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夏祭

暑い、暑すぎる。
買った記憶は無いけど、もしかしたら冷凍庫にアイスが入ってるかもしれない気がして開けてみた。
もちろん入ってるわけなかった。
だって買ってないんだもん。

子供の頃、開ければアイスが入ってる冷凍庫、開ければお菓子が入ってる棚。
あれは常に補充される魔法の箱なんかじゃなくて、母が常に私が喜ぶ物を補充してくれる魔法使いだった事を思い知らせられた。
私にその才能は遺伝されなかったようだ。

今から買いに行くにしても、暑い中汗をかいてクタクタになりながらアイスを買いに行って、帰ってきてからアイスを食べてもプラスマイナスゼロじゃないか。

そんな自問自答をしながら部屋を転がっていると、窓の外から花火の音が聞こえてきた。
そういえば数日前に4年ぶりに近所の大通りでお祭りが行われる趣旨のチラシがポストに入っていた。
それを知らせる昼間の花火だったようだ。

私はまた考える。
1人映画、うん。
1人カラオケ、うん。
1人焼肉、うーん。
1人お祭り、うーーーーん。

とりあえずお昼寝しよう。
どうするかは数時間後の私に託す。

数時間後、私はタンスから浴衣を引っ張り出していた。
白地に緑色の牡丹柄の浴衣。
母が選んでくれた浴衣だ。
19歳の時、母と人生で初めての浴衣を買いに行った。
私は当時流行っていたレトロポップなカラフルな色合いの可愛らしい浴衣に一目惚れして、じーーっと欲しいアピールをしていた。
でも母は大人っぽい白地に緑色の牡丹柄の浴衣を気に入っていて、私にそれを試着させた。
人生で初めて浴衣を着た自分が鏡に映っている。
すごく私が可愛く見えた。
母もすごく嬉しそうに浴衣姿の私を見ていたのを覚えている。
レトロポップの浴衣も欲しかったけど、結婚願望が全く無い私は、ウェディングドレス姿を見せれる気がしなかったから、この浴衣姿でしばらくは満足してもらおうって魂胆で母が選んだ浴衣に決定したのだ。
その作戦が成功しているのか、今まで「結婚は?」と聞かれたことはまだない。

数年後、こうして着てみても、やっぱり可愛い。
しかも、19歳の時に着たときよりもなんだか似合ってるように見えた。
浴衣に合わせた緑色の鼻緒の下駄を履く。
1回しか履いてないから鼻緒が少し固いけど大丈夫。

「行ってきます」

マンションのフロアに下駄の音が響く。
私の足元から聞き慣れない音が鳴る。
なんだか楽しくなってきた。
子供がピッピピッピ鳴る靴を楽しそうに歩いてる気持ちがわかった気がした。

マンションの自動ドアを出る。
仕事帰りのサラリーマンとすれ違う。
部活帰りの坊主頭の少年ともすれ違う。
エプロンをつけたままスーパーのレジ袋を持ったおばあちゃんともすれ違う。
あれ、本当にお祭り今日だよね?
なんだか浴衣姿の自分が恥ずかしくなってきた。
ジャージ登校の日に1人だけ制服で登校してしまった時のことを思い出して、少し足早に進む。
ここを曲がれば大通り。
不安な気持ちのまま曲がると、その瞬間、私の目に映ったのは、

オレンジ色の人工光に包まれた街。
食べ物を焼く音や煙、子供の笑い声、おじさんの「いらっしゃい」、太鼓の音が胃に響く。
照れくさそうなカップルや、歩き疲れて不貞腐れてる子供とお母さん。
ちょっと悪そうな男の集団、モデルさんのような美人2人組。
別世界に迷い込んだみたいな光景が私を通り過ぎて行く。
『千と千尋の神隠し』の冒頭の、船から神様達が降りてきて千尋が街中を右往左往する姿を思い出してくれれば、私の状況が伝わると思う。

私もこの雰囲気に溶け込まないと。
1人祭りはさすがに私も気が引けたから、ある設定を決めていた。

「私は待ち合わせ先に向かっている人」

その設定の人物になれば恥ずかしくない。
これを思いついた時、私は天才なのかもしれないと思っていた。

30m程歩いた頃には私の右手には、りんご飴。
左手には、ベビーカステラの入った袋。
ん?
これでは、待ち合わせに行く人ではない。
完全に1人で楽しんでる人だ。
なんならドタキャンされたか、恋人と喧嘩別れをして、やけ食いしている人になっているじゃないか。

急に恥ずかしくなってきて、私は下を向きながら歩き始める。
下を向けばいつものアスファルトがあって、なんだか安心するから。
そう思った瞬間、大きな音と同時にそのアスファルトが赤色に光った。
見上げるとそこには大きな花火が打ち上がっていた。
周りからは「わー」と歓声が上がる。
そして記憶が蘇る。

子供の頃、地元の花火大会を家族で見に行った。
スマイルの形やキャラクターの形の花火が打ち上がる中、ハート型だったはずの花火が逆さまに咲いた。

それを見た弟が「なんでお尻なの?」と父親に聞いていた。
父は真顔で「桃だろ」と答えていた。
それを母と私は2人でクスクスと笑っていたことを思い出した。

なんでかわからないけど、家族のことを思い出した私はさっきまでの恥ずかしさは消えていた。
追加の焼きそばを買って、花火と屋台の街並みを写した写真と、母の選んだ浴衣が見えるように足元を撮った写真を母に送って帰路につく。

家に着くと、携帯には母からメッセージが届いていた。

「次はウエディングドレスかしらね」

私の浴衣作戦の効果はもう切れていた。











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