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だれもが、愛されるべき瞬間に、きちんと愛されますように。


優しい夫。
いつも気にかけてくれて、大切にしてくれる夫。
話を聞いてくれる夫。
連れ子も大切にしてくれる夫。
愛してると言ってくれる夫。

だからこんな事で寂しいとか言っちゃいけないんだ。
弱音を吐いちゃいけない。
そんな失礼なこと、贅沢なこと、思っちゃいけない。

こんなことを、ずっとどこかで思っていたんだと思う。

でもこの間、ふと、

『あ、私、傷ついてる』

と気づいた瞬間があった。

夫が一緒に見ようと取り出した幼少期のDVD。
そこには2歳の可愛らしい夫がいた。
亡くなったおじいちゃんが撮ってくれたという、とても手の込んだ愛のこもった編集の、家族に愛されている彼の幼少期の姿が映っていた。

純粋にかわいいなと思える気持ちよりも
ずーっと大きな寂しさが、
自分の中からじわじわと出てくるのを感じた。

2人で歯磨きをしながらその映像を見ていた。
涙が出そうになるのを必死にこらえながら、
もしかしたらこぼれたかもしれない涙に気づかれないように、テレビの画面から顔を離さないようにした。

夫を悲しませたくなかったから。
その瞬間夫が感じているであろう家族からの愛情やあたたかさを邪魔したくなかったから、
いつもより長めに歯磨きをしながら言葉を出さないようにごまかした。
そのあと、うがいをしにに台所へ行って、
そこでちょっとだけ泣いた。

私にはこんな時期がなかった。
あのテレビ画面に写っている小さなかわいい男の子が家族のみんなに愛され、愛情いっぱいに温かい目で見守られ、目を見て、手を取り遊んでもらっている時間。

私にはこんな時間、一瞬もなかったと思う。

私は毎日世界に怯えて生きていた。
私の住んでいた世界は、いつも白黒で、とても狭くて、とても恐ろしいものだった。
恐怖と絶望と、妹を守るためだけに生きることを保っているだけの世界だった。

学校から帰ってくると、イライラしている母親を怒らせないようにそっと自分の部屋に隠れた。
何か言えば怒られるから。
髪の毛引っ張られて、痛いから。

父親が帰ってくると、いつものように晩酌が始まり、少しお酒が進んだところで父の口調が激しくきつくなっていく。
そこでいつものように母の口調も冷たくなり、父親の声がだんだんと大きくなり、ビール瓶が投げられ、机をひっくり返し、お皿が次々と割れていく。

父が母に馬乗りになり、いつもの暴力が始まる。

私は妹を抱きしめながら、妹の顔を自分の体に押し付けながら、お願いだからやめてと泣きじゃくる。

また思い出してしまった。

お母さんに愛されたと感じた記憶がない。
父に認められた記憶もない。


どんくさい私はいつも失敗して怒られるのがパターンだった。

何やってもダメ。どうしておまえははいつもこうなんだ?どうせできない。うちの子じゃない。もう出てけ。外に立っとけ!

いつも父と母は自分の人生に必死だった。
お金がなくて、仕事ばかりしていて、目の前のことがあまりにも大変で。
私たちのことなんて、見る余裕もなかったんだと思う。仕方ない。それだけ大変な毎日を背負っていたんだと思う。私たちのために。

身の回りのことはしてくれていたと思う。
だけど全くこっちを見てはくれなかった。思い出すのは全く余裕のない、こちらを睨みつけるような母の目つき。


たった一瞬でもよかった。
たった1度でもいいから、愛されてるって感じたかった。
抱きしめてもらいたかった。
叩いたあとで良いから、ごめんねって言って欲しかった。

自分がいてもいいと思える場所なんて、どこにもなかった。
何も出来ない、何の価値もない自分の居場所がどこにあるのかわからなくて、家でも学校でも、いつもいつも寂しかった。いつも周りの目をうかがっていた。嫌われないように。傷つかないように。もうこれ以上傷ついたら、何かが壊れてしまいそうだった。その何かが、わたしには分からなかった。


家に帰っても、母を怒らせないように、殴られないように、父と母の争いが始まらないように、
これ以上お母さんが殴られないように。
私が大きな声で叫べば、少しはその手が止まるだろうか。
そんなことも考えたけど、どれだけ私が叫んでも、父の手が止まる事はなかった。
タンスの上の観音様の置物も、助けてはくれなかった。


テレビの中に映るかわいい男の子の映像を見て湧いてくるのは、
うらやましいとかそういう感情ではない。

ただ単に、
あ、私もこんな時間を過ごすこともできたのかもって。

だけどできなかったなって。

失ってしまった時間の悲しみというか。
よくわからない。

今私は、学校で教育に関わる仕事をしている。
子どもたちを見ていて、いつも思う。

無邪気に見えるこの子たちも、学校が終わればそれぞれの家に帰っていく。
それぞれの場所で、それぞれの時間を過ごしていく。
今日はお母さんに笑顔を向けてもらえたかな。
自分が愛されているって思えてるかな。
無理して笑わなくていいからね。
大丈夫。あなたたちは、何があっても素晴らしい。何をしても、価値しかない。

どうかこの子たちが、自分のままでいいって、ほんとうに思えますように。


子どもの時に味わえる時間をそのまま味わって欲しい。

この子達が、
抱きしめてもらえる時期に、きちんと抱きしめてもらえますように。

楽しいと思えることを、楽しいと、そのまま感じることができますように。

思ったことを、安心してそのまま口にすることができますように。

安心して、温かいぬくもりの中で、眠りにつくことができますように。

笑える瞬間を、きちんと笑えますように。

愛されるべき瞬間に、きちんと愛されますように。

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