かる読み『源氏物語』 【若菜上】 女性版光源氏が登場する回
どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【若菜上】を読み、女三の宮について考えてみたいと思います。
読んだのは、岩波文庫 黄15-14『源氏物語』五 若菜上になります。【若菜上】だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。
朱雀院の女三の宮が抱える問題
いきなり何不自由なく育ってきた少女(内親王)が世の中に放り出される展開がはじまる
光源氏を主軸とした物語は彼自身も40歳に到達し、あとちょっとで終わりかと思うところ、しかし終わりません。
静かな水面に投げ込まれる小石のように、女三の宮と呼ばれるひとりの少女が登場します。一度投げ込まれて波紋が落ち着けばそれでいいのですが、この波紋ひとつが大波であるのが問題であり、物語を引っ掻き回す要素、ドラマチックにする要素を生み出しています。
女三の宮の存在感ってかなり重いですね。そんな彼女の登場に今回は注目したい。
源氏の兄・朱雀院の内親王
母親はすでに亡くなっている
母親も元々皇女であり、後ろ盾が弱かった
女三の宮自身の後見も弱く、父・朱雀院が最も心配している内親王
内親王というのは、帝の娘であるわけですから言ってみれば最上級の立場の女性ということになります。だからといって最上級の暮らしができることが決まっているわけではないというのが、今回のお話なのです。
この問題が表面化したのは、彼女の父の朱雀院が出家を決めたタイミングです。基本的に内親王は母方の実家がお世話をするので問題はないはずなのですが、女三の宮については、母親がすでに亡くなっていて、その母も内親王であったので、頼りになる後見人がいない困った状況でした。今までは朱雀院が気を配っていましたが、出家するとそうもいかなくなるので、誰か代わりに女三の宮の面倒を見てくれる人はいないかな、と悩んでいたのです。
女三の宮が男性だったらほぼ光源氏だった
「母親はすでに亡くなっていてさ」
「母親の実家も頼りなくてさ」
「そのせいか父親に大層溺愛されているんだ」
ほう、ほう、とそんな女三の宮の境遇を読んでいくと、これは源氏とほぼ一緒なのではなかろうかと思いました。母親の生まれは違いますけど、頼りない身の上の母親という点では変わらないかと。
源氏はどういうふうに問題解決したかというと、臣籍降下して皇族ではなく臣下として働いて、自分で生活基盤を作り上げる土台をつくってもらいました。さらに、当時の左大臣の娘である葵の上と結婚して、左大臣の婿となることで後ろ盾を得ることができたのです。夫婦仲があまり良くはなかったのものの、葵の上との結婚で得られたものが大きく、葵の上の兄弟である今の太政大臣とも親交を深めることができたと。
しかし女三の宮は女性なので源氏のようにはいきません。臣籍降下して臣下として出世して自立コースは進めないですし、男性だったとしても当時帝位についていた桐壺帝の時代に臣下としてお仕えするのと、すでに退位した朱雀院の子として、別の帝にお仕えするとではハードルが違いすぎます。桐壺帝が退位し亡くなった後に源氏に逆風が襲ったことからも想像できるといいますか、女三の宮が男性だったら源氏よりもむしろハードだと思われます。
解決策として朱雀院は結婚させて相手の男性に託そうと決めました。そして内親王なので夫となる男の身分や位にこだわった結果、源氏との結婚を答えとして導き出し、読者を仰天させたというわけです。
六条院(源氏)がいい! と押し切る朱雀院
紫の上ファンからすれば「なにしてくれてんねん」となるのが、朱雀院の強引な源氏への女三の宮ごり押しです。結構早い段階で、「絶対、源氏がいい! それが最適解に決まっている!」と言わんばかりだなと思いました。
朱雀院という方は、どちらかといえば押しに弱く、おとなしい気質だというのがそれまでの印象でした。しかしここにきて、ずいっと源氏に、是非、とくるのです。さりとて出家をしたいから何がなんでもと自己中な考えからではなさそうだなと思います。
ひとえに女三の宮に苦労させたくない、彼女の内親王としての評判を落としたくないという気持ちからなのだと考えました。
朱雀院には後ろめたさがあると感じたのは、源氏がさらっと提案した冷泉帝への入内の案をスルーしたところです。源氏が後から入内した人でも、寵愛が素晴らしい例もあるとあの藤壺の宮の話をし、そういえば、女三の宮の母親は藤壺の宮の異母妹だ、血縁じゃないかと源氏の心が揺らぐきっかけになった瞬間がありましたが、それは置いときまして、朱雀院がその案についてガチでスルーしました。
朱雀院の頭の中にあるのは、成功例の藤壺の宮ではなく、失敗例の女三の宮の母なのでしょう。実家の力が強いうえ朱雀院の寵愛も深かったのが朧月夜、そして今の東宮の母についても自分の子がいずれ帝になるわけですから良しとしても、女三の宮の母については、高貴な血筋でありながらも早くに亡くなってしまい、不遇でした。
それがおそらく後ろめたいであろうし、母と同じく帝の妃とするのは朱雀院からすれば「とんでもない!」ということなのでしょう。ましてや今の帝・冷泉帝の中宮である秋好中宮は源氏が後ろ盾をしています。入内するなら前提として後ろ盾がいるだろうと、「そんなこと出来るならそもそもこんなに困ってない!」「それじゃ意味がない! 女三の宮が苦労するに決まっている!」となりますね。
源氏もおそらく話を逸らすために言った程度の話と言いますか、この話は女三の宮があの藤壺の宮のゆかりであると源氏が気づく、読者に知らせるきっかけの話題であると思いますが……。
本人が登場する前から、物語を大きく動かした女三の宮
玉鬘が夕顔のゆかりとして登場し、長く活躍し、立派な女性として巣立っていった六条院に、今度は藤壺の宮のゆかりとして女三の宮がやってきました。玉鬘については源氏がお手紙を書いて、その返事を見て本人の資質を見極めたうえで迎えたわけでありますが、今回はそういうわけにはいきません。
女三の宮は藤壺のゆかりとしてならば、紫の上とそう変わりません。そうして源氏は女三の宮を見て、紫の上と暮らし始めた頃のことを思い出し、比較します。つまり紫の上にとっての脅威として女三の宮は登場したということなのだろうか、と思わせてきます。これについて、まだまだ考える余地がありそうです。
女三の宮自身はどうなのかと考えてみた時、物語を動かすほどの能動的な人物ではなく、逆に意外性があります。人見知りをしない幼児が、そのまま大きくなったようと言われる彼女によって大きな波が起こる。彼女がそうであるからこそ起こる出来事があるというのが面白く、物語後半の人物なのにインパクトがあり、好きな登場人物のひとりです。
人見知りをしないというのは、女三の宮の育ってきた環境によるものなのでしょう。彼女は生まれてからこれまで、彼女に悪意や裏のある人物に出会ったことがないのでしょう。会う人、関わる人、全員、彼女を大切に優しく扱ってくれる人であるから、”人を測る”必要がない。それが、六条院に入り、これからどう変化していくのかについても、これから読むポイントかなと思いました。
若菜については上下に分かれているものの、分かれてもかなりの量があるので、じっくり読んでいきたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
参考文献
岩波文庫 黄15-14『源氏物語』(五)梅枝ー若菜下
続き。女三の宮と紫の上の比較についてです。