きつつき

きつつき

最近の記事

淡々と一人にこもる。

なんだか最近は、言葉を発することに全く興味をもてなくなってしまった。 前も一度、同じようなことがあったのだけど、今度はもっと、大きな理解の中で起きている感じ。 人の口から出る言葉というのは、自分の内側にないと思い込んでいることであり、わかって欲しいと思っていること。それだけなんだと思う。 もちろん言葉だけでなく、表現すべて。 言葉、ふるまい、時に音楽や踊り、作品と呼ばれるものすべてがそうだと思う。 言葉はとても分かりやすいから、よく現れる。 この世界はすべてのものが

    • 大変=不幸ではない。

      GW真っ只中。観光地に住んでいるうちの子どもたちも、連日わちゃわちゃと家にいたり遊び回ったりしています。 先日、子どもが4人もいるのは大変で可哀想、みたいなことを言われました。 すでに3人もいて大変なのに、4人目をつくるなんて信じられない!ありえない、子どもがかわいそうだと。 みんな自分の価値観で世界を見ているから、そんな風に思う人もいるんだなぁと、へぇーと受け流したのですが。 たしかに子どもが4人もいると毎日が大忙しです。中学生、小学生、赤ちゃん。 やらなければいけな

      • 忘れられないあの日のこと。

        ※少し苦しい表現があります。家庭環境の苦しみがまだある方は読まないでください。 正直、いろんな出来事の時系列がまざってしまっているのだけど、 あれは確か、長年父から暴力を受けてきた母が反撃して大きなウイスキーの瓶で父の頭を殴った時のことだったように思う。 いつものように争うような声が聞こえ、一階に降りようとしていたところ、ガシャンというガラスの割れるような音がした。 胸のざわつきを感じながら急いで階段を降りると、今にも人を殺してしまいそうな鬼の形相をした母と、頭から大量

        • だれもが、愛されるべき瞬間に、きちんと愛されますように。

          優しい夫。 いつも気にかけてくれて、大切にしてくれる夫。 話を聞いてくれる夫。 連れ子も大切にしてくれる夫。 愛してると言ってくれる夫。 だからこんな事で寂しいとか言っちゃいけないんだ。 弱音を吐いちゃいけない。 そんな失礼なこと、贅沢なこと、思っちゃいけない。 こんなことを、ずっとどこかで思っていたんだと思う。 でもこの間、ふと、 『あ、私、傷ついてる』 と気づいた瞬間があった。 夫が一緒に見ようと取り出した幼少期のDVD。 そこには2歳の可愛らしい夫がいた。

          内側からくる圧倒的な強さを身につけて、誰よりも優しくなりたい。

          子どもの頃からずっと強くなりたいと思ってきた。 日々目の前で起こることがあまりにも恐ろしくて、でも自分がどんなに叫んでも変えられることじゃなかった。 だから、目の前の現実を変えられないなら、自分が強くなればいいんだと思った。 そしたら、どんなに怖くて辛い事にも、気持ちが乱れることがなくなると思ったから。 涙が出たり、怖くなったり、つらいと感じなくなるだろうと思ったから。 あれから30年以上経って、確かにあの頃よりずーっと強くなった。 でもまだまだ弱くて、傷ついたり、泣いた

          内側からくる圧倒的な強さを身につけて、誰よりも優しくなりたい。

          標高550mの山奥から2021年をおもう。

          2021年も残り3ヶ月とちょっと。はーやーい! なんていうのを飽きもせず毎年やっている気がする。きっとみんなそうだよね。 今年に入って、びっくりするくらい人生が大きく動いたので、ここで一度整理しておこう。ライフログとか、写真とか、記録とか、そういうことには全く興味がない。でも、今年に入ってからの人生劇場は、まさに第二章、いや、第三章のはじまりと言えるものだと思うのだ。 何から書けばいいんだろう。文章ってどう書くんだっけ。まずはそこからか・・・。 私は今36歳で、子どもが

          標高550mの山奥から2021年をおもう。

          自分でしか自分を救うことはできない

          人を信用するということ。 他の人たちはどうやってるのだろう? 私にとって、怖くてとてもできないことの一つだった。 誰かを信じてしまえば、私はその人にわかって欲しいと思ってしまうだろう。 相手が重くなるほどにのっかかることはしないと思うけど、ほんの少しだけ、きっと期待をしてしまうと思う。 ちょっとだけ、わかって欲しいって。 心細いとき、 寂しくて、鼻の根っこがつーんとなるとき、 それをこらえようとして深呼吸をするけど、 またつーんってなって涙があふれてしまうとき、 子

          自分でしか自分を救うことはできない

          絶縁状態の母を想う。

          絶縁状態の母へ。 お母さん、  あなたを愛しているから、 あなたを想っているから、 今はそっと、離れておくね。 お母さんが私を縛ったその鎖は 実はお母さん自身を縛っていることに いつか気づいたら、きっと楽になれる。 お母さん、昔言ったね。 私とお母さんはよく似ているから、ぶつかり合うのだと。 自分を見ているようで、腹が立つのだと。 私はずっとその言葉に違和感をもっていた。 お母さんに似ている私が愛されないのなら、 私は一体どうすれば、お母さんに愛されるのだろう。 で

          絶縁状態の母を想う。

          苦手な相手が実は愛の使者だった話。

          2月からお仕事をお休みすることになった。 自分の心と身体が、サインを出してくれたのだ。 本当の自分の在り方と、私が選んでいる場所が一致していないことに気づいたのは昨年末。 2月まで、あと数日。 なぜ、その決意をしたのか。 その気づきを記しておこうと思う。 私は今、障害者支援の仕事をしている。 これまでいろんな仕事をしてきたけれど、今の仕事は初めてやりがいを心から感じる仕事だった。 毎日がほんとうに学びの連続だった。 日々の勤務の中で、利用者や職員と接しながら、仕

          苦手な相手が実は愛の使者だった話。

          もう、今を犠牲にしたくない。

          もう、未来のために今を犠牲にするのは辞めようと思う。 もう、ずーっと長いこと、未来のためだけに生きてきた気がする。 何にも確定していない、何ひとつ分からない未来のために。 何より大切な【今】を犠牲にして。 何より大切な【今】を全く見ることなく。 その結果どうだった? しんどかったね。 一番大切にしたかった人たちを犠牲にして 一番大切にしたかった人たちのせいにして あなたたちのために… あなた達の未来のために… その言葉でとれだけ自分や大切な人達を縛ってきただろう

          もう、今を犠牲にしたくない。

          cateenさん。そのものとなるということ。

          ピアニストのcateenさんこと、角野隼人さんが大好きです! 私は筋金入りのロック好きを自負しています。 でも、同じ音楽でもクラシックはどうしても眠くなっちゃう… そんな、クラシックやピアノには全く縁がなかった私が、ピアノを聴いて涙を流すという… ピアノの音色に癒されるという現象が起こったんです。 まだまだ、知らない自分に出逢ってゆく感動よ… 半年ほど前、youtubeの紹介動画に出てきたcateen(かてぃん)さんのピアノの音色を聴いて、なぜかとても惹かれるものがあり、次

          cateenさん。そのものとなるということ。

          安心して、ただ引き受けていく。

          いつも、いつだって、今必要なことが、ただ起きているだけ。 だから、安心して引き受けたらいい。 いつも、その時ベストなことしか起こってない。 必要なことが、起こっているだけだから。 だから、安心して、安らいで、起こることを引き受けたらいい。 絶対に大丈夫だから。

          安心して、ただ引き受けていく。