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かおり
2022年7月9日 23:46
同行二人読み方:どうぎょうににんお遍路などの巡礼、霊場巡りにおいて、常に自分には弘法大師がついていてくれる、弘法大師が共にいてくれるという意味で書きつける語。一方、キリスト教の世界においても、似たような有名な話がある。キリスト教会において親しまれてきた「あしあと(フットプリント)」という詩があります。今日は、この詩と、この詩についての伝えられているエピソードを紹介します。あしあと
2024年7月26日 10:35
裏鎌倉。休日でも人はいないし、見所多い!こちらの大慶寺は山門の茅葺屋根が目を惹く。大慶寺は鎌倉市にある臨済宗円覚寺派の寺で霊照山(現在は霊松山)と号します。創建は弘安年間(1278~1287年)と伝えられていて、ご本尊は釈迦如来像で鎌倉市文化財に指定されています。境内には樹齢700年と伝わる柏慎(びゃくしん)2本(市天然記念物)、宝篋印塔2墓(市有形文化財)があります。 大慶寺の歴史は古く、室
2023年12月26日 00:57
江ノ島に向かう途中にある真言宗寺院だ。鎌倉の良さは、タイムスリップしたかの如く、旧いまま残されている寺院を観られることだと思う。宝善院は、真言宗大覚寺派の寺院でご本尊は薬師如来です。また、宝善院を開山された泰澄大師が信仰された十一面観音坐像も祀られています。この像は平安中期以前の作(伝行基作)とされ、鎌倉最古の十一面観音像の一つとされています。泰澄大師は「越の大徳(越前(福井)・越中(
2023年10月19日 03:59
建長寺は鎌倉幕府第5代執権・北条時頼により創建された禅宗寺院で、建長5年(1253年)に落慶供養が営まれている。開山(初代住職)は南宋からの渡来僧・蘭渓道隆(大覚禅師)であった。当時の日本は、承久の乱(1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定していた。京都にある朝廷の全国支配力は弱まり、政治的には鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代であった。北条時頼は熱心な仏教信者であり、禅宗に深く帰依してい
2023年10月13日 01:07
建長寺は想像以上に広い。奥行きがある。というよりも山に上がっていく感じだ。半僧坊は建長寺の頂上にある。半僧坊は、境内の最奥、勝上ケンにある。建長寺の鎮守で、半僧坊大権現をまつる。明治23年(1890)建長寺235世霄貫道師が静岡県の奥山方広寺から勧請した。周辺の復興された天狗像に守られ、その偉容は霊験あらたかでお参りやハイキングの人も多い。(建長寺案内より)大島渚監督のお墓のある回春院
2023年10月12日 00:19
建長寺は広い。なんと言っても奥行きがある。山の上にまで上がるくらいだ。その建長寺には幾つか塔頭と呼ばれる寺院がある。本山に対する末寺みたいなものだろうか。その1つで半僧坊への道から入った所にある静かなお寺が回春院だ。 本堂の前の大覚池には大亀がいるという伝説があるそうで。回春院は、鎌倉五山第一位建長寺の塔頭のひとつ。建長寺21世、仏覚禅師・玉山徳セン(王ヘンに施)(1225-1334)の
2023年10月6日 00:40
鎌倉駅から近いとは言っても、奥まった場所にあり見過ごしてしまいそうなのが妙本寺だ。実を言うと、本覚寺のスタッフに教えて頂かないと場所がよくわからなかった。「妙本寺さんの方が大きいですよ」と親切に教えて頂いたのだ。またまた、私の事前調査不足で恥ずかしいのだが、え?ここ、比企能員の屋敷跡?と現場に来て知ったのだった。佐藤二朗さんの顔が脳裏に浮かぶのだった。比企氏の娘が源頼朝の長男に嫁いで、
2023年8月22日 14:17
浄土宗の高徳院と人に言っても「それどこ?」と聞かれるが、「鎌倉の長谷大仏」と言うと、殆どの日本人はわかると思う。なんといっても、こちらの見所は鎌倉時代から在る大仏だからだ。あまりの人の多さ、しかもインスタ映え、自撮り大好きな外国人観光客の多さに門の写真を何枚も写すも削除した。涙・・・当日は、猛暑の為、胎内には入れないとなっていた。だが、こちらの大仏の写真は我ながら見事だと自画自賛だ。
2023年8月19日 11:12
可愛らしいお地蔵様が好きな私は、和み地蔵様の御朱印帳を探していた。これを言ってはなんだが、以前はAmazonやら楽天市場やらで御朱印帳を買っていたのだが、お寺や神社で直接買った方が色々な面で良いことに気づいたのであった。そして、可愛らしいお地蔵さまの御朱印帳を探すのに、またまたホトカミの情報が役に立った。感謝。だが、まあ、他のサイトでは御朱印が沢山紹介されているのに、投稿者0なんてえのもあ
2023年6月24日 17:03
とにかく、鎌倉で紫陽花を観よう。と、それだけで家をでた日曜日。ここの寺院も本当に通りがかりに見つけ、知ったものだ。明治維新後の廃仏毀釈で、一時期は廃寺同然になったらしいが、復活した。そんなお寺だ。こじんまりとした寺院であるが、静寂の中に幸福を感じる場所であった。私は、実は人混みが苦手だ。イヤ、人混みというよりも、人に会う、その物が嫌いなのだ。そんな感じで、他に参拝者のいないこちらは
2023年6月22日 13:49
そうだ、まだ間に合う!紫陽花を観に行こう!紫陽花と言うと!やはり鎌倉の明月院だ。実を言うと、自宅の最寄り駅からは乗換なしで鎌倉に行けるのに、大船にはよく行くのに、鎌倉には滅多に行かなかった。それはきっと、出かけるのは好きであるが、人混みが嫌いな故だからだろう。鎌倉駅、北鎌倉駅周辺の込み具合は半端ない。イヤイヤ。そんな文句を言うなら、コロナ禍の人が空いている時期に来たら良かったやんかー。の
2023年6月21日 15:48
鎌倉には多くの有名な寺院がある。一番は円覚寺であるが。北鎌倉駅で降りて、円覚寺から建長寺に歩いていく途中で偶然見つけたのが、このお寺だ。足利尊氏ゆかりの寺ですとおお?長寿寺足利尊氏が邸跡に建武3年(1336)創建し、諸山第一位の列に定めました。尊氏没後、父の菩提を弔うため鎌倉公方足利基氏によって七堂伽藍を備えた堂宇が建立されました。尊氏の法名を京都では等持院殿、関東においては長寿寺殿と