フーズ社の人工肉に懸念を示す。なぜなら《超加工品》であるからだ。工場で作る際に乳化剤や結合剤といったものを山のように投入している。食べ続ければ当然、肥満、Ⅱ型糖尿病、ガンのリスクが高まる。

 毒性の強い農薬で育てられ、その時の毒がまだたっぷり残されている上に、食品添加物てんこ盛り……。ところが、若者世代ほど人口肉に対して好意的だ。なぜなら「温室効果ガス問題」。従来の《工場型畜産》は大量のCO2を吐き出している。人工肉は少なくとも、このCO2を出すことはない。だから環境保護意識の高い《意識高い系》の人々に歓迎されているのだ。
 実際に、アイオワ州立大学人間科学部食品科学・人間栄養学科が2020年に実施した調査によると、中西部の大学生の半数以上が植物性由来の人工肉を食べたことがあり、彼らは総じて「環境保護」意識が高かったという。人工肉は《SDGs商品》だから、歓迎されているのだ。

 今、世界はSDGs商品で溢れている。人工肉もそうだが、ソーラーパネル、洋上風力発電……。これらで大儲けしているのは誰か、というとウォール街だ。SDGs関連商品に投資すれば2倍3倍になって返ってくる。どうして今、世界中で「SDGs」という言葉がもてはやされ、推進されようとしているのか……というと裏で大儲けしている人々がいるからだ。
 そうやって裏で儲けている人たちの存在に気付かず、「体のよい手駒」にされているのが環境活動家やヴィーガン達だ。純粋すぎて表面的な構造しかできない人々が、頭のいい人たちに利用される……それが世界の構図だ。
 そうした流れは「食品」の世界にも流れてきている。SDGs的に「良い食品」という売り出しだけど、その背後をよくよく調べてみれば……。純粋な人だけが騙されていくわけである。

 陸の話の次は海だ。
 話はだいぶ遡るが1989年、米アクアバウンティ・テクノロジーズ社が遺伝子操作技術によって通常の2倍の速さで成長するサーモンを開発した。95年、FDA(米国食品医薬品局)に申請を出し、2015年にようやく認可を取ることに成功した。遺伝子操作された魚、通称「フランケンフィッシュ」は30年の歳月をかけて、ようやく市場に出ることになったのである。もしもフランケンフィッシュが主流になれば、海洋プラスチック問題、乱獲による絶滅危惧種増大問題も解決できる。フランケンフィッシュには様々な利点がある――と研究者は語るのだった。
 ところが漁業者団体がFDAに認可取り消しの訴訟を求めた。遺伝子操作された魚は成長が早められる代わりに胃が破裂するケースが多く、さらに高濃度アンモニアが付近の河川に垂れ流しにされていた。

 ここですこし遺伝子操作技術についての話をしておこう。
 最近では「遺伝子組み換え技術」のかわりに、狙った遺伝子を破壊し、酵素を導入することで遺伝子を直接操作する「ゲノム編集技術」に移り変わろうとしている。
 まずゲノム編集を起こさせる人工制限酵素遺伝子を、種子の細胞の中に導入する。この遺伝子が細胞の中で活動し、細胞内の特定遺伝子を破壊する。それでもまだ遺伝子は残るので、特定遺伝子を破壊した種子と、何もしない種子を交配させる。交配した種は、親から半分ずつ遺伝子をもらって4つのパターンができるのだが、そのなかで目的通りに編集された種のみを採用する。これがゲノム編集技術だ。
 さらに2012年、すごい技術が発明される。《クリスパーキャス9》という技術で、これはDNAを直接ハサミで切って編集できる技術であるという。この技術によって花粉を撒き散らさない杉の木、筋肉質の家畜や魚、変色しにくいマッシュルームやアレルギー成分の少ない卵……様々な商品を作り出すことのできる夢の技術だ。この技術は2020年ノーベル化学賞を受賞する。このクリスパーキャス9がゲノム編集の新たな技術として、いろんな食品に導入されようとしている。

 ところが新しいものに警戒心を持つ……というのが人の心理だ。特に欧米ではこの手の遺伝子操作された食品にまつわる多くの問題をすでに経験していた。新しい技術が発明されても、それが簡単に受け入れてもらえるというわけではない。
 そこで世界が目を向けたのが――日本だった。
 日本は世界で問題となっている遺伝子操作食品の問題や、会社側と消費者側の長年にわたる対立を知らない。それどころか、ほとんどの日本人は悪名高い「モンサント社」の名前すら知らない。世界で起きている実態を何も知らないのに、1億人という市場を持つ日本。欧米で警戒され手を付けない食品を売りつけるのに、格好の市場であった。

宮津市のふるさと納税返礼品の「22世紀ふぐ」。

 2019年6月、米国トランプ大統領はゲノム編集食品を推進し、規制を撤廃する大統領令に署名した。輸出先の国の貿易障壁を外す作戦をUSTR(米国通商代表部)に指示する。これを受けて、日本の厚生省は安全審議なしで「ゲノム編集食品は品種改良と同じ」という見解を発表し、同年10月より国内で販売・流通の届出制度を開始した。
 2021年9月、リージョナルフィッシュ社がゲノム編集したマダイを「22世紀鯛」という名前で販売開始した。日本はこうしてゲノム編集魚が販売される最初の国となったのである。
 これに続いて2021年12月、宮津市のふるさと納税の返礼品として、ゲノム編集技術で作り出した「22世紀ふぐ」が登場。22世紀ふぐは通常の1.9倍速で成長するため、環境にも財布にも優しい――というアピールであった。
 ところが22世紀鯛にしても22世紀ふぐにしても、実は安全性テストは受けていない。宮津市に問い合わせても「ゲノム編集は品種改良されて流通している食べ物と安全性は同じなので審査は不要」という回答で、公的機関による審査は必要ないという判断だった。
 日本消費者連盟は宮津市に問い合わせたけれども回答そのものがなく、フランケンフィッシュを開発したRF社に問い合わせても具体的な回答なし。そこで日消連はRF社の論文を海外の学会にレビューを依頼した。
 回答はこうだった。RF社のゲノム編集で巨大化したマダイは、椎骨の位置が変わり、骨格障害を引き起こしている。これを食べると人体にどんな影響があるかわからないという。
 どうしてこうなったのか。遺伝子操作されたマダイは満腹シグナルを受診する遺伝子が破壊されており、えんえん食べ続けているというのだ。これによって巨大化したものの、代謝障害を起こし、内臓疾患も抱えている。22世紀鯛も22世紀ふぐも、そういう状態の魚だった。

ビル・ゲイツ

 今度はアフリカに目を向けてみよう。
 2021年9月。国連食糧システムサミットにおいて、ジンバブエ出身小規模農民であるエリザベス・ンポフは怒りを込めてこう言う。
「私たちのサミットは完全に乗っ取られました」
 誰が乗っ取ったのか? 大規模農業ビジネスに輸出至上主義、遺伝子組み換えに特許つき種子、バイオ食品にデジタル農業を推進する多国籍企業と投資家達。彼らが新たな食のシステムを作るために、国連幹部や各国政府と連携してサミットの主導権を奪った。こうしてアフリカの農家は隅に追いやられることになる。
 切っ掛けは2007年から翌年まで起きた世界食糧危機。穀物価格が暴騰し、わずか2年で飢餓人口を1億人も増やした、食料史的に見ても悪夢のような年だった。
 しかし2007年のFAO(国連食糧農業機関)のデータを見ると、世界の穀物生産量は史上最高値を記録していた。にもかかわらず、なぜ飢餓が発生したのか? それは投機家達が大量のお金を突っ込んだために穀物価格を高騰させていたからだった。世界の人々が飢餓で死んでいく中、投資家達は大儲けしていた。
 食料は飢餓地域に送られることなく、エタノール燃料となってガソリンスタンドで売られ、日本にも家畜のエサとして輸出されていた。
 この事件を切っ掛けに、食システムが一部の投資家によってねじ曲げられる事態を防ぐために、当事者達を参加させる世界食糧安全保障委員会が組織された。2017年、小農の権利保護を各国政府に促す国連の「家族農業の10年」が儲けられ、2018年には《小農の権利宣言》が採択された。
 一見すると良い方向に進んでいるように思われたが――2021年のサミットで、唐突に「遺伝子組み換え技術」「ビッグデータ」「精密農業」というキーワードがFAO未来の食糧安全保障のキーワードとして飛び出してきた。これを促したのはビル&メリンダ・ゲイツ財団と、その彼らに従う科学者達だった。農家達の意見など尋ねることなく、サミットそのものが乗っ取られてしまったのだった。

 ビル・ゲイツはウクライナ危機と気候変動で悪化した食糧危機を救うのは「進化した農業テクノロジーしかない」と語る。このためにビル・ゲイツはアフリカ大陸の「食と農の革命計画」を立ち上げ、約50億ドル(7500億円)を投資し、さらにロックフェラー財団とともに1億8000万ドル(270億円)を投資してAGRA(アフリカ緑の革命同盟)を立ち上げる。
「2021年までに、アフリカ11カ国で3000万世帯の農産物収穫量と収入を2倍に増やし、食糧不足を解決する」――という目標を掲げた。
 ところが2020年時点でこれは果たされず、むしろ飢餓人口を増やすという結果がわかってくると、AGRAはホームページからこっそりこの目標を削除した。
 1960年代に東南アジアと中南米に「緑の革命」という運動が起きた。品種改良された種子と化学肥料で収量を増大させる。これで世界の食糧事情が良くなるはずだ――しかし実際には土壌の破壊と水質汚染が広まり、高額な肥料を買うために借金を重ねた農家達が自殺していった。
 ビル・ゲイツが目指すのはアフリカ版の「緑の革命」だが、1960年の時のような失敗は起きない、と断言する。デジタル技術を使って畑をマッピングし、土壌検査をして栄養状態が分析できるようになったからだ。その使い方を教えれば、自然を破壊することなくアフリカの食糧事情を良くできる……という。

 すこし「緑の革命」について掘り下げていこう。
 1960年代、ロックフェラー財団は植物学者ノーマン・ボーローグ博士とともに研究し、痩せてスカスカになった農地を復活させる魔法の薬を発明する。それが窒素とリンを中心とした化学肥料であった。
 さらに品種改良によって小麦とトウモロコシを作り出し、この小麦と化学肥料をセットにしてメキシコ、フィリピン、インド、パキスタンへと売り込んでいった。
 はじめの年はうまく行った。化学肥料と品種改良された小麦とトウモロコシは大きな収量をもたらし、これらを開発したモンサント社、ダウ・デュポン、シンジェンタは空前の利益を手にすることとなり、ノーマン・ボーローグ博士はノーベル平和賞を受賞する。この大成功によって、「緑の革命」は米国の重要な外交戦略となっていく。
 ジョンソン大統領は途上国への食料援助の条件に次の項目を加えさせる。①この科学的農法の導入に合意すること。②米国投資家の農業部門への参入を許可すること。
 だが間もなくほころびが見えてくる。
 緑の革命は化学肥料と殺虫剤、そして水を大量に使う。農家に薬剤を撒くトラクターを買わせ、さらに地下水をくみ上げる農具も買わせる。この時点で、結構な出費となる。地下水を過剰に吸い上げ、大量の化学肥料を投入するとどうなるか――土中の微生物が死に絶え、根を守る菌がいなくなると植物は害虫や病気にやられやすくなる。さらに土を軟らかくする微生物もいなくなり、そのうえに地下水をくみ上げるから、土がカスカスになっていく。やがてちょっとした雨でも土が流されていくようになる。農地に塩害が起き、収量は激減。最終的に残されるのは荒廃した土地だけとなる。
 最終的に農地はただの荒れ地となり、約束された収穫物が得られるはずもなく、さらにアメリカは種と肥料だけではなく、農具一式を売りつけてきたわけだが、その借金を返済できるわけもなく……。
 結局は地域の自然環境を破壊し、農家の自殺者を大量に作って「緑の革命」は終了することとなる。

ノーマン・ボーローグ博士 世界でもっとも偉大な人道主義者と讃えられる。

 ビル・ゲイツは1960年代のようには決してならない、と語る。現代は優れた科学力がある。その科学力を使えば、アフリカの食糧事情は確実に回復するはずだ。
 実際はどうだろうか。
 世界銀行と国連の統計をもとに、2020年に米タフツ大学が検証したところ、AGRA(アフリカ緑の革命同盟)の13カ国で栄養失調人口が3割増え、サブサハラ地域では飢餓人口が5割も増加した。
 それだけではない。化学肥料の大量投下によって土壌汚染が広まる。化学肥料の主成分は窒素とリンであるが、これらは水路から流れ出て海中プランクトンを大量発生させ、その死骸を食べる微生物が大量に酸素を使うので、魚介類が住めない低酸素水域ができてしまう。その結果、世界400箇所以上に水棲生物が死滅したデットゾーンを作り出す。
 さらにこの化学肥料を輸送、散布するために多大な石油燃料を消費する。
 まだある。アフリカの農家にも伝統的に守られてきた種子があるのだが、AGRAはこの種を捨てさせ、遺伝子操作された種子を使うように指導した(伝統的な種子で栽培した作物は「買わない」と脅して)。立場が弱く、交渉力のない農家は、巨大企業に従うしかない。結局農家たちは、選択肢が与えられず高額の種子、化学肥料、強すぎる除草剤を買わされ、さらに農具一式も買わされ、借金地獄に陥ることとなる。
 結果的に、アグリビジネスが儲かるだけで、農家の収益は減っていき、飢餓ばかりが拡大していくのだった……。

本の感想


 夏、ということで今回は怖い話。「私たちの食べ物って、今こんなことになっているの?」という本だった。1ページめくるたびに「ゲッ」と青ざめるような話が次々に出てくる。単に「ちょっと怖い話」じゃなくて、「ヤバい話」でもある。食料安全問題はどんな怪談話よりも怖い。

 私たちの食べ物は、今かなり危険な状態にある。大量の化学肥料による土壌汚染に、健康面にどんな悪影響をもたらすかわからない遺伝子操作作物。「コスパ」を優先しすぎたせいで何もかもおかしくなっている。そんな食べ物を知らずに食べて、私たちは「なんとなく調子が悪い……なんでだろう?」と理由もわからず悩むことになっている。
 しかも日本人の大多数は、欧米を中心に大騒ぎになっている「食の問題」をほとんど知らない。アメリカであれだけ悪名を馳せた「モンサント社」の存在すら知らないのだから――なぜ知らないのか、というと背景にマスコミによる「報道しない自由」が発動されているからだ。

 このブログでは別のところでも紹介したのだけど、改めてモンサント社とはなんなのか……という話をしよう。
 歴史は古く、1901年、ジョン・F・クイーニイにより創業。最初は人工甘味料サッカリンを製造し、コカ・コーラに商品を卸していた。その後、次第に化学薬品の研究開発をするようになっていき、1960年代ベトナム戦争の時には悪名高き「枯葉剤」製造していた。
 その後、モンサント社は「ターミネーター遺伝子」を組み込んだ種を開発する。いわゆる「ターミネーター種子」である。このターミネーター種子は通常の作物より収量が圧倒的に高く、この種を撒けば発展途上国の飢餓問題を解決する……という触れ込みだった。
 ただし、このターミネーター種子は1世代で終了する。普通の作物であれば種を付けるので、その種を取って再び畑に撒けばいいのだが、ターミネーター種子は種を付けることはあってもそれが発芽することはない。だから農家は毎年モンサント社から種を買わなければならない。
 それだけではなく、モンサント社は強力は除草剤も種とセットで農家に売りつけていた。この除草剤はまけば雑草をまるごと排除できるが、翌年にはさらに強力な雑草が生えてくる。強力な雑草が生えてきたところで、モンサント社はさらに強力な除草剤を売りつける……という策略を立てていた。
 そんな除草剤を撒けば、土壌にダメージが入るのは言うまでもなく。農家は毎年モンサント社からターミネーター種子を買わねばならず、さらにプレミア価格の除草剤と化学肥料も買わされ、土壌は汚染され、借金まみれになっていく。
 こんな悪どい商売をやっていて問題にならないわけはなく、1996年に集団訴訟を起こされ、2018年に109億ドル(約1兆6000億円)の支払いを命じられることとなる。こうして廃業となったモンサント社だったが、この年にバイエルによって買収され、現在も遺伝子操作された種子を世界中に売りつけている。
 モンサント社の悪名は現代でもとどまることなく、今回の本でも「モンサント社(現バイエル社)」と書かれているくらいだ。

 実は今回紹介したお話しの最初に出てくる人工肉、その元となる大豆の種子が遺伝子操作された作物だ。そういうものをヴィーガンは「牛を殺さないから良い肉だ」といってありがたがっているわけだ。
 だが間もなく人工肉にまつわる「不都合な事実」が知られることとなり、市場の形成が難しい状態になってしまった。せっかく作った遺伝子操作食品が売れにくくなった。
 そこで日本だ。ほとんどの日本人は日々の芸能ニュースにしか興味がなく、モンサント社の名前を知っている人すらほとんどいない。無知なうえに、人口1億人という市場を抱えている。世界で問題となっている食品を売りつけるのに格好の市場だった。ついでに、遺伝子操作された食品を食べ続けるとどんな健康被害が出るか、実験するのにもちょうどいい。私たち日本人は、欧米の投資家たちの実験場になっていた。
 本書に出てこない話だが、「昆虫食」も間違いなくこの流れだ。欧米で大問題となったから、世界情勢について何も知らない日本人に売りつけてやれ。ついでにどんな健康問題が出るか実験もしてやれ。
 こういうところで日本は「アメリカの植民地」という立場の弱さが出てくる。アメリカが「こうしろ」と言ったら日本人はほとんど逆らうことすらできない。それどころか、“物わかりの良い知的エリート”が積極的に「欧米は今こうなっている! 日本は遅れている!」と熱心に推進してくれる。テレビメディアを使って大衆を洗脳してくれるし、政府に対し働きかけまでやってくれる。そうやって欧米でダメになって売れなくなった商品を日本で売ってくれる。こうやって知らない間に、日本人は「変なもの」を食べさせられているわけだ。

 2016年にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の話が出てきた時、「アメリカの安い肉が一杯入ってくる」と言われていた。メディアでよく説明されていた話はこうだ。
「TPPが発効されるとアメリカから安い肉が一杯入ってきます。牛丼一杯の値段が安くなります。庶民の財布にとってありがたいので、今すぐにTPPに参加すべきです」
 私もこういう説明を聞いていて、「それはデフレが加速するんじゃないか?」と引っ掛かったが、問題はそこではなく、アメリカの「安い肉」というのは「病気になった牛の肉」だ。

工業型畜産の豚。食品加工工場に運ばれてきたところ。狭い空間に大量に敷き詰められている。
育てるときはだいたいこんな環境。1歩も身動きできない場所に押し込められて、一生を過ごす。運動をさせないのは、筋肉が発達して肉が固くなるのを防ぐ意味もある。飼育員は病気をもらわぬよう、防護服を身にまとう。

 前回も話をしたが、もう一度「工業型畜産」の話をしよう。
 1980年頃、《農の工業革命》を合い言葉に、自動車のように効率よく牛を生産する方法が編み出された。
 その方法は、まず子牛が生まれるとすぐに親から引き離し、1歩も身動き取れないような狭い場所に閉じ込め、ひたすらに穀物(化学肥料によって大量生産されたトウモロコシ)を食べさせる。牛はもともと草食でゆっくり育つものだが、穀物を投入すれば早く生育する。通常、出荷まで4~5年かかるところを、15ヶ月で出荷可能な大きさに育つ。
 ただし、牛はもともと草を食べるために進化した生き物なので、穀物を食べさせるとゲップができなくなり、胃にガスが溜まって肥大化し、他の臓器を圧迫する。すると呼吸困難に陥っていく。
 それに1歩も身動き取れない狭い棺桶のような場所に閉じ込められるので、糞尿はどうしているかというとそのまま垂れ流し。1年後には膝まで自分の糞尿に浸かることとなる。
 1歩も身動き取れないストレスに、不衛生な環境に置かれているストレス、さらに臓器の異常を抱えるので、当たり前だけど病気になる。病気になってしまうので、エサの穀物に大量の抗生物質を混ぜる。
 どうしてそんな無茶な育て方をするのか、というとコストパフォーマンスがいいからだ。コスパ優先で生き物を機械部品のように考える。確かにこの方法で牛を育てれば、大量に牛肉を生産できて大きな儲けは出せるけど、しかも病気の牛を食べることになる。
 私はこの辺りの話を知ったとき「サイコパスの所業」だと思った。現実感の喪失したエリートは、しばしばサイコパスとしか思えないことを「コスパ優先」でやってしまうのだ。
 アメリカで「安く買える牛肉」というのは、こういう牛だ。病気になって大量の抗生物質を食べさせられた牛のことである。それを食べますか……という話だ。しかしこうやって育てられている……なんてほとんどの日本人は知らなしマスコミも「報道しない自由」を発動して国民に知らせないだろうから、「安けりゃなんでもいい」とデフレマインド感覚でありがたがって食べていたことだろう。
 そういう現状になったであろうと考えると、TPPでアメリカの安い牛肉が入ってこなくてよかった。「安いものには裏がある」……これは心得ておこう。

 工業型畜産の問題は他にもある。
 工業型畜産は一箇所に数万頭の牛を敷き詰めて育てるので、その牛のゲップと放置される糞尿によって亜酸化窒素やメタンガスといった温室効果ガスを大量に排出することとなる。現代、牛による温室効果ガスは14.5%も占め、環境保全のために「世界の牛を30%削減すべきだ」という意見が出ている。多すぎる牛は車の排ガスより有害だというのだ。
 だが、本当は牛が悪なのではない。1箇所に数万頭の牛を敷き詰めて、糞尿もその場で垂れ流し……という育て方が問題なのだ。そもそも地球上には、ここまで多くの牛はいなかった。人間の手によって大量に牛を増やした結果、環境問題が発生したのだ。工業型畜産などせず、昔ながらの「放牧」をやれば、牛が吐き出す少々のメタンガスくらい、自然が吸収し、酸素に変えてくれるはず。というか自然の植物にとって、少々のメタンガスがあったほうがよく育つのだ。

 この「牛による公害問題」を解決させるために、アメリカの頭のいい人々がなにを考えたかというと、科学の力で遺伝子操作し、「ゲップをしない牛を生みだそう」ということだった。
 いや、待て。問題はそこではない。《工業型畜産》が問題なのであって、牛が害悪なのではない。
 しかし工業型畜産の問題を維持したまま、「科学の力で解決すれば良い」というのがアメリカの高学歴エリートの答えだった。

 こうした「科学の力でなんでも解決しちゃおう」という人々の先頭になっているのが、かつてMicrosoftを創業したビル・ゲイツ氏だ。
 この本を読んでいてすぐに気付くことだが、影の主人公はビル・ゲイツである。世界中のありとあらゆる食の問題に、ビル・ゲイツが一枚噛んでいる。数ページおきにビル・ゲイツの名前が出てくるので、「この本はビル・ゲイツの本じゃないか?」と思うほどだ。
 なぜビル・ゲイツはこんなにも世界の食糧問題に介入するのか? 2019年のダボス会議の時に、このように語っている。
「過去20年に100億ドル(約1兆5000億円)投資して、リターンは2000億ドル(約30兆円)。20対1って、ちょっと他にはない利回りでしょう?」
 なんのことはない。「儲かる」から投資している。ビル・ゲイツにとって「儲けの種」だから世界中の食糧問題に手を出しているのだ。

 しかしこういう発言を切り取るのも揚げ足取りというものだ。もしかしたらビル・ゲイツは金儲けではなく、純粋な気持ちで世界の食糧問題に投資しているのかも知れない。ただ世界でどんな問題が起きているか知らない……というだけで。純粋に「科学の力が世界を救う」と信じているのかも知れない。
 そうは思ったものの、しかしビル・ゲイツやこうした食糧問題に投資しているエリート達は、絶対に化学肥料を大量投入した作物は食べないだろう。自分の家族や子供にも食べさせないだろう。おそらくは自分は農家から直接買い付けた、鮮度のいい有機作物を食べていることだろう。そうやっていることの「矛盾」に自覚することもなく。
 自分たちが贅沢な暮らしをするために、「世界の問題」をあえて作り出し、貧困層に押しつけていく。そして問題を押しつけた相手に対し「努力しなかったから自己責任だ」と切り捨てる。ビル・ゲイツは結局はどこにでもいる、“ただの白人”になってしまった。

 ビル・ゲイツをはじめとして、世界の高学歴エリート層達ほど、問題の根本を変えるのではなく、「科学の力」でさらに変えてしまえばいい……という考え方を持っている。牛のゲップが温室効果ガスの14.5%も占めている? だったら遺伝子操作でゲップをしない牛を生み出せばいい。世界で食糧問題が起きる可能性がある? だったら遺伝子操作した作物で作った人工肉を食べればいい。そういう発想法が素晴らしいものと高学歴エリート達は信じて疑わない。“意識高い系”の人々も信じている。そういう潮流ができたら、その流れに乗るべきだ……というのが高学歴エリート達の意識だ。
 どんなに頭が良かろうと結局は「社会動物」に過ぎない。遺伝子操作作物や遺伝子操作動物もそうだが、SDGsやLGBT、ポリコレもみんな同じ流れだ。「なんかおかしくないか?」なんて疑問を投げかけると、総スカンを食らう。
「SDGsやLGBTや素晴らしいものなのだから、みんなでこの流れに乗るべきであって、異を唱える奴は全員で袋叩きだ!」
 ――というのがエリート層の意識になっている。
 SDGs推進者が大好きなもの、といえばソーラーパネルだが、ソーラーパネルには鉛、セレン、カドミウムといった自然に有害な物質が多く含まれている。20年ほどで寿命が来るわけだが、その時の処理方法がまだないこと。おまけに日本の場合、ソーラーパネルを製造しているのはほとんど中国。ソーラーパネルを買えば買うほど、中国側の利益になっている。
 こういうものがSDGsやLGBTやポリコレの正体。しかし、知的エリートであろうがセレブであろうが、結局は「社会動物」。一度「そういう流れ」ができたらそれを覆すことができない。みんな同じものに染まっていく。異を唱えたら「差別を助長している!」「環境を軽視するのか!」と袋叩きに遭う。エリートであってもそういったものの本質がなんであるか、考えることもできないのだ。

 この本には暗い話ばかりが書かれているわけではない。後半には明るい話も少しは書かれている。
 こうした世界で起きている「食糧危機なんて、遺伝子操作で解決すればいいじゃない」に対抗する動きも出ている。どこかというと、ここ日本である。
 化学肥料も使わない、除草剤も使わない、昔ながらの「有機栽培」に戻ろう。ただ、問題なのは、そうやって作った作物をどこに売るか。前回も書いたけれども、スーパーマーケットで売っている「オーガニック食品」なんてものはだいたいがエセである。大量生産して、パッケージして、スーパーマーケットの棚に並べる……という時点でオーガニック食品の理念から外れている。正しいオーガニック食品は農家から直接買って、鮮度のいい時期に食べること、だ。
 つまり「卸先」がどこかが重要なのだが……ターゲットとなったのが「学校給食」だ。
 子供に良いものを食べさせよう。1981年、愛媛県今治市の小学校で、有機栽培を中心とした学校給食が提供されるようになった。その以前は加工食品や冷凍食品といったものを大型給食センターで作っていたが、安全な地元産の食品のみを使って学校給食を作ろう……という試みが始まった。
 するとどうなったか。子供たちの免疫力が明らかに強くなり、年間病欠率が激減した。
 有機栽培給食の試みは保育園でも実施されるようになって、有機栽培給食を食べるようになってからは白血球の数も増えた。3歳までに健康な血液ができていれば、一生涯健康……と言われるが、有機栽培給食によって確実に免疫力の強い子供が生まれつつある。

 作物も生き物なので「病気」になる。その病気を防ぐのが土中の「菌」だ。土中に一杯の細菌がいればいるほど、作物も病気に強くなり、その作物を食べれば免疫力も高まる。ところが化学肥料を使うと土中の細菌は死んでしまう。世界の化学肥料を投入した土壌で起きている問題がこれだ。
 人工肉は科学の力を使った夢の技術のような気がするが、実は病気に弱い。培養槽にほんのちょっとの病原菌が入り込むだけで一瞬にしてダメになってしまう。免疫力が一切ないのだ。人工肉を食べても腹は膨れるばかりで、栄養は付かないのだ(その代わりにサプリも入っているが、食品添加物も大量に入っている)。
 ところが有機栽培で作物を作ると、病気から身を守る細菌で一杯になる。それを食べるから病気に強い体ができあがる。

 ここまで来て、最初の疑問だった、「どうして現代人はここまで免疫力が弱くなったのか? どうしてアレルギーを持つ人がこんなに増えたのか?」の答えが見えてきた。あまりにも「綺麗すぎる食品」を食べ過ぎたせいだ。化学肥料で土中の細菌がまったくいない状態の作物を食べて私たちは育ってきた。私たちがちょっとした病気で体を動かせなくなるくらい弱くなったのは、食べ物のせいだ。ビタミンやカルシウムや食物繊維といったわかりやすい栄養素だけではなく、名もなきたくさんの細菌を体に入れるべきだったのだ。

 現代人は潔癖症だ。細菌は悪いものだと思っている人は多い。スーパーマーケットへ行くと「抗菌」を売り文句にした商品だらけである。
 だが悪いと思っているものが実は必要なものだった。私たちは社会動物だから、世の中が「これが正しい!」と言っているとそれに引きずられてしまう。しかしそこから一歩離れて、本当になにが大事か。そういうものを「食べ物」という視点から考える時間も必要なのではないか。


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とらつぐみ
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