コンビニの自動ドアを押して外に出る。 時刻は深夜2時。 街は静かだった。 どこか遠くで、車のエンジン音が低く響いた。 それもすぐに消えて、また静寂が戻ってくる。 タバコを取り出し、口にくわえて火をつける。 吐き出した煙が夜の闇に溶けて、私の心が少しだけ軽くなった気がした。 家に帰っても、何をするわけでもない。 かといって、特別どこかに行きたいわけでもなかった。 こういう夜は、ただ時間がゆっくりと流れていくのを感じながら、ふわふわと歩くのがいい。 そんな風に歩き出したと
古びた商店街。 お昼時なのに、ほとんどの店がシャッターを下ろし、静けさだけが支配している。 そんな中、まるで灯台のようにポツンと看板を光らせる喫茶店があった。 雨宿りのために、僕は古びた木製のドアを押し開ける。 チリンチリーンと鈴の音が小さな喫茶店の中に柔らかく響いた。 ほんのりと漂うコーヒーの香りが鼻をくすぐり、店内に広がる暖かなオレンジ色の照明は、まるで「おかえり」と迎えてくれているような気にさせてくれた。 「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」 カウンター越しに
何者かになりたい。 朝ゴミ出しをするおばさん、電車に揺られるサラリーマン、YouTubeでコスメを紹介する女の子、やる気のなさそうなコンビニの店員、大人、人間。 全部が羨ましい。 いや、妬ましい。 私はいつ人間じゃなくなったのか考える。 いやもしかしたら、自分は人間だと思ってたあの幼少期から本当はもう人間じゃなかったのかもしれない。 きっと私はどこからか迷い込んでしまった地球外生命体だ。 あのとき体操着を貸してくれた男の子も、髪の毛についてたゴミをとってくれた先生も、一つ
火曜日の朝。 緊急で全校集会が行われるとのことで、生徒が体育館に集められた。 僕らの担任が何か真剣な話をしている。 僕の耳にはガヤガヤした生徒たちの声と、蝉の鳴き声しか聞こえなかった。 入学して1ヶ月。 いつも僕が独りでお弁当を食べる時に使っていたお気に入りの場所が、クラスメイトたちに開拓され 仕方がなく砂埃が舞うピロティでお昼ご飯を食べようとしたら、君がいた。 「あっ」 声が出てしまった。 そこにはまだ入学して1ヶ月しか経ってないのにいじめのターゲットにされていた君がい
走るのが遅い私の手を君が握った。 『渋谷のセンター街を走る男女』って言えば響きがいい。 でも通り過ぎるカップルとは逆方向に私たちは走っている。 初めて手を繋いでくれた理由は 触れ合いたいからでも、 人混みではぐれないためでも、 私を帰したくないからでもなく、 終電に間に合う為にだった。 街の広告がスポットライトのように君を照らす。 「みて!ちょうど青になる!」 君が嬉しそうに言うから、私は虚しくなった。 スクランブル交差点が赤になって欲しいなんて初めて思う。 なんで
コンビニで買ったアイスを公園のベンチで食べていると、溶けたアイスが棒をつたって、人差し指に垂れてきた。 ゆっくりしていると、溶けて無くなってしまう。 けど急ぎ過ぎても拒否されるように頭が痛くなる。 「なんかアイスって、恋愛みたいだな」 そう思いながら、溶け始めたアイスを慌てて食べて頭がキーンとした。 いまだにアイスをうまく食べれない私はきっと、恋愛も下手なんだろうなと思いながら最後の一口を頬張った。 昔から私が読んだりする恋愛作品は、ほとんどが結ばれずに終わったり、別々の
暑い、暑すぎる。 買った記憶は無いけど、もしかしたら冷凍庫にアイスが入ってるかもしれない気がして開けてみた。 もちろん入ってるわけなかった。 だって買ってないんだもん。 子供の頃、開ければアイスが入ってる冷凍庫、開ければお菓子が入ってる棚。 あれは常に補充される魔法の箱なんかじゃなくて、母が常に私が喜ぶ物を補充してくれる魔法使いだった事を思い知らせられた。 私にその才能は遺伝されなかったようだ。 今から買いに行くにしても、暑い中汗をかいてクタクタになりながらアイスを買いに
京王線の電車を降りて今日も家に着くのは21時過ぎ。 部屋に着くとテレビがつけっぱなしだった。 その誰もいない部屋でついていたテレビが、帰り道で路上ライブをしていた男の子と被って見える。 上京してから3年が経つ。 私はすっかり都会人だ。 たとえば、おしゃれなカフェで飲み物のサイズを「Lサイズ」だなんて注文しない。 「抹茶フラペチーノの『Tall』をください」と言う。 初めの頃は、トールって単語をレジに並んでる間に意地悪な悪魔が耳元で「タール」じゃないの?と囁いてきていた。
先日、とんでもない事を知った。 お菓子の「カール」が関西では販売しているからネットで注文すれば、また食べれると言う事を聞いた。 私がこの数年間食べれなかった「カール」は関西の人たちには食べられていたのだ。 それはまるで遠距離恋愛してた恋人が遠距離先で浮気をしていたことを知ったくらいの衝撃。 そしてすぐに注文した、24個入りのカールを。 届くまでの数日はそわそわしていた。 遠距離だったら恋人が久々に帰ってくるんだもん、浮気の一つや二つくらいは許してあげよう、私はなんて優しい
いつからだろう。 この世界から雨が消えてしまった。 空から水が降ってくるなんて信じない子供も増えてきた。 そんな世界で、私の両親は傘屋さんを営んでいる。 世界でも傘屋を続けているのは両親だけだと、子供のころに父に自慢されたことを覚えている。 「なんでパパは傘なんか作るのー?」 「もし、いつか雨が降った時に傘がなかったらみんな困るだろ。雨が降ってても傘の中は晴れてるんだぞ!すごいだろ」 そう言って、毎日楽しそうに傘を作る父の後ろで、コツコツ金具を叩く音を
深夜0時、結婚式の二次会が終わって駅に向かっていた。 懐かしい高校のメンバーに会えて少し飲みすぎた。 通り道にあった自動販売機で君が何かを選んでいる。 「瀬凪はこれだよね!」 そう言いながら私にブラックコーヒーをくれた。 私はブラックコーヒーは好きじゃない。 でもなんで「瀬凪はこれだよね」と言ったのか考えながら酔い覚ましにすぐに口に入れると、それはすごく苦くて不味かった。 そしてあの日の事を思い出す。 あの日は特に暑かった。 私の通う学校にある自動販売機に唯一ある炭酸ジュー