シン映画日記『The Son/息子』
TOHOシネマズシャンテシネマにてヒュー・ジャックマン主演、フローリアン・ゼレール監督・脚本・原作・製作の『The Son/息子』を見てきた。
『ファーザー』のフローリアン・ゼレールの原作戯曲『Le Fils 息子』を原作とした家族のヒューマンドラマ。
前作『ファーザー』が認知症の父親を主人公にした映画だったけど、本作は主人公の高校生の息子が理由無き鬱病という作品。
前作では主人公の認知症視点というのを徹底的に描いていたが、
本作では鬱病になった息子をどう接する、どう救うかという映画で、終盤の展開が凄まじかった。
主人公の弁護士のピーターはある日、前妻のケイトが息子ニコラスが学校に登校してないことを相談してきた。その際、ケイトから「男親が必要」と言われたのでピーターは妻ベスに了承を得てニコラスを引き取ることに。
ニコラスは基本的には優しい子で相手に迷惑をかけたくないので、転校した学校にも通っている様子を見せる。が、実際にはそうではない。
加えて、高校生のニコラスには両親の離婚がトラウマになっている。それに父親の再婚自体は表向きは拒んでいないが、再婚相手のベスとはギクシャクした関係である。
それと、ニコラス自体は文学に興味があるが、父親が弁護士ということもあり、その方がいいという感じで法学に特化した学校に通っていることもニコラスが憂鬱に陥る要因の一つになる。
こうしてニコラスは特に自分が熱中出来る趣味とかもないので、鬱屈とした日々を送るが、その様子が物凄くリアル。ニコラスを演じた俳優のゼン・マクグラスの演技が上手く、常に憂鬱な表情を作っている。
また、ニコラスは学校で特別いじめや嫌がらせを受けているわけでも、勉強も運動もダメダメというわけではない。鬱に陥る理由は特にない。特にないけど、なんとなく鬱に陥る感覚は思春期の少年少女らしい。
このニコラスが何をやらかすか分からないドキドキとニコラス、ベス、ケイトらの翻弄されっぷりが不謹慎ながら面白い。
この鬱の人が何をやらかすか分からない緊張感や危機的な状況じゃないのに当事者の様子の危うさはガス・ヴァン・サント監督作品『ラストデイズ』に非常に近い。
また、ニコラスの症状も一方的に悪いわけではない所が厄介で、この上がり下がりは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』にも通じるものがある。
さらに途中途中でピーターがニコラスが幼い時にケイトも含めた家族で海に遊びに行った時の回想が挿入されるが、あれは『ジョニーは戦場へ行った』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のミュージカルからの現実を見せる演出と同様の手法である。
本作は4分の3ぐらいまでは地味な親子のヒューマンドラマで、『ファーザー』の時のような仕掛けがないので、『ビューティフルボーイ』や『カモン カモン』みたいなヒューマンドラマ枠の作品かなと思いきや、終盤に思い切った展開があり、一気に前作『ファーザー』をも超えた傑作に仕上がっている。
感覚的には『ある終焉』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』みたいな感じだが、唐突さでは前者に近い。
これにピーターとニコラス、さらにピーターとアンソニー・ホプキンスが演じるピーターの父親らの親子の断絶、「親の心子知らず」を見事に表している。中身は違うが『エデンの東』の鬱病少年版とも捉えられる。
それと、作中では食事描写が少ない代わりに、大人たちが酒を飲むシーンやニコラスがコーヒーを飲む、煎れるシーンが何回かある。酒を飲むことで気を紛らわせたり、ちょっと酔うというアクセントをつけるが、対するニコラスは酒が飲めない年齢だからか、コーヒーを飲むシーンが多い。どうやら鬱にコーヒーは作用がいいみたいだからそういう意味では理に適っている。
考えてみれば、食事シーンが少ないのもやはり鬱病が関係しているかも。鬱病なのに食欲もりもりというのは絵的に変ということもあり、極力少ない。唯一、印象的なニコラスが食べ物を食べるシーンはシリアルを食べるシーンがある。しかも、アニメを見ながら。土曜の夜にシリアルを食べながら海外アニメを惰性で見ているシーンにブルーさがあり、いいシーンである。
『ファーザー』のような分かりやい、奇抜な演出は最終盤にしかないが、鬱病の少年と彼に振り回される家族を繊細に描き、極上の鬱病少年映画を作り出した。