テニス上達メモ109.テニスは「自己責任」。だから自己肯定感を高める
▶ラケットを手のひらに乗せてバランスを取る
ラケットを縦にして、手のひらの上にグリップエンドを乗せ、バランスを取る遊び。
子どものころは傘を使って、よくやったものです。
その時きっと無意識で、立てたラケットのバランスを保とうとするために、ヒジを曲げ伸ばしたり、足を踏み出したり、左腕(非利き腕)を横へ広げたりする動作を、行なうでしょう。
それらの動作は意識して行なうのではありません。
ふらつくラケットに自分の体を従わせて「操り人形化」させると、上手くいきます。
フォームは自然と現れます。
▶ラケット遊びで「道具を扱うスキル」を高める
ぜひ実際にお試しください。
こういうラケット遊びも、道具を扱うスキルを高めます。
ただし実際に試してみる場合は、ハードコート上だとラケットを落としたら傷めかねませんので、砂入り人工芝コートなどの柔らかなサーフェス上だと安心です。
落とした場合、外見は大丈夫そうでも、フレーム内部にヒビなどが入りかねません。
ラケットは、正面からの打球衝撃には強いけれど、横からの硬質な衝撃には強くないからラケット破壊にもなります。
▶フェデラー、アルカラスの「ラケットスピニング」
ジュニアでプロの仕草に憧れる子どもは、ラケットを横にして人差し指や中指の上でくるくる回転させたりする「ラケット回し」を身につけたいのだけれど、未熟なうちはカツカツ落としてコーチに注意されるというのは定番ですね。
ラケットスピニングの例をふたつ。
ロジャー・フェデラー
https://www.youtube.com/watch?v=FhyTbMXcixg
カルロス・アルカラス
https://www.youtube.com/watch?v=PRcmFp_8EKY
▶テニスは100パーセント「自己責任」
余談というか本題ですが、ラケットを落とすとフレームを傷める可能性がありますので、「ラケット回し」や「ラケットスピニング」の練習は、自己責任でお願いします。
そしてテニスは100パーセント「自己責任」のスポーツです。
これが、テニスはミスするスポーツだから自己否定に向かいやすいきらいがあるけれど、逆手に取れば自己肯定感を育むエッセンスが凝縮されている要素のひとつ。
「自分で責任を取る」というのは、自己肯定感を育むうえで身につけたい「領域」の話です。
(必ずそうする必要はないけれど)他者の依頼よりも、自分の都合や体調や気分を大切にしたい場合は、自分の都合や体調や気分を、他者に分かりやすいコミュニケーションを通じて伝えるというのが、領域に関する「自己責任」についてのスタンスです。
忙しくしているのだから「察しろ」の沈黙は、責任逃れ。
察せさそうとするのは「相手のテリトリー」に踏み込んだ領域侵犯であり、他者否定的だから自己肯定感を損ねる相関です。
▶相手も「テレパシー」は使えない
「自己責任」などというと、テニスゼロはいつもは「自分に甘く!」などと言っているくせに、「自分に厳しいのではないか?」などと思われるでしょうか。
違います。
自分の都合や体調や気分を伝えておくのが最も「楽」であり、案に「察しろ」の態度は、相手も他人の心を読むテレパシーを使えるわけでもないですから、そこまでは察し切れないので自分がイライラするからストレスなはずです。
▶自己肯定感が低いと、「自分の事情」を伝えられない
もちろん自己肯定感がまだ低いうちは、自分の都合、体調、気分を相手に伝えるのが難しいのは当然です。
なぜなら、「自分なんてどうでもいい!」というイメージがあるし、「この俺様からなぜに!?」というプライドの高さもあるし、そうはいってもやっぱり「嫌われるのは怖い」思いもあるからです。
本当に「嫌われても構わない」と思えるようになるのは、自己肯定感が「心の友」に育ってから。
ですから、『嫌われる勇気』のその前に、「好かれる勇気」です。
▶ほんの小さな針のひと穴を、チョンとつつく
自己肯定感が低いと、自分の都合、体調、気分を伝えにくいのは当然。
とはいえ伝えないと、ますます他人に振り回されて自己肯定感が下がる悪循環なのです。
これらを踏まえると、自己否定のループから、抜け出せないような気にもなりますね。
一体、どうすればいいでしょうか?
ですからファーストステップの原理原則は「スモールステップ」。
ほんの小さな針のひと穴を、チョンとつつくところから始めます。
職場の人たちよりも、友だちに。
いえ自己肯定感がまだ低い人は「友だちがいない」ケースも少なくないですから、家族など、できるだけ抵抗感が少ない相手から、自分の都合、体調、気分について、なるべく些細な内容を伝える「日々の練習」にまずは取り組み始めます。
自己肯定感は心の筋トレです。
力がついたぶん、確実に楽になります。
▶「人間関係」を主体的にコントロールできる
「自己責任」などというと、道徳的でうざったい印象。
煙たがる人もなかにはいるかもしれませんけれども、自分の都合、体調、気分を相手に伝えて自分のテリトリーを守る姿勢は、繰り返しになりますが生きるのが、ものすごく楽になります。
逆に伝えないから、しんどくなる。
またそこまで伝えても相手が取り合ってくれないというのであれば、それは相手の領域内の判断であり、そこまでして付き合う必要があるかどうかを見定めるポジティブなヒントが得られるから一石二鳥です。
力がついてくると、「そこまでして勤め上げる会社なのか?」というヒントも見つかるかもしれません。
つまり「自己責任」でいると、生きていくうえで最もストレスになりやすく、心理学者アドラーがすべての悩みの原因と指名手配した「対人関係」を、自分自身で主体的にコントロールできるから「楽」なのです。
▶2種類の沈黙「混ぜるな危険」
なのに「察しろ」。
これだと「しんどくなる」ばかりだと分かります。
自己肯定感の高い人は沈黙を楽しめますが、自己肯定感の低い人も沈黙するから「混ぜるな危険」。
「察しろ」は、他者に対するディスリスペクトだから、結局自分に厳しく跳ね返ってくる特大ブーメランです。
▶パートナーのせいで負けたのも、自分のせい?
テニスは100パーセント「自己責任」のスポーツです。
ダブルスで、パートナーによるミスのせいで負けたとしても、ペアを組む了承をしたのは自分。
言い方を変えれば、「自己責任」でなければ、誰が責任を取るでしょうか?
当然、他者に責任を負わす「他責」になる。
ダブルスで言えば「あなたのせいで負けたんだ!」というふうになりかねません。
「自己責任感=自己肯定感」の相関。
他責の人に、「自己正当化」はできたとしても、「自己肯定感」を育む素地は作りにくいのです。
▶テニスは「1分ごと」に責任を取る
仕事でもミスは確かにあるものですし、当事者や上司ならば、その責任は取る必要があります。
とはいえ、1分ごとにミスしたりはしないでしょう。
ところがテニスは、1分ごとにミスします。
テニスはミスするスポーツだから、1分ごとに責任を取る。
だから「自己責任感」が育つから「自己肯定感」も育まれる相関です。
▶競歩は「ルールだから」、ピョンピョン跳びはねてはいけない
改めまして、ラケットを縦にしたバランス遊びにつきまして。
安定させたいからといって、ヒジを固定しようとしたり、スタンスを定めたりすると、逆にラケットを立て続けるバランスを保てなくなるでしょう。
つまりフォームに意識を向けると、むしろ上手くいかないのです。
ところが常識的なテニス指導では、ヒジの固定や、ヒザの曲げや、左腕(非利き腕)を伸ばすことなどを意識させようと促します。
それは、「サッカーは手を使ってはいけない」というルールと同じ俎上の「縛り」です。
錦織圭はジュニア時代、ピョンピョン跳ねながら打っていたら戒められました。
それはまるで、「競歩は両足が地面から浮いてはいけない」というルールと同じ「縛り」なのです(そのルールさえ怪しいのだとか……)
そういう競技としてならもちろんいいのですけれども、テニスは跳び跳ねて構わないルールなのにフォームを「強制・矯正」すると、ますますパフォーマンスは下がります。
「正面向きで打ってはいけない」
「ヒザは曲げなければいけない」
「打点は前じゃないといけない」
みんな「縛り」です。
テニスは遊び(ゲーム)。
ラケットバランスやラケット回し、ラケットスピニングなどを通じて道具を扱うスキルアップを、「自己責任」で楽しみたいものです。
▶追記・テニスのミスの「責任の取り方」
テニスのミスの責任を取るとは、どういうことでしょうか?
具体的にどうすれば、責任が取れるでしょうか?
責任の意味について辞書を紐解くと、「自分のした事の結果について責めを負うこと」とありますが、その語源は下記のウェブサイトで説明されているとおり「応答可能性」、つまり「対応できること」です。
https://t-hirosaka.hatenablog.com/entry/20080417/1208418601
ですから、ミスったボールをミスらなく対応できるようになるのが、「責任を取る」ということ。
そのためには、どうすればいいでしょうか?
バックアウトしたりネットミスしたりしたボールにも、「集中し続ける」のです。
こうすると、次からはミスらない動きをする小脳運動機構のネットワークが整備されて、「あみだくじ理論」に則り、横棒が取っ払われて当たりくじまで一直線。
けもの道も、通らなくなるとなくなるように、ミスする脳内回路は使われなくなって、メインストリートだけが残るイメージです。
これが、テニスのミスの「責任の取り方」。
▶ミスしたボールに集中しないのは「無責任」
ところがこちらでも述べているとおり、プレーヤー本人は打った瞬間には、そのショットがバックアウトするかネットミスするか、結果を見なくても分かります。
結果を見なくても分かるから、ボールに集中できなくなる原因にもなっています。
ですからジェイデンさんの言葉を借りると、(打球タイミングは)「間違えてもOK!」だから、最後まで集中し続ける持続力が大事です。
ミスしたボールに集中しないのは「無責任」と言えるでしょう。
それではいつまで経っても「応答可能性」は高まらないからです。
▶「根拠実証済み」のテニス上達法
テニスの上達に親しみやすくご活用いただけるように、私は「あみだくじ理論」などというくだけた表現を用いますが、「小脳運動機構」などのワードでネット検索すると、その科学的メカニズムにたどり着けます。
テニスゼロは「エビデンス・ベイスト」のある根拠実証済みテニス上達法。
常識に反するからといって、私が伊達や酔狂なのでしょうか。
「カスタマーレビュー」にある以外にも、数多くの臨床を経験しています。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
https://note.com/tenniszero
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