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煙
コンビニの自動ドアを押して外に出る。
時刻は深夜2時。
街は静かだった。
どこか遠くで、車のエンジン音が低く響いた。
それもすぐに消えて、また静寂が戻ってくる。
タバコを取り出し、口にくわえて火をつける。
吐き出した煙が夜の闇に溶けて、私の心が少しだけ軽くなった気がした。
家に帰っても、何をするわけでもない。
かといって、特別どこかに行きたいわけでもなかった。
こういう夜は、ただ時間がゆっくりと流れていくのを感じながら、ふわふわと歩くのがいい。
そんな風に歩き出したとき、ふと、視界の端に動くものがあった。
一匹の猫だ。
白い毛並みに、暗闇でも光るような黄色い瞳。
猫は、電柱の影からじっとこちらを見つめている。
私は足を止めた。
タバコを指先で軽く弾いて、灰を落とす。
「おいで」と、小さく声をかけた。
猫は応えるように鳴き、くるりと背を向けて歩き出した。
その仕草が、まるで「ついて来て」と言っているように見えた。
私は自然と猫を追いかける。
細い路地に入ると、差し込む街灯の明かりは薄く、暗がりが続いた。
猫は振り返りもせず、一定の速度で進んでいく。
まるで私を導いているかのように。
私の胸には、いつの間にか小さな期待が膨らんでいた。
この先に何かが待っているかもしれないーーそんな予感。
もしかしたら、退屈な夜を変える何か。
映画のワンシーンのような、出来事。
そんな風に考えるだけで、胸が少しだけ高鳴った。
そして、路地を抜けると、目の前に広がったのはーー
ただの駐車場だった。
周囲には何もなく、ただの空き地が広がっていた。
冷たい風が頬を撫で、髪を少しだけ揺らす。
猫はどこかに消えていた。
私は静かに駐車場を見渡し、そして微かに笑う。
期待を抱いた自分が、すこし恥ずかしくなった。
「あぁ、そうだよな」
結局、こんなものか。
まぁ、人生なんてこんなもんだよね。
タバコを一本、口にくわえる。
ライターの小さな火が、一瞬だけ暗闇を照らした。
ゆっくりと吸い込み、ふっと吐き出す。
白い煙は夜空に淡く揺らめきながら消えていった。
「でもまあ、悪くないか」
そう呟いて、また歩き出す。
こんな事にまだ少し胸を膨らませれる自分に安心した。