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山小屋バイト物語

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2002~8年頃の富士山の山小屋を舞台に繰り広げられる青春エッセイの下書き。事実を元にしたフィクションです。 そのうち編集します。
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山小屋物語 15話  男の姑(おとこのこ)

山小屋物語 15話 男の姑(おとこのこ)

男の娘と書いておとこのこと読む。女装好きな可愛い男子のことをそう呼ぶ文化がある。山の上には男の娘は見当たらなかったが、男の姑(おとこのこ)が居た。そう、読んで字の如く姑のような男子のことである。

山小屋バイト一年目のある日、長さんという四年目の男の先輩が登ってきた。
お盆の繁忙期で従業員数は35人を超えていた。ヘルプのバイトや業者、診療所のお医者さんなど入れ替わりが激しい時期なのだ。飯を食う人数

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山小屋物語  14話  山の上のコロニー

山小屋物語 14話 山の上のコロニー

山小屋の一日は忙しい。朝五時半から仕事が始まる。食事とお茶の時間以外に、地べたにお尻をつけて座れることはほぼ無い。

小屋掃除、布団を屋根に干す、シーツを広場ではたく、寝具やカーテンを繕う、売店の在庫チェック&補充、トイレ掃除、焼き印の番、トランシーバーを抱えて走って5合目に降りてツアーとガイドを引き合わせる、お客の誘導、館内説明(絶景)、さまざまな接客、送り出し、調理、配膳、片付け、ゴミ捨て、床

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山小屋物語 13話  山小屋の怖い話

山小屋物語 13話 山小屋の怖い話

ある朝、小屋掃除(ベッドメイキング)をしていた時のこと。その部屋には小さな窓があった。真っ青な空と、壮大な赤茶色の斜面の色鮮やかなコントラストが目に飛び込んできて、ふと寝袋を裏返す手を止めて、景色に見入っていた。
「あっこちゃん」先輩の明奈さんが声を掛けてきた。「あっ、はい。ごめんなさい!すぐ寝袋やっちゃいますね!」慌てて作業に戻ろうとすると、
明奈さんが血の気の無い顔で言った。「この斜面、すごい

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山小屋物語  12話 師匠とキャベツの千切り

山小屋物語 12話 師匠とキャベツの千切り

山小屋には師匠と呼ばれる男性がいた。もうおじいちゃんと言ってもいいくらいの歳だった。

山の案内人であり、狩りの名手でもあり、塵の焼却をし、調理のプロでもあった(信じられないくらい多才なのだ!)。様々な場面で師匠の知恵を借りて、我々は標高三千メートルでの生活を営んでいた。

とりわけ厨房で師匠の存在感は、際立っていた。なにがどう凄いって、まずその独特の愛らしさで、女子の世界のギスギスをあっというま

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山小屋物語  11話  富士山の中心で愛を叫ぶ

山小屋物語 11話 富士山の中心で愛を叫ぶ

再び夏が来て、私は富士山の山小屋に登ってきた。

その年の厨房は例えるなら、「もののけ姫」に出てくる、タタラ場の女たちのようだった。よく働き、よく食べ、よく笑った。

登山客がチェックインしはじめる15時を過ぎているのに厨房のおしゃべりがうるさいので、よく番頭さんが窓をからりと開け「シーッ!!!ちょっと、バカ笑いがお客さんに聞こえてます!」と注意してきた。
「ごめん、ごめんwww」と謝りつつ、涙を

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山小屋物語  10話  暗くなるまで待って

山小屋物語 10話 暗くなるまで待って

反省会は、河口湖駅からそう遠くない、親父さん馴染みの宿で行われた。

宴会用の大広間に従業員30余名が整列して正座した。親父さんから促され、番頭のリーダー北さんが「一人一言反省を述べ、また課題があれば解決に向けて議論せよ」と言った。緊張して順番を待った。
Kの舘は基本的に真面目な人の集りなので、反省会もガチであった。

番頭さん「山小屋の売店に現金をたくさん置いておくと、盗られたりして危険」

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山小屋物語 9話  Why not? or die

山小屋物語 9話 Why not? or die

秋も深まる11月。
山で一緒に満点の星空を見た番頭の田村くんから、
「あっこちゃん一緒に、パントマイムいかない?おもしろいらしいよ」と、電話が来た。

デートのお誘い、にしては、
8月にフラグを立ててから、回収までが遅すぎる!と思った。田村くんは女垂らしという噂も聞くので、いろんな女を垂らすのに忙しくて、順番にしていたら遅くなったのかもしれない。

私は芸術を学ぶことに関しては、ストイックな学生だ

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山小屋物語 7話  山を降りる

山小屋物語 7話 山を降りる

山のシーズンは短い。
富士の山小屋は六月下旬から人が駐在して、登山客を迎え入れる支度が始まり、九月中ごろに小屋仕舞いする。

なんと短い登山期間かと思われるかもしれないが、初冠雪の知らせが聞かれるのは例年九月中旬である。下界と比べ、とても寒いのだ。

富士山は、独立峰で風が強く、雪が積もれば地面がつるつるに凍るアイスバーン現象が起こる。山に慣れた強力やガイドでもともすれば滑落する恐れがあり、そうな

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山小屋物語 6話 星降る夜に

山小屋物語 6話 星降る夜に

山小屋には夜勤の番頭がいる。午後三時ごろ起きてきて、すぐにツアー客到来の接客最前線に投下される部隊だ。夜十時頃、他の従業員が寝た後も、夜勤は寝ずの番をする。彼らのお陰で、深夜に数百人もの客を山頂に向けて送り出せるし、事故やトラブルがあっても24時間対応できるのだ。

また夜勤は長い夜の間、小屋の出入り口の囲炉裏端に陣取る。
そのポジションの番頭の法被の裾を見ると
足首まである。
な、長い!!! 長

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山小屋物語 5話  料理長がやってくる

山小屋物語 5話 料理長がやってくる

その日は朝から、厨房の皆がそわそわしていた。
なっちゃん「今日は、料理長のナミちゃんが登って来るからね・・・いろいろちゃんとしておかなきゃ」

り、料理長?厨房は全員バイトなのに、料理長なんていう役職があるのか?

今年二年目で既に女将のような貫禄のなっちゃんが、緊張しているのだから、余程厳しいひとなのだろう。

私「なんでナミさんは料理長って呼ばれてるんですか?」

なっちゃん「なんでって、料理

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山小屋物語(仮) 日記編2008

山小屋物語(仮) 日記編2008

フジヤマから帰ってきました。

 出発の日は、中学で授業をやったその足で富士吉田に向かったので、頭の切り替えが出来ず。上に登ってからは、新人でもありえん失敗を連発。完全に仕事を忘れていました。リーダーには迷惑を掛けて申し訳なかったです。第二のふるさとのような場所ではあるけど、こんなんじゃいっそ来なければ良かった。米を炊き損じた時は自ら立ち去ろうかと思いました。とほほ・・・。最終日にはI瀬とA子に「

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山小屋物語 4話 カレーライスの女

山小屋物語 4話 カレーライスの女

厨房には陽気で英語が得意な子が多く、
なにかと英語でしゃべりかけてきた。

例えば、水をバケツから溢れさせると、
‘‘watch out for the water!!’’ (水に注意してよね)

くしゃみをすれば、
‘‘Bless you’‘ (神のご加護を)

日本人なのに、何語で会話しとんねんこいつら。と、思いましたけれども、郷に入っては郷に従えと言うではないですか。
私もブレスユー!

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山小屋物語 3話 初仕事と変な番頭

山小屋物語 3話 初仕事と変な番頭

朝5時15分、携帯のバイブで目覚める。女の子たちは目覚めるやいなや、布団をたたみ、部屋の外へ出ていく。

外の厠で用を足すと、そのまま番頭(男子バイトの呼称)も厨房(女子バイトの呼称)も
客室へ向かい、小屋掃除、いわゆるベッドメイキング、をするのが毎朝の習慣だった。

男女混じって作業をするのは、小屋掃除だけなので、女子のしがらみから解放されて、なんとなくホッとするひとときでもあった。

小屋掃除

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山小屋物語(仮)  日記編2007

山小屋物語(仮) 日記編2007

7月10日
登。山小屋のバイトが昨年と一変していて誰が誰だか全くわからない。東洋館から走ったら高山病で頭が痛い。

7月13日
とある従業員の閉ざした心を開くべく、HP(本音プロジェクト)決行。
夜、MP3と爪切りを間違えた話をして、笑いすぎて怒られる。

7月16日
海の日は山だってめちゃ混みます。
しかし今日、台風4号が発生して、お客さんが0人。スバルラインが通行止めなんです。たった今このでか

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