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【元舞台俳優の書店員、酒の勢いで舞台復帰を決める、が・・・】

役者になったきっかけは、とんでもなく胡散臭いものだった。
大阪のロックバーで働いていたときに出会った自称霊能師のおっさんから、「君は歌舞伎役者の霊が憑いているから役者を目指しなさい」と言われたことが始まりだったのだ。
今から考えれば「そんなわけあるか!」とツッコミたくなるものであったが、当時の俺はとある夢を諦めようとしていた若者。
まさしく、目の覚めるような天啓にしか聞こえなかったのである。

本当に歌舞伎役者の霊が憑いていたかどうかはわからない。
ただ、体感的に間違いなく憑いていなかったと思う。

役者に打ち込んでいた三年間に後悔はない、と言ったら嘘になる。
その三年間をなかったことにして、もっと早く書店員になっていたら・・・そう考えると「人生を無駄にしてしまったあ!」と叫び出したくなるのが本音だ。

俺は役者時代の経験が書店員の業務に活きているとは思っていない。
外郎売のように派手に店頭販売することもないし、泣いたり叫んだり殴ったり斬られたりというアクションを本屋で披露することもない(やっていたらやばいやつである)。
まあ、発声くらいは役に立ちそうなものであるが、別にこれは一般的な接客業レベルで全然まかなえる。せめて書店員役でもやったことがあれば多少プラスにはなったのだろうが、残念ながらそんなピンポイントな役はなかった。

二十六歳のとき俺は、演出家から怒られるのが嫌で、大した役をもらえないのが嫌で、全然上手くならないのが嫌で、理不尽な雑用に耐えるのが嫌で、金も稼げないのが嫌で、(そして好きな髪型にできないのが嫌で)舞台俳優をやめた。
まぁ一言で言うなら、「稽古が嫌だった」ということなのだろう。
自分を否定され罵倒され、そして他の役者さんにも迷惑をかけてしまうのが恐かったのだ。
なぜみんな稽古場で笑っていられるの、なぜそんなに楽しそうなの、なぜ怒られてもちゃんと言うこと聞いて動けるの。俺には彼らの活き活きとした表情の意味が最後まで分からなかった。

最後の舞台公演を終えた翌日、俺は意気揚々と美容室に赴いた。長年黒髪しか許されなかったので、茶髪の自分が鏡に映った瞬間は涙が出るほど嬉しかった。やはり自分は自分でありたい。誰かに縛られたり怯えたりするのはまっぴらごめんだ。

では、なぜそんな俺が役者に復帰することになったのか。
簡単なことである。
酒の勢いだったのだ。

それこそ、この度自分が出演する『ある日の役者たちの自主練』の三月公演のこと。
千秋楽のアフタートークゲストで呼ばれた俺は、役者さんや作家さんたちに混じり、流れで打ち上げ会場へと乗り込んでいた。

「成生さんって舞台俳優されてたんですよね。何年くらいされてたんですか。」

演出兼役者の佐山さんから話しかけられる。すでに日本酒も腹に入れていた俺は、上機嫌で佐山さんの横へと席を移動した。

「三年です。キャラメルボックス俳優教室という養成機関を卒業した後、ワンツーワークスという社会派系のお芝居をやってる劇団に入りました。それと並行しながら特攻隊員の役で他団体の舞台に客演出演したりとか。あ、女性陣に聞かれるとまずいんですけど、実はソフトオンデマンドの舞台にも出てて・・・。DVDは十八禁扱いになっちゃてるんですけどwww」

聞かれてもいないことまでべらべらと語ったのは、自分が三年間で大した功績を残せなかったことを認めたくなかったからである。
実を言うとソフトオンデマンドの舞台も賑やかし程度の役で、物販のブロマイドも知り合いが一枚買ってくれたくらいのもの。
現役の役者の方を目の前に強がる必要はないのだが、単純に見栄を張りたかったのだ。
まったく、小物である。

「すごいです!それだけやってたら芝居は全然問題ないですね!そうだ成生さん、よかったら秋の公演に出ませんか?」
「まじっすか。ブランク結構ありますし、演技とか普通に下手っぴですけど、それでもいいなら出ます!ウヘヘヘ!」
「大丈夫です!ぜひ宜しくお願いします!」

こうして俺は、秋公演の出演を約束してしまったのだった。
その後、Xのスペースを使った配信朗読劇には出演したのだが、それはまた別の話であった。

まあ飲みの場の約束だしな。こんなやつを舞台に立たせるなんてことしないだろ・・・。
そんなふうに軽く考えていたので、本当に出演オファーがきたときはものすごく焦り、ものすごく悩んだ。
俺は佐山さんからのDMをじっと見つめ、やがてその返答を三つに絞った。

①平謝りして「酒の場だったので調子乗ってました!ごめんなさい!」と言う

②追われてもいない原稿の締め切り(お仕事お待ちしてます!)をでっち上げてお断りする

③一度芝居に挫折しているので全く自信がないこと&稽古は全日程行けないかもしれないということを伝えた上で引き受ける

③を選ぶのが人生的に正しい、ということはわかっていた。情けないほどの逃げ腰であったとしても、出演を選択するべきだと。
しかし、如何せんその勇気が出ない。返信文を打っては何度も何度も取り消した。
もうこんなに悩むくらいならテキトーにお断りしちゃっていいんじゃないか。
投げやりな気持ちになりかける。
それでお前は本当にいいのか。
長年付き合ってきた馬鹿まじめな己が顔を覗かせる。
どうしたらいい。
どう返信したらいい。

心の余裕がなくなりパンクした俺は、高校時代からの友人Mに悩みを相談した。

『良くも悪くも成生は【一人】が輝く人なんだと思うよ。一人だったら周りに振り回されないからね、上手くいくことの方が多いのかもしれない。
だけど周りからの影響って必ずしもネガティブなものだけじゃないでしょ?
今回の件は、どのようにメンタル面をもっていけば乗り越えられるかっていうのを考える良い機会にもなると思うのよ。
だから、相手に気持ちを(ストレートじゃなくても)伝えることで上手くいくのなら、そうしてみたらいいんじゃないかな』

さすがの回答だった。
俺の過去をほぼ全て知る彼女は、俺の上手くいかないときの状態を完全に熟知していた。彼女の言葉に背中を押され、もう一度佐山さんのメッセージ欄を開く。そして、何度も打ち直しながら着実に文章を作り進めていく。
送信ボタンに指が触れた瞬間、額にぶわっと汗が滲んだ。

九月二十八日、二十九日。
俺は五年ぶりの役者復帰を果たす。
朗読劇とはいえ、やはり演技は演技であり、舞台は舞台である。過去に体験したあらゆる場面がフラッシュバックし怖気づきそうになるが、それと同時に懐かしい高揚感が現れかけているのも事実。
不安や恐怖を乗り越えた先の拍手は忘れられないものだ。先走るように胸が震えだす。

蘇りまくるトラウマに、はたして俺は打ち勝つことが出来るのだろうか。

本番まで残り約十日間。
やれることをやり、記憶の山脈に新しい感情が生まれれば幸いである。

☆舞台の詳細はこちら↓↓↓☆
(チケットまだあるよ!来てね!)

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