怪物
何者かになりたい。
朝ゴミ出しをするおばさん、電車に揺られるサラリーマン、YouTubeでコスメを紹介する女の子、やる気のなさそうなコンビニの店員、大人、人間。
全部が羨ましい。
いや、妬ましい。
私はいつ人間じゃなくなったのか考える。
いやもしかしたら、自分は人間だと思ってたあの幼少期から本当はもう人間じゃなかったのかもしれない。
きっと私はどこからか迷い込んでしまった地球外生命体だ。
あのとき体操着を貸してくれた男の子も、髪の毛についてたゴミをとってくれた先生も、一つだけ先に短くなって書きづらくなった黄色の色鉛筆を長いのと交換してくれた女の子も、みんな私が人間じゃないから可哀想で優しく扱ってくれてたのか。
いや、人間じゃない私が恐ろしくて優しくするしかなかったのか。
もっと早く気が付きたかった。急に楽になった。
私は人間じゃない。
もうこれからは人の目も気にしなくていい、熊はお腹がすけば山から降りて人を襲うし、猫はゴミ箱の生ごみを漁って食べる、犬は動くものに考えなしに吠える。
彼らはゴミ出しはしないし電車も乗らないYouTubeも撮らないしコンビニでも働かない。
だから私も何者にもならなくてあたりまえなんだ。
喉が渇いた。部屋に転がってるペットボトルの水はもう尽きた。
動物でも喉は渇く、大丈夫。水を飲んでも私は人間じゃない。
水を飲みに行こう。
数日ぶりに部屋を出る。
久しぶりの外の空気に私は苦しくなって洗面所に駆け込んだ。
涙が溢れる。
なんか人間みたいだな、でも動物だってきっと涙を流すはず。
大丈夫、私は人間じゃないよ。
でも涙が止まらない、嗚咽する。
「水の中で泣けば目が腫れないし充血もしないよ」って昔お母さんが教えてくれたことを思い出す。
勢いよく水を出して溜めた洗面器に顔をつける。
このまま後ろからだれか近づいてきて、頭を押さえつけて欲しい。一瞬苦しいかもしれないけど、すごく楽になる気がする。
だれか私を助けて欲しい。
人間は自殺できるけど、動物は自殺できない。
今まで飛び降りた人たちは、自分は人間じゃないこの世界の異物だと思ってたけど、自殺できたことによって自分もみんなと同じ人間だったって気づくなんて、ロボットに支配された世界で生き残った主人公がラストに自分もロボットだったと、気がつく胸くそ映画みたいで笑えてくる。
あれ、もうどれくらい水の中にいるだろう。
苦しくなって水から顔を出した。
思いっきり息を吸う、肺が膨らむ。
吸った息を勢いよく吐き出す、肺が縮む。
ぼやけた視界がだんだんと澄んでいく。
鏡には人間の形をした私が映る。
あまりにも酷い顔だから私は笑ってしまった。
なんか人間みたいだな、でも動物だって笑う…
笑う?
悲しくて泣いて、おもしろくて笑う。
そっか、私は人間なのか。
知ってたよ、はじめから。