10円
深夜0時、結婚式の二次会が終わって駅に向かっていた。
懐かしい高校のメンバーに会えて少し飲みすぎた。
通り道にあった自動販売機で君が何かを選んでいる。
「瀬凪はこれだよね!」
そう言いながら私にブラックコーヒーをくれた。
私はブラックコーヒーは好きじゃない。
でもなんで「瀬凪はこれだよね」と言ったのか考えながら酔い覚ましにすぐに口に入れると、それはすごく苦くて不味かった。
そしてあの日の事を思い出す。
あの日は特に暑かった。
私の通う学校にある自動販売機に唯一ある炭酸ジュースの「ホワイトソーダ」
それを買いに行こうと決めたのは2時間目の「数学」の授業中だった。
数日前に席替えをして窓際になった私は干からびていた。
カーテンを閉めれば解決するけれど、この数学の先生は授業中に生徒たちが寝るのは自分の授業のつまらなさだと気付かず、カーテンが閉まっていて陽の光が当たらないから寝てしまうんだと言い出したのだ。
その結果、私は干からびている。
チャイムが鳴ると同時に昇降口に向かった私はもう「ホワイトソーダ」のことしか頭になかった。
今、目の前で特上カルビを焼かれても、それを無視して自動販売機に向かうくらいだ。
自動販売機は5組の下駄箱の横に設置されている。
だからクラス分けで5組になった人たちは、毎朝キンキンに冷えた飲み物たちの誘惑に負けるせいなのか、他のクラスの人たちより出費が多かったらしい。
自動販売機に着くと、目を細めながらゆっくりと右上の「ホワイトソーダ」に目線を移した。
準備中や売り切れと書いてある場合が多いから、ドキドキしていた。
ふと、この学校に受験したときの合格発表を思い出した。
あのときも私の受験番号はボードの右上に書いてあった。
そのとき隣で小さくガッツポーズをしていた君に私は一目惚れしたんだった。
「あった!」
お目当てのホワイトソーダは販売中の緑色に光っている。
120円。
たまりにたまった10円玉を消費するために10円玉を11枚入れた。
「何買うのー?」
後ろから声がした。
振り向くと君がいた。
「何にしよっかなー」
頭の中は君だけになっていた。
特上カルビにも勝っていたホワイトソーダは君にかき消された。
そして私はなぜか100円のブラックコーヒーを買った。
「ブラックコーヒー飲めるんだ!」
君が驚いた顔をしていた。
「うん、おいしいよ」
そう言いながらお釣りの10円玉を拾った。
消費されるはずだった10円玉はまた財布の中に戻る、この10円玉だけが私が本当はホワイトソーダを買うつもりだったことを知っている。
「何買うの?」
君に聞くと、笑顔で
「これに決まってるじゃん!」
そう言いながら自動販売機の右上に手を伸ばしていた。
ホワイトソーダがガタンと音を立てて落ちてきた瞬間、売り切れの赤色に光った。
「え!すごくない!?ラス1だよ!」
嬉しそうにホワイトソーダを拾う君は、じゃあねと言って教室に帰って行った。
1人残された私は、買ったブラックコーヒーを飲んだ。
それはすごく苦くて不味かった。