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かる読み『源氏物語』 【匂兵部卿】 空席の主人公とヒロイン〜匂宮と薫と高貴な姫たち〜

どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【匂兵部卿】を読み、主人公とヒロインについて考えてみました。

読んだのは、岩波文庫 黄15-16『源氏物語』七 になります。【匂兵部卿】だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。


主人公とヒロインってそもそもなんぞや

いよいよ第三部に突入したところでありますが、ここでの画期的な出来事といえば、主人公とヒロインが退場したことです。二人が生きた気配というものはずっとあるものですが、ここからの話を引っ張るのは新たな主人公とヒロインということになりますね。【匂兵部卿】では、その候補になる新たな人物が紹介された、というところでしょうか。
明確に主人公は誰なのか、匂宮(光源氏の孫、明石中宮と今上帝の皇子)なのか、(光源氏の息子、本当は女三の宮と柏木の子)なのか、判断が難しいなと思いました。
自分自身のこれまでのイメージでは薫が主人公だ、という認識でいましたが、せっかく読み直すのだから、まっさらにして読み、それぞれの人物について考えてみてみようかという試みです。

また、ヒロインといえば、宇治十帖における大君と中の君、そして浮舟だ、となりますが、【匂兵部卿】、【紅梅】、【竹河】ではどうだ、と考えた時、やはりさまざまな姫君が登場していて、この意義は何なのかという点が気になりました。そのあたりもいずれ考えたいとなった次第です。

にほふ兵部卿、かをる中将

勝利が約束された光源氏の孫・匂宮

本人の資質はともかく置いておき、匂宮(三の宮)は光源氏の上位互換にあたる人物です。上位互換というのは、帝の皇子としてというところで、第三皇子で東宮の座についているわけではありませんが、父の今上帝と母の明石中宮に期待され、非常に可愛がられています。
そうして、他でも無いあの紫の上の愛情を受けた孫でもあります。自分が紫の上を神聖視しているというのもありますが、【匂兵部卿】より前の帖から、紫の上の孫でもあるという点が強調されていて、紫の上が少女の頃より長く住み続け、馴染みある二条院の後継者というわかりやすい設定もあります。
なんというか、紫の上ってものすごーくクリーンな人物で、その人物がこう見守っているという雰囲気が出ていて、これはもう主人公だなという設定なんですよね。

もう1点挙げるとすると、明石の御方の一族のお話もやはりバックにはあって、この話も、大きなテーマになっていたんですよね。そのサクセスストーリーのその後、結果を表す存在でもあります。
元を辿ると、光源氏の母の桐壺更衣きりつぼのこういは敗れ去った一族の生き残りのようなもので、父の強い遺志によって入内、帝の寵愛を得て光源氏を産みましたが、亡くなってしまい、自身の子である光源氏を帝位につけることが叶いませんでした。そのリベンジをしたのが、光源氏の娘である明石中宮ということになります。
この点について書いたnoteがこちらです。

匂宮は三の宮なので、東宮(皇太子)というわけではありませんが、後宮における勝利の証として存在しているのに近いかなという感じです。実際、東宮がそれに当たるわけですが、物語として東宮という立場の人物が主人公として動く、動かすのは難しいので、自然と三の宮である匂宮が次世代の物語の主人公として抜擢されたというところでしょうか。

源氏物語の主人公の系譜から外れた薫

現状ダブル主人公なのかと思わせてきていると感じたので、薫も主人公と捉えています。薫にはどうしても鬱屈した設定があります。それは女三の宮と柏木の不義の子という設定です。いわゆる本編にあたる、【幻】までのお話のなかで、不義の子といえば、冷泉院が該当するのですが、この方が不義の子として物語の中心になるということはなかったと考えています。物語に必要な人物であるという点では重いのですが、そこから冷泉院の物語が始まるだとか、葛藤が描かれるだとか、重苦しいことがつらつらと描かれるということもほとんどありませんでしたね。

しかしここで冷泉院の存在が強くなるとは思っていず、【匂兵部卿】までは薫は女三の宮の子であり、柏木の子という点しかなかったものが、冷泉院に特別扱いされているという情報が付け足されると、不義の子同士という結びつきが出てきた感じがしました。そうした重く暗みのある設定を再度思い出され、薫という主人公が今までの"光"を軸にした主人公ではないということが、認識させられましたね。

さらにいうならば、不義の子とはいえ冷泉院はあくまで光源氏の子で、ある一面をみれば、一族の成功に必要だったピースとも言えなくはなく、冷泉院の誕生こそが光源氏の一族の栄華につながる重要な局面でした。薫は光源氏の子ではない不義の子という部分がさらに闇深さを孕んでいて、この後の物語において光源氏の血脈、あるいは一家であることがどれだけ大事かという点をひそかに感じさせてくるなといった印象です。

ここで整理すると、薫って母が女三の宮で、結びつきというと今上帝ともあったんですよね。女三の宮と今上帝は異母とはいえ兄妹ですから。しかし、ここにきて冷泉院に大切にされている、という設定がでてきます。これはもう一人の主人公がまさしく今上帝と明石中宮の皇子の匂宮であることが大きいのかなと思いました。

匂宮はそれこそきらきらとした光源氏の一族の"光"の部分を具現化した存在です。反対に薫は光源氏の人生の晩年においての、重苦しい因縁めいた"闇"の部分というと大袈裟ですが、薫には、光源氏自身が背負うはずだった、冷泉院の誕生に至った業も重ねられたように感じました。

ここに至ると光源氏の一族は、この世界の中心のような存在で、その一族に属するはずの薫が、その影の部分を担っているとも思えてきて、この鬱屈した主人公がどうなっていくのかが気になるといった関心を誘う描かれ方に唸らされます。

中の品のヒロインがいない

この【匂兵部卿】では、ヒロインらしいヒロインは登場しません。はじめに登場するのは上の品に属する女性たちでした。夕霧の娘である六の君、冷泉院の女一の宮、もしくは今上帝と明石中宮の女一の宮といった、超ハイパーウルトラお姫様ばかり登場します。ここまでの『源氏物語』の法則からすればこのランクのお姫様はヒロインにはならないわけでして、匂宮は冷泉院の女一の宮に関心を抱くし、薫は今上帝の女一の宮に憧れるといった設定は出てきますが、それが何か形になるということはないんですよね。

こういうガチガチに大きな後ろ盾を持った姫が、中心になることはないのは、それでは物語にならないからでしょう。これは『源氏物語』に限らずのことで、そこから物語にするには、こうしたお姫様たちが何らかの出来事によって中の品に近い属性を持つに至るか、本人の破天荒さが物語を牽引するといったことをしないと難しいのではないでしょうか。なので、一定の距離を持った憧れの女性というポジションで揺るがないまま、彼女たちは物語に存在します。絶対に届かない場所にいる高嶺の花ポジションですね。

この絶対に届かない女性に無理やり近づいたのが光源氏と藤壺の宮だったり、柏木と女三の宮だったり(といってもこちらは中々迂闊な経緯はある)と、まあすでに物語としてやったことなので、これを繰り返すということはしないだろうなといった感じです。

現状、主人公もヒロインも空席状態

この帖はやはりそれまでの物語の余韻が残っていて、光源氏と紫の上がいないその後の世界を見せてもらった感覚に近いです。どん、とそれらしい人物は登場しますが、すぐさま主役の椅子に座るわけでもなく、自由にゆらゆらと歩き回っている状態に近いです。特に、高貴な姫君たちの紹介がされますが、この姫たちが何かを起こす気配というものもなく、匂宮と薫が今後どう動くか、化けていくかが未知数といった話なんだなと感じました。

誰が主人公、ヒロインという先入観はひとまず外して、それぞれの人物の個性を読み取りながら、読み進めたいと思います。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

参考文献
岩波文庫 黄15-16『源氏物語』(七)匂兵部卿ー総角


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流-ながる-
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