私が推す近代ヨーロッパのコイン | 貨幣が語る美の世界:前編
普段は古代コイン、特に古代ギリシア・ローマコインの紹介がメインとなるが、近代ヨーロッパのコインでもデザインが好きなものがいくつもある。とりわけ私が好きなものは、聖母マリアと幼児イエスをモデルにしたカトリック系のデザインが施されたコインである。その他、フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトや英国の女王ヴィクトリアの記念貨及びメダルに一段と惹かれる。ナポレオンは数多くの記念メダルを発行しており、そのデザインはどれも秀逸である。同様にナポレオン3世のものも素晴らしい。加えて、ヴィクトリア女王と親交があり、最期は仏国から亡命して英国で生涯を終えたルイ・フィリップの肖像が描かれたコインも魅力的である。フランス革命を記念した銅メダルもマイナーではあるが、デザインが緻密で個人的には好きである。
1805年にナポレオン・ボナパルトがアウステルリッツの三帝会戦の勝利を記念して発行した銅メダル。敗北した側の皇帝である神聖ローマ帝国のフランツ1世とロシアのアレクサンドル1世の肖像が描かれている。
1811年にフランスで発行されたナポレオン・ボナパルトの肖像を描いた5フラン銀貨。ナポレオンの有冠肖像と植物のリースが描かれている。裏側に刻印された「A」とはミントマークを示しており、本貨がパリ造幣所で発行されたことを示している。
フランスで1867年に発行されたナポレオン3世の肖像を描いた5フラン銀貨。表側に刻印された「BB」はミントマークであり、ストラスブール造幣所で発行されたことを示している。
フランスで1847年に発行されたルイ・フィリップの肖像を描いた5フラン銀貨。裏側にパリ造幣所で発行されたことを示す「A」のミントマークが刻印されている。
1792年にフランス革命を記念して発行された銅メダル。表側には、兵士たちが女神が手にした法律書を前に忠誠を誓う様子が描かれている。裏側にはフランス革命を記念したフランス語による銘文が刻印されている。
また、英国のヴィクトリア朝下で発行された万国博覧会の記念メダルが個人的に好きである。デザインのパターンや材質は複数あり、ヴィクトリア及びアルバートの胸像、ブリタニア女神像、クリスタル・パレス(水晶宮)といったデザインの他、材質も金、銀、銅、黄銅、ホワイトメタル等、多岐にわたる。その他、即位60周年を記念し、ヤングヘッドとオールドヘッドと表裏に組み合わせた記念メダルも美しい。加えて、無難ではあるが、やはりヴィクトリアのヤングヘッドを描いたソブリン金貨やジュビリーヘッドを描いた銀貨は魅力的である。
ソブリン金貨は造幣地がいくつか存在し、無記名なら本国、「M」はオーストラリアのメルボルン、「S」はオーストラリアのシドニー、「C」はカナダ、「I」はインドなど、複数のミントが存在する。その他、ダイナンバーと呼ばれる型番が刻印されていたり、ヴィクトリアのポニーテールに長短があったりなど、細分類が多く、非常に奥が深い。ミントに関してはやはり本国が最も人気があり、ダイナンバーは若い番号の方が高額で取引される傾向にある。
ヴィクトリアの治世下に英国で行われた万国博覧会を記念して発行されたホワイトメタル製の記念メダル。ヴィクトリアとアルバート夫妻及びブリタニア女神たちを描いている。ホワイトメタルの方が銀よりも堅いので、刻印がしっかりと入って彫刻が美しく出る。材質としては銀の方が格上であり、取引価格も勝るため、比較的安価で美しいホワイトメタル貨は狙い目である。
ヴィクトリア女王の即位60周年を記念した銅メダル。最初に描かれたヤングヘッドの肖像を表側に描き、発行当時のヴィクトリアの肖像を裏側に描いている。大型の銅メダルで非常に迫力がある。
1871年に英国本土で発行されたソブリン金貨。表側にヴィクトリア女王のヤングヘッド、裏側に聖ジョージの竜退治を描いている。当時の英国の貨幣には、額面が記載されないことがあった。額面が記されないものはメダルと判断されることもあるが、さすがは大帝国のイギリス様である。額面を刻まなくとも、見れば分かるだろという圧を感じる。品位はK22/AU917、重量は7.99gがソブリン金貨の基準値とされた。
英国本土で1889年に発行された2フローリン銀貨。表側にジュビリーヘッドのヴィクトリア女王、裏側に国章を描いている。ヴィクトリア女王のこの肖像は、在位50周年記念でデザインされた。国章にはイングランド、スコットランド、アイルランドの国章がそれぞれ表されており、英国が連合王国であることを示している。本貨の品位はSV925。当然かの如く、本貨にも額面は記されていない。一見、似たようなコインが存在し、釣り銭の際にトラブルが多発したため、すぐに製造されなくなった。
その他、英国ではトークンと呼ばれる補助代用貨が発行されており、これもデザインが多岐にわたり興味深い。デザインのパターンが多いため、集め切ることは難しいが、材質は銅であり、比較的収集しやすい価格帯なのでチャレンジしてみても良いかもしれない。トークンは英国政府が低額面の貨幣を発行しなかった時期に釣り銭に困った人々のために、有力商人たちが代表して発行した。政府の正式な認可を得ずに発行した代用貨のため、発行者たちの好きなデザインが採用されており、それゆえにデザインの幅が広く興味深い。
英国の軍人リチャード・ハウを描いたトークン。アメリカの独立戦争の際に活躍した英雄である。その功績から英国では彼の名を採った軍艦が造られている。本貨は1794年に発行されたもので、額面としてハーフペニーに相当した。
古代ローマの英雄ブルートゥスを描いたトークン。反対面には英国の女神ブリタニアが描かれている。古典好きだった者が発行したのだろう。かなり通好みなデザインだが、古代史好きの自分には胸を打つものがある。
ムッソリーニ政権下のイタリアで1937年に発行された初代ローマ皇帝アウグストゥスの記念メダルなども目を惹く。このメダルは、ローマ帝国下で発行されていたコインのデザインをリバイバルしたものである。これは、イタリアがかつて繁栄を謳歌したローマ帝国と同等の支配領域を復活させることを願った意味合いが込められている。
1937年にイタリアで発行された銅メダル。表側にアウグストゥスとカプリコーン、裏側にローマ女神とウィクトリア女神、護衛官リクトルと豊穣の女神たちが描かれている。ムッソリーニがローマ帝国の復活を夢見て発行したリバイバルメダル。
また、ナチス政権のドイツで発行されたコインも歴史の闇を知る上では大変貴重な資料であり、敢えて目を背けずに接したいと思っている。第二次世界大戦においてドイツと同盟関係にあった日本はナチス政権のコインが入手できる環境にある。国によっては取り扱いが禁止されている。
1936年にナチス政権下のドイツで発行された5ライヒマルク。表側に大統領ヒンデンブルクの肖像、裏側にナチスのシンボルである鉤十字のリースを掴んだ大鷲が描かれている。
1934年にナチス政権下のドイツで発行された5ライヒマルク。表側にポツダム教会、裏側にワイマール鷲を描いている。このポツダム教会は、ナチス政権の開始が宣言された歴史的建築物である。
本貨に至っては、今回のテーマであるヨーロッパのコインではない。だが、数ある銀貨の中でなぜか目を惹いたものひとつなので紹介したい。南米のペルーで発行されたペセタ銀貨は、大型銀貨の類に入るコインであり、非常に存在感がある。そして、私はどうやらペルーの国章に惹かれるようで、この細かく情報量が多いデザインに胸が打たれる。もともと中南米の考古遺物に惹かれる傾向にあったことも関与しているのかもしれない。オリエント及び地中海世界とは全く異なる文明、工芸デザインは、今でも強く興味を惹く。
1880年にペルーで発行されたペセタ銀貨。古代ローマの豊穣の女神セレス(英名:ケレス)とペルー国章を刻んでいる。銘文には本貨の品位がSilver900であることが刻印されている。
先に述べたようにキリスト教をモティーフとしたコインのデザインに非常に惹かれる。そのため、ローマ教皇領で発行されたコインは、ツボなのである。以下、何点かローマ教皇領で発行されたコインを紹介してみよう。
1831年にローマ教皇領で発行されたスクド銀貨。表側にローマ教皇グレゴリウス16世、裏側にイエスの誕生を描いている。「B」はボローニャ造幣所で発行されたことを示すのミントマークである。「R」ならローマ造幣所で発行されたことになる。スクド銀貨は、家族が数日暮らせる程度の高額面のコインだった。ちなみにグレゴリウス16世は、ヴァチカンに古代エジプト美術館を設立した人物であり、個人的にはそのこともあって推しである。
1796年にローマ教皇領で発行された2.5バイオッチ銅貨。天国の二本の鍵を持つ聖ペテロが描かれている。本貨はフランスのナポレオン・ボナパルトがローマ教皇領に侵攻してきた際に急いで造幣された緊急発行であり、そのため極印と金型がズレた乱雑な造りとなっている。歴史背景をおもむろに伝える興味深い貨幣と言える。
1852年にローマ教皇領で発行された5バイオッチ銅貨。「B」のミントマークはボローニャ造幣所で発行されたことを示す。ピウス9世の紋章が刻まれている。教皇によってこの紋章のデザインがそれぞれ異なるため、紋章ごとに集めてみるのも面白い。
ピウスの6世の治世にローマ教皇領で発行された2バイオッチ銅貨。「ROMANI」とはローマ造幣所で発行されたことを示している。前述したピウス9世の紋章とは異なるデザインだが、共通して教皇の紋章にはペテロがイエスから授かった天国の二本の鍵がシンボルとして描かれる。
普段は古代貨についてメインに発信しているが、今回は西洋貨幣の魅力について紹介した。もちろん、個人的に好きなものだけを紹介したので、その内容には偏りがある。だが、フランスや英国の貨幣に関しては、メジャーな収集ジャンルのひとつである。とはいえ、英国のトークンはマイナーかもしれない。英米を中心にトークンの収集は世界的にはメジャーなジャンルではあるものの、日本ではまだまだ知名度も低く、収集者も少ない傾向にある。ローマ教皇領に関しても、かなり攻めたマニアックなジャンルかもしれないが、やはりキリスト教をモティーフとしたコインのデザインにかけては秀逸で、さすがは本家という感じである。
貨幣収集にルールはない。集める本人が好きなように集めればいいのである。それに対して、誰かに何かを言われる必要も、筋合いもない。そのスタンスを持って、周囲に流されることなく、自信を持って収集に取り組む姿勢が大切だと思っている。たとえ誰かに何かを言われたとしても、気にしないことが一番である。収集の仕方に手本は存在しないのだから。
To be continued...
*掲載画像は私物を撮影し、できるだけ原色に近い現像処理を行った。
Shelk 詩瑠久🦋