山名聡美

塔短歌会。木村敏『時間と自己』中井久夫『世に棲む患者』國分功一郎『暇と退屈の倫理学』米澤穂信「伯林あげぱんの謎」が好き

山名聡美

塔短歌会。木村敏『時間と自己』中井久夫『世に棲む患者』國分功一郎『暇と退屈の倫理学』米澤穂信「伯林あげぱんの謎」が好き

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青のうた

 青く見えるものは、青の波長以外の光を吸収し、青の波長の光を反射する。その光が目に届き、脳が青いと認識する。  よって、色は光によって変化するし、人によって見え方が異なる。異なるといっても、おおまかには、類似性がある。だから、ある色について、人と人とが会話するために、色には名前がある。  このような色の在り方は、歌が読みによって変容するという在り方と似ている。歌を読むことは、新しい色に名前をつけるような行いだと思う。  色には温度があり、青系統の色は寒色とされる。中井作

    • 岩尾淳子『岸』より

       私がわたしを座らせるのだとしたら、ものすごく意志がはっきりした能動的な歌だ。だけど、一読の印象は、そうではなく、なにも考えずに椅子に吸い寄せられたような感じがする。  なぜか。主語が明記されていないことで、椅子がわたしを誘惑して座らせたという余地が残されているからか。いや、もっとふんわりと読みたい。海とか、あたり全体をつつむ陽のひかりだとか。  若者たちが、砂浜でパーティーをしている。  顔はメイクする。日頃は、日焼け止めを塗ったり、化粧水を塗ったり、ケアする。胸も、美し

      • 六月のひきだし

         抽出しに詰まっているのはどんなものだろう。  飲み忘れた薬。予備のボタン。植物の種。ややこしい契約書。返事を出しそびれた手紙。  そんな過去への後悔と未来への不安、そしてわずかな希望が詰まっているのが抽出しだと思う。  六月は、人事異動の四月、五月病の五月を通り越して、ほとほと疲れ切った月というイメージがある。  六月の悩みでいっぱいになった頭を、古い木の机に突っ伏して眠れば、うなされそうでいて、不思議と深く眠れるような気がする。  だって、抽出しが壊れて開かない

        • 花山多佳子歌集『木香薔薇』の時間

           時間とは何か。時間は時計で計測することができる一方向、一定速度の運動のことなのか。時差はあるが、一秒、一分、一時間の長さは世界共通だ。そうではない。一人ひとりに固有の時間がある。それぞれの死に向かう一直線の時間だ。それだけではない。意識の在り方で、伸びちぢみしたり、逆行する時間もあるのではないか。  自分が感じている時間と、他者が感じている時間はちがう。となりにいても、それは見えない。けれども、短歌を通じてならば、他者の時間を垣間見ることができるのではないか。  花山多

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          電話のベル

           昔、テレビに、ちょっとだけ時間を戻せるボタンがある製品があった。スポーツ番組などで、ゴールが決まった時、そのボタンを押すと、ちょっと前のシーンからもう一度視聴できたようだ。  電話のベルが鳴って、ハッとして、その直後の風景が記憶に焼き付くというのなら、理にかなう。けれども、ベルが鳴り出す前の光景が描かれているのが面白い。まるで、ベルが鳴ることを知っていたかのように。不思議で魅力的だ。  記憶にも、ちょっとだけ時間を戻せる機能があるのかもしれない。

          電話のベル

          ふるさと

           「ふたつもいらず」と言われているのに、なぜか、山の向こうに左右反転してコピーされたふるさとが、頭のなかに浮かんでしまう。いやいや、ふるさとは一つだからこそ、ふるさとなのだろう。あたたかい、懐かしいだけではない。逃れがたさや、かなしみも、そこにはある。  時計が一つでいいのは、時間は一つだからだろう。時差はあっても、1秒、1分、1時間は、世界共通だ。いや、そんなことはない。チャイムが鳴るぞと思って、時計を見ると、時計の針が永遠のように動かなくなる時がある。  自転車については

          自分の分身

           何かの都合で、乗るはずだった乗り物に乗れなくなった時、自分の分身が出現して、それに乗って行ってしまう感じがする。    一方、この歌は、「今ごろ行っているはずだったのに」という予想外の今を悔やむ様子はない。かつて、自分がそうしていたように、今もだれかが、ぼんやり扇風機を眺めているのではないか、という想像だろう。  自分がこの自分でしかないことは、時々いきぐるしい。離れた場所に、心を寄せる時間は息つぎのように思える。

          自転車の短歌

           自転車は一台あれば用が足りる。なぜなら、私の身体が一つだからだ。とはいえ、故障したりした時のことを考えると、もう一台あるのも悪くない。  二台所有するとなると、なるべく同じ頻度で、それぞれを稼働した方が具合がいいだろう。それは、チェーンの油を巡らせるという観点から。  それなのに、寒い日の身体が、サドルの低い方ばかり選んでしまうのはなぜか。寒い日の身体を思い出してみる。首をすくめて、背をまるめて、うずくまりたくなる。風を受ける表面積を減らすためだ。サドルが低い方が風がとおり

          自転車の短歌

          アニメ小市民シリーズ

          今回は、堂島家のキッチンが謎解きの舞台なのだが、突然、川辺の風景に背景が変わる。そしてすぐ、もとのキッチンに戻る。 そのことの説明は何もない。謎解きの内容と川辺との関連性はない。 しいて言えば、キッチンが水場であるということか。 これがアニメの表現なのか。アニメ特有の表現だ。 川辺の風景はエンディングにも出てくる。実写のバスの中にアニメの登場人物が座っていたりする。 私は風景を見て、冬期のストーリーを想起した。冬から春を見かえすことで、何気ないできごとに意味がでてくる。

          アニメ小市民シリーズ

          川野里子編『葛原妙子歌集』

           乱気流で飛行機がひどく揺れたようだ。「アラスカの闇に激突」が印象的だ。まるで、国境が空中に透明な壁として伸びているような感じがした。実際に、透明な壁として伸びていると言えるかもしれないが。  空中でコーヒーを飲んでいることの不思議さにも、改めて気づかされる。  地階から出てくると小さい顔になって出てくるというのがおもしろい。ドラえもんの道具で、トンネルをくぐると体が小さくなる道具があったような気がする。  地上に出ると視界がひらける。世界が広がることで、相対的に顔が小さく

          川野里子編『葛原妙子歌集』

          カラス

           鳥が飛び立つ時、まず羽が動きはじめる。「やや」と言っても、その差は数マイクロ秒。  しかし、短歌のなかでは時間が引き延ばされる。この歌では、取り残されたカラスの足が見える。

          キャベツの芯

           想像上の都知事の執務室の椅子の光沢感やボリューム感に、キャベツのイメージとの共通性がある。  人は、どうしても、食するという観点から、キャベツというと葉に意識がいきがちだ。けれど、この歌を読むと、キャベツの中に芯が浮かび上がって見えるようになる。

          キャベツの芯

          黒蟹県に行ってきました

          絲山秋子『神と黒蟹県』 架空の黒蟹県が舞台。 ひろくまっすぐな道路。 隣接市同士の対抗意識。 日本のどこかに、日本のどこにでもありそうな風景。 推理小説は、架空の都市が舞台になっていることが多い。それは、凄惨な事件を実在の都市で、フィクションとはいえ起こすと、都市のイメージダウンになるからなのか。 でも、逆に人気シリーズの推理ドラマが、京都や実在の温泉地を舞台にしていることもあるので、そうとも言えないか。観光名所のピーアールになりそうだ。 ともあれ、推理小説の架空の土地の

          黒蟹県に行ってきました

          河野裕子『うたの歳時記』

           桜、晩夏、年の暮など、季節ごとに、短歌や俳句が紹介されている。その季節に読むのはもちろん、季節に先立って読んで準備したり、季節が過ぎた後に、振り返って読むことができる。  季節ごとの歌を、念頭に置くことで、過ぎゆく時間に、奥行きができる。  『霜月』には、二首ならべて、次のような歌が紹介されている。  十一月は、もう少し先だけど、楽しみになってしまう。秋のおわりの、スモーキーな雨。内面の暗さと外の景色の暗さが一致するせいか、落ち着く。

          河野裕子『うたの歳時記』

          カフェの時間

           以前よく行っていたカフェに久しぶりに行ってみた。電車を三つのりついでいく。  コロナ禍以来、足が遠のいていた。近所にいいカフェが見つかったこともあって、わざわざ電車にのるのが、大儀に思えた。  でも、プレヤッサという鶏肉のレモン煮が食べたくて、今日は電車にのった。  久しぶりのプレヤッサも、色の薄いコーヒーもよかった。  味覚や空間もたんのうしたが、なにより、時のながれを再発見した。日常とカフェの時間のながれはちがう。そして、カフェごとに時のながれ方がちがう。  これまでそ

          カフェの時間

          友達のうた

          窓のない小部屋のようなひとだったあたたかくって散らかっていて ともだちは不思議なひとで夕暮れの駅のホームのベンチに似てた 離れすむきみと揃いの傘させば空がつながるような気がした

          友達のうた