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【小説】会社の近くに住む 2-3

 人通りがなくて、タバコを吸おうかなと思ったけれど、とりあえず来た道を会社の方に戻って、途中の小路に入ってアパートの部屋に戻った。
 部屋に入って、ジャケットとシャツとズボンを脱いでベッドに横になった。肌の出た腕がシーツに冷やされて気持ちがいい。服を脱ぐと気持ちがいいなと思う。スーツにしろ、ネクタイやシャツにしろ、あまりに気になっていないようでも、着ていないのに比べればそれなりの圧迫感があったのだとわかる。自分の全身が何ミリか膨らんだような気がする感じに身体がゆるんでいく。服の内側にこもった湿気が抜けていくというのもあるのだろう。
 昼を食べ終わった後、五分くらいしか余裕がなければ、部屋に寄っても朝入れたコーヒーの残りを飲むだけだったりもするけれど、二十分くらいあればベッドで横になるようにしている。午前中の業務時間は八時四十分から十一時三十分で労働時間は三時間もない。とはいえ、起きた時点でだるくて、その状態のままで働き始めるから、無理やり集中しようとやっていると三時間でも多少は疲れる。高円寺の家に住んでいたときは、昼飯を食べ終わったらタバコを吸ってさっさと会社の席に戻って、重ねた腕を枕にして机で寝ていたりもした。どうしてもだるいときには、それだけで多少はましになる。業務時間中に頭がぐらぐらしてくるようなときでも、トイレに行ったりタバコを吸いに行って、一分二分でも目を閉じているだけで多少は楽になる。けれど、こうやって服を脱いでベッドに横になるのとでは、回復具合はかなり違う。横たわってしまわないとなかなか全身をゆるめることはできないのだろう。
 あまり眠くないつもりだったけれど、横になっているとすぐにうとうとしてくる。完全に眠れなくても、うとうとして何分かを過ごせれば、起き上がったときには体中がじんわりと痺れた感じになっていて、動き始めるとかなり身体が軽くなっているのに気が付く。
 仕事中の昼寝で寝過ごしたことはないけれど、一応アラームを十五分後に合わせておく。午後の始業の十分前で、それで口をゆすいで顔を洗って服を着て一服してトイレに行って席に戻れる。
 小さく空いている窓から、ひとの声が小さく聞こえている。お腹がそれなりにいっぱいになっているせいもあるのか、身体の全体に力が行き渡っていないような感じがする。
 女の人の笑い声が少し大きく聞こえて、昼に出るときエレベーターで谷口さんがとても近かったなと思った。俺に背を向ける前に向かい合っていたのも近かったし、真正面で向かい合って目が合ったのも初めてだったかもしれない。
 近くでまともに見ると眉毛や眼の色がずいぶん淡かったし、思っていた以上に華奢だった。振り返った後の背中も小さかった。付き合っていたひとも細かったりしたけれど、谷口さんはガリガリと言えなくもないくらいなのだろう。けれど、さほど不健康そうに見えるわけでもなくて、それがしっくりきているように思う。肌もさらりとしていそうだし、細い腕や脚をからませながら、骨同士がぶつかって痛くないようにゆっくり身体を押し付け合えたら楽しいだろうなと思う。
 うっすらとペニスに血が移動するような感覚がきて、このまま少し想像すれば勃起できそうな気がしてくる。
 前の彼女が一番痩せていたころは、長時間していると、腰の前とか脚の付け根とか、骨があたるところがだんだん痛くなってきた。セックスが終わってからもしばらく痛かったりするのだけれど、している最中は、そのずきずきする痛みが性器からひろがる気持ちいいしびれと混じり合うみたいになって、痛くなるほどに気だるい気持ちよさ浸れたりして、あれはあれでよかったなとも思う。
 エレベーターにもっと人が乗ってきて、谷口さんがあと半歩下がってきたら、ほとんどくっつくくらいの距離になっていた。鼻に谷口さんの髪があたって、俺が頭を後ろに傾けながら、身体の何箇所かでお互いの服が触れ合っているみたいになったとき、谷口さんだとどんな気分になるのか感じてみたかったなと思う。
 勃起してきそうな感覚は下半身にあるのだけれど、なんとなくペニスに集中できないというか、ペニスにその感覚を集めようという気分になってこなかった。別に勃起したいわけじゃないんだよなと思う。そうじゃなくてセックスがしたいのだ。想像なんて毎日いくらでもしていて、そうじゃなくて、誰かの身体を感じたいなと思う。そして、なんとなくそれは谷口さんではないんだよなと思う。もちろん、谷口さんがさせてくれるのならぜひともしたいと思うのだろう。けれど、セックスしたいなと思っているときには、誰のことも思い浮かんでこないのだ。そして、谷口さんかぁと思っても、したら楽しいんだろうなと思うだけで、それ以上に何を思う感じにもならってこないのだ。



(続き)

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