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紡ぐ

8
自分の書いた、少し長めの文章
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#エッセイ

「あなたからなら何を貰っても嬉しいよ」なんて絶対に言わないと思っていた。

「あなたからなら何を貰っても嬉しいよ」なんて絶対に言わないと思っていた。

束になった広告に、白い封筒が挟まっていた。

80円切手が一枚と、2円の切手が二枚。

それを見て、今は84円だったかと思い出す。

手紙や葉書を出すことが少なくなった今日では、新しく変わった郵送料金に中々慣れないもので。手紙を書く度にいくらだったかと首をかしげている。

届いた封筒は真ん中が少し膨らんでいた。
そこに小さな生き物が入っているかのように、私はそれをそっと抱えてテーブルに置いた。

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耳慣れないチャイムは絶望の音がした。

耳慣れないチャイムは絶望の音がした。

――キーンコーンカーンコーン。

耳慣れたチャイムは絶望を運んだ。
手の先が冷えていき、音は少し遠くに聞こえる。
誰もいない校舎にひとり。
私はあのときの感覚を、きっと一生忘れない。

宮澤賢治の作品に『よだかの星』というものがある。
数か月前に大学の授業で触れたことで開いた記憶の扉。
このまま閉じ込めておくのは悔しいと思うくらいには強くなったので、
小さないじめの話を、今日はしたい。

どこにで

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幸せになりたいーー。そう願ってはいけないような気がして。

幸せになりたいーー。そう願ってはいけないような気がして。

今どきのインタビューは自宅で行われるようで、そこには生活感溢れる背景が映っていた。
記者が家族に問う。

「一家の夢は何ですか?」

家族は声を揃えて答えた。

「幸せになりたい」

思いやりを語った7分間が消え去ったような答えだった。

例えばどこか改まった場で「夢」を聞かれたら何と答えるだろうか。

マイクを向けられ、皆が回答を待っている。

学生なら「就きたい職業」や「志望校合格」を挙げるだ

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文通ってもっと億劫なものだと思ってた。

文通ってもっと億劫なものだと思ってた。

見覚えのないハガキだった。

青い雪景色が描かれていた。
端に黒い二本線が滲んでいて、しばらく見つめてからそれが消印だと気がつく。

「クリスマスカードだろうか」

和紙のちぎり絵で表されたその雪景色はあまりに繊細で、印刷されていると知っていてもその部分に触れるのは憚られた。
ハガキの端を持って裏を返す。
途端、びっしりと敷き詰められた文字たちが目に飛び込んできた。

私はその筆跡を知っていた。

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私も「キノコがかわいかった」と言って笑いたいと思った。

私も「キノコがかわいかった」と言って笑いたいと思った。

「そう。彼、5日間研修に行ったのよ」

彼のお母さんが言う。
その先に続く言葉を、息を呑んで待った。
落ち葉を巻き上げていた風が、一瞬止んだような気がした。
彼と職場が合わなかったらどうしよう。
嫌だと嘆いていたらどうしよう。
記憶にある彼を思うと心配ばかり浮かぶ。
けれど、続いた言葉はこうだった。

「毎日『キノコがかわいかった』って帰ってくるの」

よかった。
心からそう思った。
彼が「幸せだ

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舌打ちから「想像力」を学んだ話

舌打ちから「想像力」を学んだ話

「チッ」

舌打ちが聞こえる。
それは明らかに私に向けられたものだった。
普段なら気にしながらも「ままあることよ」と流せるのだが、そのときばかりはできなかった。なんたって原因が分かっているから。
罪悪感に潰されそうになりながら、私は電車に乗り込んだ。

電車は苦手だ。
特に朝なんて悪意が飛び交うように見える。
大勢が詰まった箱の中で多くの思惑が絡み合う感じがする。
絡まってもつれて、解こうと強引に

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