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人新世から循環型の文明を考える:ダニエル・アーシャム「Fictional Archeology」

この記事では、ダニエル・アーシャムの作品「Fictional Archeology」をもとに、人新世から循環型の文明に変革していくにはどうしたらいいかを考えます。

「人新世」という時代区分


斎藤幸平さん『人新世の「資本論」』で広く知られるようになった「人新世」、実は地質学における時代区分の1つです。

例えば、恐竜が生きていた時代区分は中生代・白亜紀。「新生代・第四紀・完新世」から人類の活動は始まり現代まで続いています。しかし、産業革命以後の約200年間、人類による戦争森林破壊が引き起こした環境への影響はあまりに大きくなっています。

人類が地球から姿を消した後、はるか未来に現れた知的生物が地球を調べると、コンクリートやプラスチックなど、他とは明らかに異なる物質で構成された地層を発見することになります。この概念について、オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェン博士らが2000年に「人新世」という時代区分を提唱しました。

ダニエル・アーシャムの《Fictional Archeology》


人新世の地層から出土したかのような作品を制作しているのが、アメリカ人アーティスト、ダニエル・アーシャム(1980〜)です。私たちの身の回りにある製品などが劣化し朽ちた姿になった彫刻。《Fictional Archeology》(フィクションとしての考古学)というシリーズの名前がついています。

火山灰、黒曜石、炭粉、水晶、そして建築素材といった、アートにはあまり使わない物質を用いています。また、素材が時間がたつにつれどのように変化するかを専門家と相談して特殊な鋳造技術を開発しました。そのため、彼の作品は本当に地層から出土したように見えるのです。


アーシャムは子供時代にハリケーンに襲われ、周りが破壊されてしまった経験があります。そこから、すべてのもとは非永続、一時的なものという世界観をもつようになったといいます。そして、イースター島を旅行したときに次のことに気づきました。

歴史が進むに連れて全てのオブジェクトは時代遅れになり、使われなくなったり埋められたりします。私たちが今持っているものも、1000年後には全て遺物となっているのです。

Daniel Arsham "The Time Traveller"


アーシャムの作品は、ラジカセ、ウォークマンやVHSテープなど、世界の多くの人が使ったことがある製品、時代のアイコンを対象にしています。これらの作品を観ると、ちょっと前まで使っていたものなのに、もはや市場から姿を消してしまっている、製品ライフサイクルの短さに改めて気付かされます。

このアーシャムの作品は、現代文明を象徴しているように思えます。

工業製品が人工的な物質で作られているのに、遺物としての作品は天然素材からできているという対比に、天然素材の表現の豊かさをも感じます。

Daniel Arsham 《Fictional Archeology》


Daniel Arsham 《Fictional Archeology》


文明とは物質・エネルギー・情報の代謝・循環・蓄積・制御のあり方


文明の定義は諸説ありますが、ここでは、東京大学大学院の吉野敏行さんが提唱している定義を中心に紹介します。

「文明」とは環境変化に対する人類社会の創造的な適応の仕方であり、
人間相互及び対自然との間の物質・エネルギー・情報の代謝・循環・蓄積・制御のあり方である。

吉野敏行「文明の代謝史観序説」『人間と環境』6(2015)

現代の地球環境問題、資源・エネルギー問題、情報技術を踏まえた、文明観の新しい潮流です。物質・エネルギー、情報をまとめて代謝形態と呼んでいます。代謝形態で文明を分類すると、狩猟採取型文明、農耕牧畜型文明、鉱工業型文明、そして現在進行形である環境情報型文明になります。

鉱工業型文明の最大のイベントは産業革命です。地下に埋蔵されていたエネルギー資源、鉱物資源を大量に採掘し利用することができるようになりました。そして自然界にはない人工物を大量に生産することで快適な生活ができるようになったのです。

しかし、人工物は循環させることができず、廃棄物もまた大量に蓄積され深刻な環境問題が発生することになりました。アーシャムの作品は、この状況を警告しているとも捉えることができます。

現在進行中の環境情報型文明は、情報技術を駆使して循環型社会を成立させようとするものです。

もう一つの《Fictional Archeology》


六本木のペロタン東京で、アーシャムの個展が行われています(2022年8月26日〜10月15日)。ここで展示されている《Fictional Archeology》は、これまでとは毛色が違って、《2001年宇宙の旅》(1968年公開)、《E.T.》(1982年公開)、《バック・トゥ・ザ・フューチャー》(1985年公開)の3つのSF映画のポスターを遺物風にしたものです。

元の映画は、制作されてからかなりの時が経っていますが、今なお褪せることなく人々を魅了しています。工業製品とは様相が違うのです。

映画のコンテンツなどは、「文化」に相当します。アーシャムの作品も、例えばiPhoneの遺物作品を制作したら、ウォークマンの作品の価値はなくなってしまうかというと、そんなことはなく長期間価値を持ち続けます。これが「文化」の力です。

Daniel Arsham 《Fictional Archeology》


Daniel Arsham 《Fictional Archeology》


「文化」の力で新しい「文明」を


システムエンジニアの田邊 俊雅さんが、「文化」と「文明」の関係について語っています。

テフロン加工のフライパンというものが、文明というものを良く表している。鉄のフライパンは丁寧に使えば一生ものであるが、それでは一生で1つしか買ってもらえないので、ビジネスとしては広がらない。そういうところに登場したのがテフロン加工という文明だ。テフロン加工のフライパンは、最初のうちは焦げ付かずにとても快適なのだが、テフロン加工が劣化するので、ある程度使ったら買い替えなくてはならない。つまり、耐久消費財だったフライパンを消耗品にしてビジネスの規模を桁違いに大きくしたのである。

長年使い込んだフライパンを使っていると、最初は上手くできなかったことがだんだんできるようになってくる。それに伴って、フライパンもさらに使いやすく馴染んでくる。こういった手と道具との関係が、テフロンでは構築できないし、ある段階になったら、気に入っていても買い替えなければならないのである。

「「文化」と「文明」の関係とは? ウイスキーと酒場の寓話(38)」WirelessWire News

吉野敏行さんが提唱する環境情報型文明が循環型の社会を築くには、「文化」の力を取り入れていくことが大切です。そして、これまでの経済成長とは異なるところで、新たな価値を創造していかなくてはなりません。とてもハードルの高い挑戦ですが、多くの皆さんと議論を深め、実現させていきたいものです。


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