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山小屋物語 4話 カレーライスの女

厨房には陽気で英語が得意な子が多く、
なにかと英語でしゃべりかけてきた。

例えば、水をバケツから溢れさせると、
‘‘watch out for the water!!’’ (水に注意してよね)

くしゃみをすれば、
‘‘Bless you’‘ (神のご加護を)

日本人なのに、何語で会話しとんねんこいつら。と、思いましたけれども、郷に入っては郷に従えと言うではないですか。
私もブレスユー!センキュー!て言ってました、毎日。女子高出身なので、女子だけのノリも嫌いではなかったし。

調理しながら、こんな歌も歌った。
♪台所に立って
あなたの大好きな料理
私がはじめて覚えた料理~♪
山小屋のメイン料理はカレー。当時裸エプロンのPVでセンセーションを巻き起こした、ソニンの「カレーライスの女」だ。真夏に、ボッコボコに煮えたぎる450人分のカレーを力強くかきまぜるわたしたちは、カレーライスの女以外の何者でもなかった。

女の子たちのキャラクターはだんだんと理解したが、厨房の細かい仕事を覚えるのは本当に大変だった。

「カレーに玉ねぎの皮少しでも入ってたらくそまずくなるから注意して!」

「1番フキンでは湯飲みやコップ。2番フキンでは皿やおはし。3番フキンではカレー鍋を拭いてください。雑巾にしたら、床をふいて、最後に汚水缶をふいて捨ててください。」

「おしりを床につけて座らない!いざという時動きが鈍くなる!常に中腰!」

たくさんのルールがあり、間違えては先輩にこっぴどく叱られた。法子もおっとりしていたので、二人まとめてかなり、叱られていた。

🍛🍛🍛

厨房としての仕事は主に以下の5つだった。

①我が家の食事の調理。午前・午後のお茶の準備。食卓のしつらえ。配膳の指示。


②登山客の夕飯及び朝食の弁当を作り、ツアー等の到着に合わせて配膳。


③特別な訪問者や関係者、山小屋に併設される救護所の医師・看護師をもてなし、食事等を提供。


④飯炊きを一日中担当する「新厨房」というポジション。一人で四時半に起きて我が家の朝食を用意する「朝勤」。夜中に働く番頭の深夜ご飯を準備する「夜勤」のポジション。これらをローテーションで廻す。


⑤山小屋専属の山岳ガイドから日に数十回入る無線を取り、ツアーの現在地とリタイアの人数を番頭に伝える。忘れ物、行方不明者、怪我人の連絡が入ることもある。

☆☆☆

下界の飲食店なら、
当然②客への食事提供が最も大切である。

雲の上の山小屋でもそれは変わりないのだが、①我が家(従業員)の賄い が、②と同じくらい重要な仕事になってくる。

理由は、山の上では三大欲求(食欲、性欲、睡眠欲)のうち食欲しか満たされることはないからだ。

また音楽や読書がストレス解消法という人も多いが、それらを楽しむことは実質ほぼ不可能であるため、
結局、山の生活での楽しみは「食事」のみに集約される。なので食を大切にしようということらしい。

我が家の賄いも、なるべく飽きないような、美味しいものを出そうと奥さんは心を砕いていたし、土産で珍しいお菓子があれば、厨房の子が知恵を絞って包丁でカットし、全員に平等に行き渡るようにしたものだ。

🖤🖤🖤

さて、働き初めてまもないある日、
親父さんが私を全然違う名前で呼んだ。
「おい、あかね!」

「えっ?」
聞いたこともない名前だったが、去年からいるバイト達がシーンと静まったことは覚えている。

後々、お茶の時間に奥さんが語るに、

あかねさんは、昨年まで厨房で働いていた女の子。
あっこさんに顔がそっくりだったのよ。
忍耐強くて誰にも言わなかったから、後から分かったんだけど、
新厨房で二人きりの時に、先輩にすごくいびられてたのよね、
ストレスで、ある日洗面器に半分くらい血を吐いたの。
番頭さんが走りまわって、「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?!」ってね、お医者様はいなかったんだけど、看護婦さんがいてね、

こんなに血を吐いたら危ないです。今すぐ下山して救急車で病院へ行きましょう。

って言ってね。

それを聞いた私
「ほへーーーーー(何て言ったらいいかわからない。そのいびられていた女の子とそっくりなのって・・・少なくとも私にもいびられる要素があるってことではヽ(д`ヽ))」

結局その話はそれっきりなのだが、
あかねさんはその後どうしているのだろう。
(もちろん生きているとは思うが)
また、面接官をした先輩は、あかねさんにそっくりな私を、どういう思いで採用したのかも、いまとなっては謎のままである。

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