深い深い森の中。 聞こえるのは木々が揺れる音、 鳥たちの歌声、 太陽の囁き。 木に生るベルガモットの爽やかな香りに包まれるこの森は、誰も知らない別世界。 そこに2人、小さな小さな小人がいた。 お昼になると決まった場所に2人は集まり、 会うまでに起きた出来事をお話しする。 「こんにちは、ベッド。」 今日も2人はやってきた。 「やあ、シルエット。調子はどうだ?」 ベッドとシルエット。 ベッドは強気に見えて臆病な、 素直な性格。 シルエットは控えめでおっとりしてい
昔は 「なんで?」 って聞いていたことでも いつからか 「わかった。」 と飲み込むようになった。 こうやって自分の気持ちを吐き出すことなく 相手の気持ちばかりを飲み込んでるから、 老けていくんだろうな。 苦い味を ゴックンと。 ゴックンと。 次第に重たくなって、 シワもできて、 歩けなくなって、 死んでいく。
空に浮かぶ月を破いて 好きな青色の紙で月を折り空に浮かべた。 好きじゃなくなった夫を破いて 好きな青色の紙に若い男の絵を描いた。 大丈夫。 だって全部作り物だから。 偽物だから。 だから好きな色に染めて、 好きにしたっていいの。 どうせこの青い月も、 綺麗だと思った今日を忘れて また破って捨てるから。
誰かと話してるとき、 視線がチラチラと 私の右手首の方へ向いてるのがわかる。 リストカットの痕。 白く浮き上がった線が複数手首に刻まれている。 どうせひいてるんでしょ。 メンヘラだって。 あの頃の私には必要だったんだよ。 痛みが励みになってたんだよ。 バカが。 ため息混じりに水を1口。 血の味がした。
「いらっしゃいませ」 「どうぞご覧下さい」 一体自分は誰に向かって言っているんだろうと 思う時が多々ある。 全く人通りがなかったから黙っていたら 声出ししろと怒られた。 誰もいないのに? 何のために? 透明人間に向かって放つ心ない言葉。 次第に心が消えかかっていく感覚。 気づけば自分まるごと消えた。
36℃。 蝉の鳴き声。 駄菓子屋で買った冷えたラムネの瓶から ビー玉を取り出した。 ビー玉を覗くと、 夏の田舎の景色が広がっていた。 私が見ている景色と同じはずなのに とても綺麗で、 ビー玉の中だけはなんだか特別な気がした。 こんなに狭い小さな世界でも、 こんなに美しいのなら。 私はビー玉を飲み込んだ。
遅刻しそうな朝。 皿に移さずパックに入ったままの 納豆を頬張った。 パックを捨てる寸前で 豆がまだ1粒残っていることに気づいた。 が、そのまま捨てた。 通勤電車の中で ふとあの豆のことを思い出した。 食べられることなく 捨てられてしまったあの豆は ひどく悲しんだだろうか。 それとも喜んでいるだろうか。
近くの団地から聞こえる子供の泣き声。 ギャーギャーと叫ぶ大きな声。 「チッ、うるさいな。」 イライラする毎日だった。 次の日の朝のニュースで見た 「虐待された子供が亡くなった」 近くの団地がテレビに映る。 その日から子供の泣き声は聞こえない。 快適な毎日を送れてホッとしてる僕は、 立派な共犯者だ。
「こんなに小さかったっけ?」 幼い頃気に入っていた、 大きかったはずのクマの人形。 母が言う。 「あなたが大きくなったのよ。」 数十年後。 とある式場。 鐘の音が鳴り響く。 「こんなに小さかったっけ?」 母の温かい手を優しく握った。 母が言う。 「本当に、大きくなったね。」 目に涙を浮かべる母に僕は言う。
「うっわ!!こいつゲロ吐きやがったよ!」 とある高校の男子トイレ。 ゲラゲラとうるさい笑い声が コンクリートの壁に反響して響く。 僕は使い古された便器を ゴシゴシと拭いて汚れた雑巾を 無理やり口の中に押し込まれた。 味は、しなかった。 いや、少し苦いか。 なんだか酸味も感じる。 ゴワゴワと乾ききった雑巾の食感。 口の水分が奪われていく。 ただただ臭くて、 数え切れない人たちの 尿と便の汚れが黄ばんでこべりついた 便器を拭いた、雑巾。 あまりのショックと気持ち悪
他国との戦争中。 俺は敵側に爆弾を投下した。 爆風で吹っ飛ばされた腕が一本飛んできた。 手には俺が買った店と同じとこの指輪が薬指に。 ああ、これと今してるやつとで どっちにしようか悩んだんだよな。 この左腕の持ち主は何を想ってこの指輪を選び、 誰を想って戦っていたんだろう。 きっと、俺と一緒か。
色とりどりのガラスに囲まれた塔の中。 僕の合図でガラスが割れ、 塔が壊れた。 ガラスの破片が目に刺さり 目の前が真っ暗になった。 よかった。 あの光景はあまりにも眩しすぎた。 僕にはこれが心地よい。 だが困ったな。 今どこにいるのかわからなくなった。 もう僕の世界に色は存在しない。 もう光は宿らない。
第3話『陽と渚』 午後13時頃。 ミツはコマと共に天原の近くのとある町を訪れていた。 着物屋が多く建ち並ぶ小さな町。 数々の着物が店の表に並んでいる。 色とりどりに輝き、人々の目を引く光景だった。 ミツはいつもここで着物を買い揃えていた。 「いやー、いつ来ても綺麗な町ですね。新作の方もたくさん揃っていますね。」 「あの子供用の甚平とかお前に似合うんじゃねぇか?試着してみろよ。」 「さすがにあのサイズは入りませんよ...」 太陽に照らされる 着物に入り込まれた
第2話 『苺大福』 吉原遊郭から約1キロ離れた場所にある町、 天原遊郭。 今宵も町は光り輝き、 遊男を求め多くの女性たちが集う。 「菊魁様。いらっしゃいますでしょうか。」 少年は菊魁の部屋の前にいた。 菊魁専属の使いの一人、 甘いマスクの少年、コマ。 彼は主に菊魁の身の回りのお世話を担当している。 菊魁からの返事はなく、 部屋の中は静かだった。 「あれれ、もしかしてまだ起きてないのかな?」 コマはそっと戸を開け中を覗いた。 「おい、開けていいなんて言って
江戸時代。 夜の町、吉原遊郭。 今宵も女と男の見栄と欲が渦巻く。 町はたくさんの灯りに照らされ、 昼間のように明るい。 他の世界を引き剥がすかのように、 吉原の周りには曲輪が設置されている。 一つしかない出入口から、 武士や貴族が続々と遊女を求めてやってくる。 そして、 吉原とは別に、 もう1つの遊郭が存在した。 吉原から約1キロほど離れた場所にある町、 その名も「天原」。 吉原同様曲輪に囲まれたその町は、 夜になると光り輝く。 庶民の世界とは遠く離れた別世
「オーライ!」 体育館に響く声。 ボールの音。 上を見る。 下は見ない。 高く上がるボールをひたすら追いかける。 絶対に床に落ちないように、 拾い続ける。 繋げ続ける。 繋げた先にある、 勝利への、一本。 俺はチームの守護神であるリベロ。 どんなボールでも拾い上げる。 絶対に繋いでみせる。 相手チームから力強い速攻が放たれた。 絶対に落とさない。 落とさない。 俺が繋げる! ボールを追いかけ走る。 足がグニャッと信じられない角度に曲がった。