かる読み『源氏物語』 【藤袴】 たったひとつの真実で大逆転だ
どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【藤袴】を読み、玉鬘の終着点について考えてみようと思います。
読んだのは、岩波文庫 黄15-13『源氏物語』四 藤袴になります。【藤袴】だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。
髭黒の大将ってそもそも誰だ、というぐらいの存在感
結末をすでに知っている状態だとキーになる人物だとわかってはいるのですが、こうして読み返しますと中々に「彼については情報が出てこないなぁ」という印象です。もうわざとかってぐらいにあえて存在感を消しています、けど度々候補として出しますといったふうですね。
しかしこれは、わざとそうしたのではなく自然とそうなったということがここにきて判明しました。なんで源氏サイドは蛍兵部卿の宮に比べ、彼については扱いがイマイチだったのかという点を整理してみることにしました。
蛍兵部卿の宮は源氏の弟にあたります。これまでも親しく付き合いを続けてきました。これは読者もよく知っていることなので、源氏がこれからも良い付き合いをするために”失礼のないように”、”彼だけにはちゃんと返事して”と指示するのもわかります。
それは、玉鬘にとってどうかというよりは源氏と蛍兵部卿の宮の関係を考えれば当然の対応ということなんですよね。玉鬘にとっても文のやりとりをする相手としては申し分ないという評価もありますが、さあ、結婚を進めましょうというところまではいかないな、という印象です。
では、髭黒の大将は、というと源氏サイドからしますと扱いが難しかったというのがここでやっと判明しました。髭黒の大将には妻がいるのですが、この妻が紫の上の異母姉だったと明かされたのです。これまでなぜ源氏が彼については反応が薄かったのかというとただこの一点に尽きるということですね。
源氏との関係がうまくいかなかったのが、紫の上の父とその妻になりますね。プライベートでも政治上でもうまくいっていません。こっちもそうだし、向こう側もそうだしお互いに印象がよくない。
そして今回、玉鬘に求婚してきた髭黒の大将の妻が紫の上の異母姉ということになると、異母姉の夫を玉鬘が奪いましたという形になってしまう。紫の上はこの玉鬘についてはノータッチなので恨まれる筋ではなくとも、逆恨みされる恐れがあるということです。少しでも紫の上が嫌な思いをするなら避けたいというのが源氏だと思われます。優先されるのは紫の上で違いないということですね。
内大臣サイドでは髭黒の大将は最良の選択になる
これは不思議なことですが、ある視点では”あり得ない選択”だったものが、視点が変化すると”良い選択”に変わるというのが、髭黒の大将についてピックアップするとわかりました。
そもそも髭黒の大将というのは、玉鬘の求婚者として現れたから「なんじゃコイツ」感が強いということですね。しかし現実的な視点を持つ内大臣にかかれば彼は婿としてかなり頼もしく、願ってもない良縁であったわけです。
確かにすでに妻がいるというのは懸念事項になりうることではありますが、結婚生活が破綻しているのに近いという点を考えるとそこまで気にならないということなのでしょう。玉鬘の立場が内大臣の娘で、源氏の養女であるとなると、妻として世間的にも重んじられることは間違いない、正式に結婚すればそれでいいんだということになります。
内大臣からすれば、髭黒の大将の妻とその一族から嫌われても問題がさほどないというのもありますね。その一族との亀裂を気にしているのは源氏サイドだけであるというのが大きいです。
逆に内大臣からしたら、尚侍として出仕して冷泉帝の寵愛を得るほうが可哀想という考えがあります。源氏に敗北を味合わされた内大臣からすれば後宮は厳しいところという認識のほうがより強いのでしょう。
すでに冷泉帝には内大臣の姫である弘徽殿の女御がいて、内大臣はこの姫のバックアップをしているわけですから、同じ娘である玉鬘が寵愛を得たとしても表立ってバックアップできない事情があります。それは冷泉帝のお后である秋好中宮を養女としている源氏としても似たようなものですが、内大臣の場合、どちらも正真正銘の実子であると考えると重みが違うのでしょう。要するにそれは困る状況だということですね。
それなら世間的にも重んじられやすい髭黒の大将の妻になったほうがよい、彼は次世代の覇権の中心に立つ人物で将来性が抜群となれば当然そう考えてしまうという、内大臣のごくごく一般的な考えはわかりやすいです。
夕霧と雲居雁の一件でもそうですが、内大臣ってきっちり世間体を考えて本人が居心地悪くないように考えているなあと思わせられます。
そして髭黒の大将は諦めなかった
最後の最後に求婚者たちが玉鬘に対して歌などを送る場面が出てきたのですが、蛍兵部卿の宮については玉鬘が返歌をしていました。これはなぜだ、という話です。源氏に彼については適当にあしらってはいけないと言われたから、それが身に染み付いていたとも思えます。それに加えて思ったのが、もう蛍兵部卿の宮が玉鬘を諦めちゃっているという雰囲気が出ているからということです。
玉鬘って基本的に源氏が男性のベースになりつつあったと思われます。かつては恐ろしい大夫監の求婚も経験していたというのに、そんな強引さのない都の柔い男性の求愛を基本にしてしまったように思えました。だからもう諦めてしまった雰囲気がでている蛍兵部卿の宮にはガードが緩くなっているといいますか、実際に彼は強引な手段をとってまで玉鬘を得るなんて行動には出なかったということで、玉鬘の見立て通りといった感じです。これは綺麗な失恋といったところでしょうか。
蛍兵部卿の宮に比べて、髭黒の大将の歌にはまだ本気度が滲んでいるなという印象です。綺麗な失恋として終わりに近づいている感じがするのが蛍兵部卿の宮で、髭黒の大将はそのまんま本音が出ているというか、なりふり構っていられない感じ、と思うのは結果を知っているからなのかなのでしょうかね。どちらにせよ、こんなふうに歌を比べることができるようになっているというのが面白いですね。
疾走感を抱かせるような髭黒の大将による物語への介入が面白いなあと思った帖でした。彼は玉鬘の実父が内大臣であったというたったひとつの真実から必死に勝つまで諦めずに、大逆転を起こしたという認識になりました。
なんというか、野球ならスクイズを決めたって印象です。ホームランじゃなくて奇襲のようなスクイズですかね。
次は、勝利のその後はどうなるというところですね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
参考文献
岩波文庫 黄15-13『源氏物語』(四)玉鬘ー真木柱
続き。結末は重苦しいものでした。