マガジンのカバー画像

私的エッセイ

25
運営しているクリエイター

#スキしてみて

写真家の言葉。

写真家の言葉。

写真家の友人の個展に先日行ったときのこと。

彼も在廊していたので写真について色々質問をした。

「この写真はどういう意図があって撮ったの?」と聞いた。

すると

「この写真がどういう意味なのか、という問いそのものが間違ってるかも。そこの写真に意味があるかもしれないけれど、全く持ってないかもしれないし、持っていても言語化はうまくできない」とのことだった。

また

「この写真の色合いは加工編集し

もっとみる
静寂なステキなひととき。

静寂なステキなひととき。

今日の朝、写真家と一緒に明治神宮に行き、神宮を被写体に一眼カメラで写真を沢山とった。

いつもなら見過ごしてしまうような光景。10分ほどいたら去ってしまっていた場所。

それがその日は違っていた。

どこが写真として残すといいのだろう。
ここかな、いや向きはもう少し横の方、下の方がいいか。

少し場所を変えて歩くと同じフィールドではあるがまた少し変わった風景が見える。

また神宮の建物の木造の重ね

もっとみる
The last emperor

The last emperor

高校の時。

親に勧められてベルナルド・ベルトリッチの「ラスト・エンペラー」を観た。
これは最後の皇帝,「溥儀」の一生を追った映画だ。

3時間を超える超大作。どうにか集中力を保ちながら頑張って観た。

最後のエンドロール。

その自分が頑張って観続けた緊張が解けたのか、溥儀の悲哀な一生に情が入ったのかは分からない。

分からないのだけれども
坂本龍一の「the last emperor」を聞いた

もっとみる
利き手と利き手じゃない手。

利き手と利き手じゃない手。

ある時思った。

 両手同じ風に生まれたのに、

 僕は利き手ばかり使いすぎなのでは、と。 

利き手は右手。 

だから、右手ばかり仕事させている。
左手の負担は右手より少ない。 

もし右手がもっと仕事のタスクを減らしたいと思うのなら、とても右手にとってかわいそうなことをさせている。

逆に左手がもっと成長する機会を欲しているのなら、右手ばかりに与えているので、左手はかわいそうだな、と。 

もっとみる
忘れられた片方の手袋。

忘れられた片方の手袋。

幼い頃、迷子になり1人になるたびに忘れられた片方の手袋を思い出した。

もう片方の手袋にはもう会えることはない。

僕も迷子のまま親や友達と会えないのでは。

でも結局僕ははぐれた親や友達と会える。

だけど手袋はそのままはぐれたまま。

自分を思うと嬉しい一方、

手袋を思うと悲しかった。

忘れられた片方の手袋をみると、

今でもこの複雑な感情を思い出す。

ここで筆を置く。

Keitaro

もっとみる
崩「し」ている と 崩「れ」ている

崩「し」ている と 崩「れ」ている

ある尊敬する一流の方がおっしゃっていた。

「崩している」と「崩れている」は違う、と。

「崩れ」は誰でもできるが、「崩し」は正統が分かってないと出来得ないものだ、と。

つまり、正統を学んでできるものが「崩し」であり、

それが一流の証しである、と。

ここで筆を置く。

Keitaro.

自戒。 コロナで気がついたもの。

自戒。 コロナで気がついたもの。

近頃、政府主導により国民が「go to 」をしだした。街にも活気が戻りつつある。そしてコロナ前のような生活が戻りつつある。

このタイミングで今一度
コロナの生活で考えたことを忘れないようここに書き留めたい。

コロナによって気付かされたもの。
それは

「人と会う」という貴重さ。

友人とご飯に行くことができなかった。 

当たり前の学校にもいけない。だから友人にも会えない。

毎週行っていたサ

もっとみる
通学時間の思惑

通学時間の思惑

今日久々に学校に行く機会があった。
学校は自宅から電車利用で往復4時間の距離だ。
この4時間で思ったことをここに記したい。

往復4時間の通学。

まず僕からしたらこんなに面白い時間は無い。

「映画を観る時間!」と決めよう。

すると往復2本観ることのできる時間になる。

「本を読む時間!」と決める。

中々日々で過ごしていて本の時間が取れない自分からしたら本が1日一冊読める貴重な時間になる。

もっとみる
私的、 「食に関すること。」

私的、 「食に関すること。」

とても元気な友人が
カップラーメンにメロンソーダ、ファミチキを美味そうに食べていた。

そこで思ったこと。

「健康な人ほど不健康なものが食べられ、
不健康な人ほど 健康なものしか食べれない。」

今のうちに、元気なうちに、ジャンキーなものを食べまくりたい。

ここで筆を置く。

Keitaro.

「伝統」 とは何か。

「伝統」 とは何か。

僕は中高6年間「巣鴨学園」という男子校に通った。
その「巣鴨学園」では沢山独自の行事があり、
その中の一つに「夏の館山水泳合宿(巣園流)」というものがある。これは本校が培った一つの流派の日本泳法を、三泊四日にかけて千葉県の館山の海で生徒に教えるというものである。運営をするのは卒業生であるOB方であり、僕も恵まれたことにその一人として携わっている。

今回その運営をしているOB達の話し合いがあった。

もっとみる
映画「ルーム」と家ネコと。

映画「ルーム」と家ネコと。


映画「ルーム」について

映画「ルーム」を観たことがあるだろうか。
これはある事情があり今までずっと家に閉じこもり外に出たことがない子どもの話である。
少年には世界が自分の家しかない。
外の光は入ってくるが、だがそちらに行くことは禁じられているのである。
興味を持っていても、出たいと思っても出してくれない、、、。

それが「ルーム」の少年である。

家ネコネコを一匹飼っている。散歩をしない、外に

もっとみる